EVER GREEN

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第八章「沙城にて(前編)」

No,9 事実

「せっかく会えたっていうのにそんな顔しなくてもいいだろ」
 銀色の髪に青い瞳。
「君のためにここまでやったんだよ? むしろ感謝してもらいたいくらいさ」
 陽気な語り草は別れた時と全く変わってなかった。
「セイル」
 名前を呼ぶと、暗殺者は笑って応える。
「そっちはお姫様と一緒か。なかなかいい感じじゃないか」
 人懐っこい笑みもあの時と全く変わってない。
 初めて会った時はお嬢のとばっちりで命を狙われた。次に会った時はその情報源として目をつけられ、三度目は時空転移(じくうてんい)に巻きこんだし巻きこまれた。別れた時はとんでもない目に遭わされ、結果それぞれの道を歩むことになった。
 それは今からほんの二ヶ月前の出来事。
「おかげさまで」
 シェリアを背後にかばいながら言う。セイルの隣には人がいた。
 痩せ型で長身、黒髪の男。藍色の双眸(そうぼう)はとても冷たい。まるで見ている人間を凍らせてしまいそうだ。
「これって、前と同じ状況だよね」
 意味ありげな言い回しに眉根を寄せると暗殺者は面白そうに続ける。
「覚えてない? こうして四人で会ったことがあるんだけど」
 改めて男を凝視しても、オレの記憶にはあてはまる奴が一人もいない。一方、シェリアは片手を口に当てていた。視線の先にあるのは暗殺者の隣にいる男。半ば顔を青ざめさせ、もう片方の手でオレの服の袖をつかむ。って――
「お前、知ってるのか!?」
「そりゃあ知ってるよね。お姫様は会うの三度目だし」
 オレの問いかけとセイルの声が重なる。
「ラズィアでごたごたがあった時、実はぼくもいたんだ。あれはご愁傷様。でも破談になってよかったでしょ」
「そこまでにしておけ」
 今度はセイルの声と男の声が重なる。
 ようやくわかった。確かにオレもこいつに会って――聞いていた。
「ゼガリアだ」
 淡々としていて、けど威圧感のある低くて通る声。『こうやって顔を合わせるのは初めてだったよね』暗殺者によって続けられた声も耳には入らなかった。
 セイルに時空転移(じくうてんい)を強制されて。その後連れてこられた場所がこの人の目の前だった。
「イメージとぴったりだろ。地球でいう『名は体をあらわす』ならぬ『声は体をあらわす』?」
「俺達は無駄話をしにきたわけじゃない」
「いいじゃない。少しくらい再会の余韻を味わっても」
 ここからどうやって逃げ出す? 無理だ。力の差がありすぎる。
 殺意ではないだろう。けど、簡単に通してくれそうな雰囲気でもない。あれこれ考えていると、ふいにゼガリアが顔を近づける。
「単刀直入に言う。俺達に協力する気はないか」
 意味がわからなかった。
「どういうこと?」
 シェリアの問いかけにゼガリアは首をあごを動かす。
 視線は公女様とオレの胸元に注がれていた。
「石だ」
 その先にあるのは青の宝石。オレは護符代わりにもらい、公女様はお守りにとそれぞれの首にかけられている。
 中には女神像が彫られ金と銀の鎖でつながれているそれを、公女様はこう呼んでいた。アクアクリスタルと。
「水を呼ぶ石。お前の祖国ではそう呼ばれているらしいな。別名、願いの叶う石とも」
 初耳だ。ただのお守りじゃなかったのか。ファンタジー恐るべし。
「石を扱えるのは王家の成人前の女性のみ。こうしてまた会えるとは思わなかった。こいつは思わぬ拾い物だな」
 そんな謂われがあったのか。公女様あなどりがたし。
「人事だって顔してる場合じゃないよ。君も当事者なんだから」
 一人感慨にふけってると青の視線が突き刺さった。
 とは言われても、本気で心あたりのないものはしょうがないわけで。
「世界の色を宿した者は天からの遣い」
 場の雰囲気を変えたのはゼガリアの一声だった。
「だから、どうして人事だって顔してるのさ」
「オレじゃないだろ。どこからどう見たって黒だし」
 むしろ、どこをどうやったらそんな突拍子のない話にいきつくのか説明してもらいたい。
 そう言おうとした矢先、先手を打たれた。
「今はね。じゃあこの前はどう説明するの?」
「この前って」
 とっさに首をまわす。
『変わっていたの』
 ――ドクン。
 いつかと同じ焦燥が胸をよぎる。服をつかんでいたはずのシェリアの手は離れ、明るい茶色の瞳は戸惑いと恐怖にいろどられていた。
「世界に眠るといわれている天使。主となる神の娘がいない今、そいつはどこかに身を潜めているといわれている」
 瞳の色を裏付けるかのようにゼガリアは物語をつむぐ。それは、いつか前に聞いたおとぎ話だった。

