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第八章「沙城にて(前編)」

No,6 その人の名は

 沙漠(さばく)の街で手に入れた情報は、まごうことなきお家騒動だった。

 女王が治める小さな国。その治安は女王の統治により安定したものだった。
 幾度となく他国に攻め入られそうになったけど、女王の力によりことごとく退けてきた。
 けど、最近はきな臭くなってるらしい。
 曰く、現女王が原因不明の病魔に襲われているとか。
 曰く、それが元で娘の皇女も体調が思わしくないだとか。
 曰く、だから女王の身内が跡を継ぐことになりそうだとか。

「予想内の範囲ですね」
 一通り話し終えた後、アルベルトはそう言って額に指をあてた。
 宿に集まって全員が情報収集の成果を報告する。結果は似たり寄ったり。どちらにしてもいい噂は聞こえてこなかった。
「こっちでわかったのはこれくらい」
 極悪人、シェリア、諸羽(もろは)の三人が耳にしたのは女王の身内についてのこと。
 女王の身内は公には娘のシェーラザード皇女と女王の弟のみ。
 公にってことは裏もあるわけで。女王の夫はとうの昔に死去しているものの、その人ととある女達との間に複数の子供がいるだとか。
「噂でそれだけわかるってのもすごいな」
「夫となった方に甲斐性がなさすぎたか、もしくは女王の手腕がそれを上回るほど立派なものだったのでしょうね」
「両方だ」
 とんでもない会話に口をはさんだのは他ならぬお嬢自身だった。
「女王は世間一般には名君と言われていた。片方に名声が上がれば上がるほど、もう片方は肩身が狭くなる。
 寂しかったのかそれ以外の何かからだったのか。気を紛らわすために片方は女達と戯れ、結果わたくしが生まれた」
 淡々と語る様はまるで人事のようで。
 そこまできっぱりと断言されると、こっちとしても何も言えない。黙ったままでいると視線で続きを促される。
「女王の窮地、ついに弟が立ち上がったと周囲には美談にされているようですね。確か王弟殿下の名は」
「シャハリヤールだ」
 極悪人の言葉をついだのもお嬢だった。
「叔父上の噂は?」
「あまり良く言われてないみたい」
 そこで珍しくシェリアが口ごもる。公女様らしからぬ態度に首をかしげると、
「こちらも女王のおかげで難を逃れているといったところでしょうか」
 今度は極悪人が後を引き継いだ。
 曰く、税金をしぼれるだけしぼりとって私腹をこやしてるだとか。
 曰く、女遊びがすごいだとか。
 なんか絵に描いたような泥沼だな。
「その人に会ったことは?」
 問いかけると、お嬢は首を縦にふった。
「皇女として顔をあわせたことがあるが、いい印象を受けなかったのは確かだ」
 要するに嫌いってわけか。そりゃそんな噂がたつ奴を好きにはなれないわな。
 それにしても、どうしてこいつはそんなことを淡々と言えるんだろう。極悪人が歯に絹をきせぬ言い方をするのは元からだとしても、これじゃあんまりだろう。
「シェーラザードとはどのような人を指すと思いますか?」
 そんなことを考えていると、ふいにアルベルトが問いかける。
「国を治める人の名前だろ? 確か代々受け継がれてるって」
「沙漠を豊かにすることは難しい。だが、それでも国は成りたってきた。それがどういうことかわかりますか?」
「神秘の力を使っただとか?」
 冗談めかして言うと、予想に反してお嬢は否定することなくうなずいた。
「神秘かどうかはわからないが、王家に伝わる何かがあることは確からしい。それを用いて国の平和を保っているというところか」
「そして、その力を利用して王弟殿下が権力を我が物としようとしていると考えるのが妥当でしょうね」
 お嬢と極悪人の会話をオレは黙って聞いていることしかできなかった。
 この世界にきてわかったことが一つある。
 地球と空都(クート)には違うものと変わらないものがある。生活や文化の違いだったり、どうにかできるものだったりどうにもならないものだったり。
 今みたいに複雑な人間関係があったり。
「それで、どうやって中に入るの?」
「オレ達に会った時の逆をやるしかないだろ」
 オレがこの世界に来て間もない頃、お嬢は発煙筒を使ってオレ達に助けを求めた。あの時は記憶があいまいだとか言ってはぐらかされたんだった。
「街のそばに移動陣(いどうじん)がある。それを使えばいい」
 逆を言えば、こいつはそれを使って宮殿から外に出たってわけか。
「敵に抑えられている可能性はありますが、やるしかないでしょう」
 かくして計画は実行されることとなる。

