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第八章「沙城にて(前編)」

No,7 エルミージャ・ハイルという人

「気分はどうです?」
 気がつくと目の前に女の人がいた。
「体は動かせますか?」
 銀色の髪に褐色の肌。青の瞳が心配そうにのぞいている。
 どこかの一室なんだろうか。首をめぐらせると体の下にはベッドがあった。動けることを伝えると、声の主はほっとしたように息をつく。
「ですが、まだ顔色が優れないようですね。飲み物を用意しましょう」
 そう言うと、声の主ははじめてオレに笑いかけた。
 歳の頃ならアルベルトと同じくらい。そういえば11の歳の差だってシェーラが言ってたっけ。
 凛とした感じの美人。彼女を一言で表すならこう言うべきなんだろう。公女様が言ってたのもあながち間違いじゃなかったんだな。
 ――じゃなくて。
「あの――」
 口を開こうとしたのと、それをふさがれたのはほぼ同時。意図を理解する間もなく抱きつかれ、体をベッドの上に押しつけられる。しばらくすると足音が近づいてきた。
「ここか」
 部屋に入ってきたのは中年の男。
「何用です」
 オレを背にかばいながら女性が男をにらみつける。その表情はさっきよりも格段に厳しい。
「様子を見に来たまでのことだ。そうせくこともあるまい」
 対する男は余裕しゃくしゃくといったところ。にらみつけられて文句を言うどころか逆に笑みさえ浮かべている。
 銀色の髪に褐色の肌。やせぎすで中肉中背ではあるものの、お嬢と同じ翡翠(ひすい)色の瞳はきっと女達にもてはやされていたことだろう。
「……ほう。新しい顔ぶれもあるようだな」
 じっと見続けていたのが悪かったんだろう。男が視線を彼女からオレの方に移す。
「名は」
「まだ口が利ける状況ではありません。殿方は控えてください」
 顔を見せたくなかったんだろうか。視界をさえぎるように抱きとめると、再び厳しい視線を男に向ける。
「そして、そなたのように鳥かごに入れろと?」
 男の応酬に女性の体がこわばった、ように感じた。
 理由は簡単。抱きとめられていた、かつ視界をさえぎるようにってことは胸に顔を押しつけられてたってことで。こわばったように感じたのは彼女の腕の力が強まったからで。
 本来なら手放しで喜びたいところだけど、状況が状況だけにされるがままになるしかない。
「逃がした鳥がもどってきたのかと思いここへ来たが、やってきたのは鴉(からす)だったようだな。
 まあいい。機会はいくらでもある」
 それだけ言うと男は去っていった。
 値踏みするような視線ってのはあんなのを言うんだろう。もしかしなくても、今のがシャハリヤールって奴だ。
 お嬢の話だと、王弟殿下は悪い人間の手本のような奴だった。確かに嫌な奴には変わりないんだろう。けどオレには別のものも隠されているような気がした。まるで何かにとりつかれているかのような、まるで何かを憎んでいるかのような。
 男が去った後も彼女は腕の力をゆるめようとはしなかった。
「あのっ!」
 男としては嬉しい状況だけど、これじゃ身がもたないし第一そんなことをしてる場合でもない。
 やっとのことで呼びかけると彼女はようやく力をぬく。
「エルミージャさんですよね?」
「あなたは殿下の配下の者に連れてこられたんです」
 まるでこれからする質問がわかってたかのような応え。その横顔を見て、息をのむ。
 違う。彼女はわざとそうしていたんじゃない。できなかったんだ。
 冷静に見えるものの、よく見ると腕は震えていた。シェーラを外に出したってことは逆を言えばこの人の身に危険がおよんだってことで。
 お嬢が戻ってくるまでの間、この人はどんな目に遭っていたんだろう。どんな気持ちであいつを送り出したんだろう。
「皇女がこの国に戻ってきたということは人づてに聞いていました。あなたはシェーラ様のお知り合いですね」
 そんなことを知ってる人は、一人しかいない。
「エルミージャさん、ですよね」
 確認するように問いかけると彼女は――エルミージャさんは首肯した。
「エルミージャ・ハイルです。あなたは?」
「大沢昇(おおさわのぼる)です」
「オーサ……?」
「昇です。お嬢――シェーラの仲間です」
 これがいささか強烈な彼女との対面。
 そして、固まっていた頭がようやく動き始めた。
 捕まって王宮の離れに閉じ込められている。それが現在のオレの状況だった。
 シェーラの言った移動陣を使って宮殿の中に入るのに、さほど時間はかからなかった。
 宮殿についたのはいいものの、周りは兵だらけ。当然即行で囲まれる。
 ここまではアルベルトの言う『予想内の範囲』だった。敵陣のど真ん中に突入するんだ。移動する手段は限られてるし何もない方がおかしいだろうと。オレとしてはもう少し穏便でもよかったとは思うけど。
 散らばって、しばらくしたら地球で合流する。それが当初の作戦だった。
 だけど、予想外の出来事がおきた。
「狙われていたのはオレ?」
 エルミージャさんの用意してくれた飲み物を口にしながら一人つぶやく。
 一目散に逃げ出そうとした矢先、みぞおちに強い衝撃をくらった。誰かが呼ぶ声がしたものの、そのまま意識は闇の中。そのままここに運ばれてたってわけだ。
 それにしても、どうしてオレだったんだろう。
 仮に面子がわれてたとしても狙うなら女の方が楽に決まっている。にもかからず、ここにいるのはシェリアでもなく諸羽(もろは)でもなくオレだ。
 人質にするつもりだった? 違う。だったらすでにエルミージャさんがいる。
 アルベルトだったら? 無理だろう。あいつは一見優男だけど強いし捕まえること自体に無理がある。
 シェーラだったら。それだったら、そもそもこんな回りくどいことはしないはずだ。
 じゃあ一体、何のために?