 むかしむかし。『神』と呼ばれる存在がありました。
 神には三人の娘がいました。
 一人は開花を。
 一人は喜びを。
 一人は輝きを。
 神は娘達をとても大切にしていました。娘達も神を愛していました。
 月日は流れ、神は眠りにつくことになりました。彼も万能ではなかったのです。
 ですから、神は娘達に自分の世界を託しました。
 一人は空を。
 一人は海を。
 一人は大地を。
 神は言いました。
『あなた達は私がうみだした存在。命を大切にしなさい。そうすれば、私はいつもあなた達と共にあることができる』
 神は深い深い眠りにつき、娘は嘆き悲しみました。
 ですが、いつまでも悲しむわけにはいきません。
 娘は『天使』と呼ばれるものをつくりました。娘と天使は長い年月をかけ、それぞれの世界を、人間を守り慈しみました。
 ですが、そんな緩やかな時間も終わりをつげます。神同様、彼女達も万能ではなかったのです。
 娘は天使に言いました。
『私の時間も終わりをつげます。これからはあなたがこの世界を守ってください』
 天使は言いました。
『一人は辛すぎます。どうか最期まであなたを守らせてください』
『ならば、二人で世界を見守っていきましょう。空と、海と、大地を』
 こうして娘達は、天使達は人々の前から姿を消しました。