 沙漠(さばく)の格好は思ったよりも露出度が少ない。
 長そでの上着にズボンの上にはロングスカート。頭には長い布を帽子よろしく巻きつけることになる。これなら顔を隠せば簡単に性別はばれないだろう。お嬢が今まで女でやり通せたのもうなずける。
「こーいうんもんか」
 鏡を見て一人納得。と同時にとてつもない空しさに襲われる。オレ、なんで異世界にまできて女装してるんだろう。
 ちなみに格好のことを改めて聞いてみたものの、『危険な目に遭いたければご自由に』という声が返ってきた。
「シェリアやモロハではないが、本当に様になっているな」
 変なことぬかすな!
 がなろうとしたところで口をつぐむ。
「なんだその顔は」
 一つに結われた緑がかった金色の髪。腰には剣をたずさえている。
 眉根をよせたシェーラは普段と同じ、それ以上に淡々としていた。
「お前さ、嫌じゃないのか?」
「何がだ」
「何がって、その……」
 どう話していいかわからずにいると、
「身内のことに関しては、わたくしもアルベルトの意見に賛成だ。客観的に見ても、いい父親とやらの見本とは思えないからな。
 叔父上や他の者に対してもそうだ。どうやらわたくしは親というものにとことん恵まれていないらしい」
 当人にさらりと返された。
「それでもさ、親は親だろ」
 人それぞれだと言われたらそれまでだけど、オレだったらそんなこと言われたら絶対怒る。
 オレの視線の意図に気づいたのか、ふいにお嬢が顔を近づける。
「それはお前がそのような目に遭っていないから言えることだ」
 冷たい翡翠色の視線が突き刺さる。
「もしわたくしと同じ状況であれば、お前は今のようにへらへら笑っていられるのか?」
 この視線の意味をオレは知ってる。昔同じようなことを空都(クート)の住人に投げつけられたことがあったから。
 どんなに頑張ったとしても所詮オレはよそ者。あいつに言わせるならいいとこ育ちの甘ちゃんで、何の苦労も痛みも知らない人間ってことになるらしい。あの時オレは何も返せなかった。言われたことはまごうことなき事実だったから。
 それでも考えて、出した結論は一つ。
「へらへら笑ってられるかはわからない」
「だったら――」
「けど、笑う努力はしてみると思う」
 シェーラを見据えて笑み一つ。
「もしダメだったとしてもさ、ぎりぎりまで笑ってたいじゃん。だからオレの場合、やせ我慢ならぬやせ笑い」
 はたしてそれは笑みになったかどうか。
「笑ってればさ、そのうちなんとかなるかもしれないだろ」
 けど、そう思ったのは本心だ。泣くよりも怒るよりも笑った方がいいに決まってる。
 哀しむ顔は見たくない。あんなのはもう、一度でたくさんだ。
「だからお前もさ、後悔しないようにしろよ。
 前に言ってただろ。死んでいたはずの王女がどうのこうのって。笑ってればそれだってなんとかなるかもしれないじゃん。エルミージャさんだって助ける気がなきゃ助けられないぜ?」
「話がめちゃくちゃだな」
「いいんだよ。そーいうもんだって」
 もっとも、何がいいのかはオレ自身わかってないけど。何事も勢いは大切だ。
「お前は後悔したことがないのか」
「たくさんあります」
 即答すると、あきれた視線が返ってきた。
「お前の言ったことは信憑性がないな」
「悪かったな」
「それに、今言ったことが本当だとしたら、お前は……」
 さらに顔を近づけられた後、首を軽くふられる。よくはわからないけど話はなんとかまとまったらしい。
 まとまりかけたところで、『しっつもーん』と元気のいい声が響く。
「エルミージャさんってどんな人?」
 声の主は諸羽だった。
「二人が遅いからお邪魔しちゃった。
 悪いけど聞かせてもらったよ。ちゃんと捜すならこと細かく知っとかなきゃ」
「あ、それならオレも聞きたい」
 諸羽に続いて聞くと、冷たい翡翠色の視線が返ってきた。
「何度も言ったではないか」
「それは内面だろ。外見がわからないとどうしようもないだろ」
 シェーラの側近で、色々なことを教えてくれた人だってのは知ってる。あとこいつを外へ逃がしてくれたってことも。けど、それ以外は何もしらない。
 お嬢はしばしの沈黙の後、宿の床に視線を落としながらつぶやいた。
「銀色の髪に褐色の肌をしている」
 そう言って手にしたのは浅葱(あさぎ)色のスカーフ。前にセイルがよこしたものだ。そう言えばあいつも同じ色だったな。
 銀色の髪の暗殺者。ここ(空都)に来たってことはあいつと会うってことも指している。
 宮殿の中に入るってことはあいつらと会う確率だって高い。その時オレは、どんな声をかけるんだろう。
「背丈はお前とおなじくらいだ。わたくしに仕えていただけあって身のこなしは優雅だ」
 オレと同じくらいの背ってことは、
「銀色の髪に褐色の肌をした長身の美人ってことね」
 いつの間にか公女様まで会話にわりこんでいた。
「美人って誰も言ってないだろ」
「そう考えた方が雰囲気でるじゃない。シェーラのお供ができるんだから、きっとしっかり者なのよ」
「確かにそれは言えるかも。よっぽど忍耐強くなきゃこいつのお守りはつとまらない」
「エルを愚弄(ぐろう)するな!」
「わーっ、刃物はやめろ!」
 とはいえ気になるのは事実なわけで。エルミージャさん。一体どんな人なんだろう。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 って話をしていたはずなのに。
「気がつきましたか」
 その人は今、オレの目の前にいる。
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