『変わっていたの』
 いつかのシェリアの言葉が頭をよぎる。
 もしかしてオレは、とんでもないことに巻きこまれている?
「シェーラ様はどうですか?」
 エルミージャさんの声に我にかえる。
 今はそんなことを考えてる場合じゃない。頭をふると彼女の質問に答えることにした。
「元気にやってます」
 わがままだけど。
「追っ手、ゴロツキにおそわれているところに偶然出会ったんです」
 オレは師匠におとりに使わされました。
「後は成り行きで」
 まさか男とは考えてもみませんでした。わかってたらとっくの昔にキレてたと思います。
 素性がわかってからは暗殺者に襲われるわ地球にまで連れてくるはめになったりと大変でした。
 なんてことは思っても口にはできないわけで。
「シェーラ様を見て、どのように思われましたか?」
「えーと……」
「あなたの感じたままでかまいません。どうか正直に言ってください」
 真摯(しんし)な瞳に見つめられれば嘘はつけない。仕方なく思ったとおりのことを口にする。
「わがままお嬢」
 エルミージャさんの動きが止まったような気がした。けど聞いてきたのはそっちだ。ここは正直に言うべきだろう。
「あれしろこれしろってすっげーうるさかった。マジでケンカもしたし」
 掃除しろ飯の支度しろ、待つのは嫌いだの、あげくのはてには貴様ときたもんだ。
「けど、筋は通ってるやつだと思います」
 暗殺者から狙われた時、シェーラは逃げなかった。
 それは王族としてのプライドからくるものなのかもしれない。けど素直にすごいと思った。
「はげましてもらったこともあるし」
 しゃくだけど。
 しかも姉貴にフラれた時だけど。
 おかげさまで元気にはなれましたよ。あいつの想い人発覚と、その後のごたごたでそれどころじゃなくなったってのもあるけど。
 と思っても、やっぱり口にはできないわけで。
「何も知らないって、すっげーもったいないと思う。だから」
 そこで区切ると青の瞳を見つめる。
 透き通るような水の色。長く見つめているとまるで全てを見透かされているような気がする。
 迷った末、本来ならお嬢が言うべきセリフを口にした。
「あなたを助けに来たんです」
 本来なら彼女に会いたかったのはオレじゃなかった。そして彼女が会いたがってたのもオレじゃない。それでも会ってしまったものは仕方がない。友人としてできるまでのことをするまでだ。
 オレの話をエルミージャさんは黙って聞いていた。
「あなたはあの方によほど信頼されているのですね。ですが、御自分の想い人にこのような場所に来させるなど、シェーラ様もいささか軽率なのでは」
 言われていることがわからず、一瞬、頭が真っ白になった。思っていたことが顔にも出てたんだろうか。お嬢の従者は眉根を寄せて続けた。
「あなたはシェーラ様の恋人ではないのですか?」
 はい?
「可愛らしいお嬢様だとお見受けしましたので。片思いでしたのなら差し出がましいことをお聞きしました」
 エルミージャさんの言葉の意味を理解するまで時間はさほどかからなかった。
「――っ!」
 慌ててヅラを取り、指輪をはずす。
「オレは友人であって、間違ってもそんなんじゃありません!」
「男の方……だったのですか?」
 エルミージャさんの目が大きく見開かれたのは目の錯覚だと信じたい。
 そういえばさっきのシャハリヤールって奴も鴉(からす)が云々って言ってた。鴉=黒髪の女=オレですか。そーですか。
 そう理解したとたん、急に脱力した。
「そういえば胸がありませんでしたね。そのような趣味の持ち主なんですか?」
「どこからどー見ても、オレはれっきとした普通の男ですっ!!」
 とんでもない発言に声を荒げる。
 一瞬、自分でもそれは苦しいんじゃないかという考えが浮かぶけど慌てて否定する。人間、理解はしても納得できないってことが山ほどあるもんだ。
「こんなふうに笑ったのは久しぶりです」
 かといって肩を震わせて笑う彼女に罵声を浴びせるわけにもいかず。
「シェーラ様はいい友人に恵まれたようですね。
 お願いします。これからもシェーラ様の味方でいてあげてください」
 そう微笑んだ彼女にうなずきを返すことしかできなかった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 結局、エルミージャさんとは一旦別れることになった。
 理由は簡単。二人じゃ出るに出られない状況だったから。彼女は部屋の中では身動きが取れるものの、それ以外は監視つき。いわゆる軟禁状態だった。
「これを。即効性の眠り薬です。
 使う時は中身を吸わないようにしてください。わずかな間ですが足止めはできるはずです」
「エルミージャさんが持っていてください」
 慌てて返そうとしたところをやんわりと押しもどされる。
「あなたが持つべきです。私はあなたを、シェーラ様を信じていますから」
 そう言われると何も言えない。薬の入った小瓶を服の中にしまうと足早に離れを抜け出した。
 こんなものを持っているのなら、どうして早く使わなかったのか。その理由もすぐわかった。
 エルミージャさんは信じていたんだろう。お嬢のことを。
 見返りを求めるわけでも期待するわけでもなく、ただ純粋にお嬢を、シェーラザードという男を信じていたんだ。お嬢の気持ちが少しだけわかったような気がした。
 追っ手がこないかと心配してたものの、予想に反して誰も追いかけてこない。見張りが手薄になっていたのかそれ以外の理由からか。
 どちらにしても早くみんなと合流するに限る。そんな矢先に。
 ぐらり。
 久しぶりの疲労感が体を襲う。
「こんな時にならなくてもいいだろ……」
 意思とは反対に体は思うように動いてくれない。
 壁にもたれかかると、眠るようにそのまま床に果てた。
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