 彼らはこの世界のどこかにいると言われています。彼女達は、彼らは、今でもずっと私達のことを見守っているのです

「その能力は未知数。もしそいつの力を扱えることができれば、そいつはとてつもない力を得る」
 物語はそうやってしめくくられた。
「どこかの宗教の一説らしい。どこかの神官はそれをお前だと見抜いたようだがな」
「そんな冗談あるわけないって」
 本気だったらイタいしきつすぎる。なのに、場の雰囲気がそうさせてはくれない。
「君の世界で言うところの『げーむ』ってやつみたいだろ? よかったじゃないか」
 セイルの軽口も頭の中には入ってこない。
「強くなれるんだぜ? 願ったりかなったりだろ」
 気がついたら今までとは全く違う場所にいて。
 突然勇者ですと突きつけられて。
 仲間と一緒に数々の苦境を乗りこえ、とてつもない力を手に入れる。
 そしてその力で魔王を倒す。まさにゲームのようなシナリオだ。だけど、オレが望んでいたのはそんなものじゃない。
「あの男は君を利用していたんだよ」
 ようやく耳にしたのは悪魔のささやき。
「ぼくがどうしてここに来たと思う? 君に事実を伝えるため。
 あの男は神官なんだろう? だったらこのことを知っていてもおかしくない。第一、ただの神官がどうしてあんなに強いんだよ。そんな奴がどうして君みたいな奴に近づいたのさ。これって何か目的があるとしか考えられないよ」
「……嘘だ」
 否定したいのに、よみがえるのはあいつのセリフ。
『私はね、世界を手に入れたいんです』
 それは暗殺者の言葉を裏づけるのに充分なものだった。
「認めたくないのはわかるけどね。事実は事実として受け止めるべきだよ」
「嘘だ!」
 否定すればするほど残酷な光景ばかり思い浮かぶ。
『じゃああきらめんの?』
『まさか。単独でできないなら複数。協力者を得るまでです』
 手を差しのべたのはゼガリアだった。
「神官はお前を利用しようとしている。城の奴らもそうだ。
 俺達と一緒に来ないか。巻き込まれたくはないだろ」
「あいつはそんなんじゃねえっ!」
 子供のようにわめく様は、はたから見ればさぞかしこっけいなことだろう。それでも、今のオレにはこんなことしかできなかった。
「なんでそんなにあの男のかたを持つのさ。嫌いじゃなかったのかい?」
「そんなのオレが知りてーよ!」
 むしろ教えてほしかった。
 どうしてオレは、こんな話にうろたえてるんだろう。
 どうしてオレは、こんなに胸を痛めてるんだろう。あいつのかたを持つ必要がどこにある?
 違う。
 理由ならわかっていた。胸が痛むのはあいつが他人ではなくなっていたから。
 あいつは人のよさそうな顔でとんでもないことを言ってのけて。
 初対面じゃ人のこと壷で殴るし神官と言いながらそれらしいこと全くやらない極悪人で。
 けど、オレなんかよりたくさんの苦労と強さを兼ね備えていて。追いつこうと、見返そうとがんばってもその差は一向に縮まらなくて。
 滅茶苦茶だけど強くて大きな存在。アルベルト・ハザーはそういう男だから。
 あいつはオレの師匠だから。
「利用とは心外ですね」
 声はそう遠くないところから聞こえた。確かめなくてもわかる。幾度となく聞いたものだから。
「お願い。ノボルが――」
「わかっています」
 公女様を片手で制すると暗殺者達の方を向く。
「少し時間をください。逃げるようなことはしませんから」
 それだけ言うと、あいつはゆっくりとオレの方に近づいてきた。
「そんなにあの格好が嫌だったんですか? いけませんねえ。ちょっとやそっとの恥は喜んで捨てるべきです」
 爽やかにえげつないことをのたまう様は普段のそれと全く変わらない。
 変わらないはずなのに、違うように見えるのはさっきの話を聞いたからなんだろう。
「何を言われたか知りませんがそんな調子でどうするんです。肉体の強化も大切ですが、これからは精神面の強化もしなければいけませんね」
「あいつらの言ってたこと、本当なのか?」
 声をさえぎり相手をにらみつける。
「オレはアンタに利用されてるのか?」
 碧の瞳は少しもゆらぐことなくオレを捕らえている。その中に映るのはひどくちっぽけな自分の姿。
 こいつは、オレのことをずっと前から知っていた。それはまぎれもない事実で。
 こいつははじめからそのつもりでオレに近づいてきた?
「答えろよ!」
 アルベルトは否定も肯定もしなかった。
 こいつだって世界の色じゃねーか。こんな時だってのに妙なことを考える自分に毒づきたくなる。
 碧眼だって立派な青、言うなれば空の瞳だ。それはこの世界の、空都(クート)の色。オレなんかよりよっぽど娘やら天使とやらに近い風貌だ――って、そんなに現実逃避したいのかオレ。
 黙々と時間は流れていく。
「なんとか言えよ」
「……あなたは」
 声が降ってくる。
「あなたは、そうでありたいんですか?」
 そんなはずがない。
 そう言えばいいのに唇をかみしめることしかできないのはなぜなんだろう。
「見ていなさい。これが答えです」
 上着をオレに手渡すと、アルベルトは踵を返す。
 あいつの背中を、オレは黙って見送ることしかできなかった。
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