EVER GREEN

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第八章「沙城にて(前編)」

No,4 旅立ち

 ジリリリリ……。
 午前6時。目覚まし時計が朝を告げる。
 窓を開けると、冷えこんだ空気が頬をなでた。当たり前だ。十二月の真っ只中なんだから。
「……よし」
 誰にでもなくうなずくと、荷物を背負いそっと家を出る。
 服も着替えたし朝食も食べた。
 親父と母さんはまだ眠ってた。姉貴も休みだからまだ夢の中だろう。
「これから行ってくるよ」
 真冬の向日葵(ひまわり)畑には誰もいない。当たり前だ。真冬に真夏の花を見に来る奴はまずいない。
 思い出の場所に事前報告。最近じゃこれが恒例行事になりつつある。母さんの死を認めたくない。一年前はそんな気持ちでここに立っていた。けど、今は少しだけ変わったような気がする。前と違って、少しだけ笑えるように、穏やかな気持ちでここにいられるようになった。それは、時が流れたということなんだろうか。それともオレが変わった?
 空都(クート)に行くことは高校に入って何度もあった。毎回波乱続きだったけど、今度は今までの中でもっとすごいことになるだろう。それは確かな予感。けど、それだけじゃない。
「絶対、戻ってくるから」
 昨日親父に言ったセリフをくりかえすときびすを返す。
 そのまま目的地に向かおうとすると、
「まりい……」
「これから出かけるんでしょ? 見送りくらいさせて」
 そこには姉貴の姿があった。
「よくわかったな」
「何も言わずに出て行くつもりだったの?」
 まりいの目はつり上がっていた。彼女がこんな表情をするのは珍しい。笑ったり驚いたり、顔を赤らめたりするのがほとんどだったから。高校に入ってからは特にだ。
「本当。昇くんってちょっと見れば行動パターン丸わかりだよ」
 姉貴にまでそんなことを言われるオレって一体。
 っつーか、昨日のあれであいさつはすませたつもりだった。言うべきことは言ったしこれ以上湿っぽい話になるのも嫌だったから。
 互いの吐く息があたりを白くそめていく。しばらく見つめあった後、そっと息をついたのはまりいの方だった。
「何かあったら諸羽(もろは)ちゃんの家に連絡すればいいんだよね」
「そうはなりたくないんだけどな」
 次の行動まで読まれていれば、もはや苦笑するしかない。
 時がたつのって早いよな。
 一年前、急にわいた再婚話。そこで初めてまりいという存在を知り、ケンカした。その後仲直りして、親父が再婚して家族が増えて。
 少しずつ、でも確実に時は流れていく。オレも少しは成長してるんだろうか。そんなことを考えていた矢先、
「はい」
 手渡されたのは銀色の鎖に青の宝石のペンダント。
「お守り。渡す前にいなくなるんだもん」
 石には女の人の姿が彫られてある。宝石の名前はアクアクリスタル――別名、オレを異世界へいざなった石。
「オレはもう持ってるよ」
 元々それは、まりいがシェリアからもらったものだった。それがオレからショウの手に渡り、シェリアから再びオレの手を経て元の持ち主にもどったってわけだ。一方オレの方はミルドラッドを旅立つ時に公女様から護符代わりにとありがたくいただいていた。
『これにはね、『大切な想いはここにある』って意味があるの。あなたが身に着けているものと対になってるって言ったでしょ? そっちは――』
「だったら昇くんの大切な人に渡してあげて。お守りは多いにこしたことはないでしょ?」
 記憶の中のセリフと同じことを言われ、自然と笑みがもれる。
 ここまで言われたら返すのも気がひける。ありがとうの言葉と一緒にペンダントを素直に受けとることにした。
「じゃあ……」
「……うん」
 視線を合わせて笑みひとつ。
「行ってきます」
 これが、本当に最後のあいさつだった。

「がんばって……昇くん。私もがんばるから」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 諸羽(もろは)の住んでるアパートは、オレの家から自転車で十五分のところにある。
「悪い。遅くなった」
 アパートにはすでに全員集合していた。
「遅い! と言いたいとこだけど、今日だけは大目にみとく」
 相変わらず長いスカーフを首に巻き、錫杖(しゃくじょう)を持つ姿は地球には似合ってなかった。
「最終確認だけど、大沢はボクの家に冬休み中長期滞在。師匠さんとシェリアは母国に一時帰国。それでいい?」
 諸羽の声に全員が首肯する。冬休みを利用しての長期不在。それが地球での名目だった。周りにはさんざん根回ししておいたし、いざとなったら姉貴や剣の一族なるものがなんとかしてくれるだろう。
「あのさー。今さらな話なんだけど、諸羽はよかったのか?」
「ボクがいないと大勢の時空転移(じくうてんい)が使えないっしょ。大沢って妙なところで律儀だよね」
 短く息をついた後、諸羽は真面目な顔をした。
「悪いけど、ボクは向こうじゃほとんど使い物にならないと思う。何かあったら真っ先に逃げ出すから」
「ああ、そのつもりで頼むな」 
 昔に比べるとましになってきたとはいえ時空転移は不安要素が大きい。それを確実に成功させるには『剣』の力が必要なわけで。
 そもそも諸羽は『お前も世界を見て来い』っていう親かご先祖のわけのわからない言葉のせいで空都(クート)にやってきた。時空転移の手助けをしてくれたのも道を教えた恩があったから。
 その後も、二つの世界でさんざん世話になった。恩は充分に返してもらっている。手伝ってもらっておいてなんだけど、相手は暗殺者をやとうほどの連中だ。だったら途中で帰ってもらったほうがいい。そう思ってのことだった。でも、諸羽の反応は違っていた。
 目を見開いた後、まじまじと顔を見つめられる。顔が近づいてきたかと思うと、
「でっ!」
 額を爪ではじかれた。容赦なく。
「大沢にシリアスは似合わないっしょ。へたれてこその大沢なんだから」
 デコピンは地味に痛い。至近距離ならなおさらだ。
「って、なんだよヘタレって」
「言ってほしいの?」
「結構です……」
 なぜかしりすぼみになる声に『剣』は満足そうにうなずく。
「あくまでもそのつもりでってこと。マジにとらないでよ」
 これは、こいつなりに励ましてくれたってことなんだろーか。
「ショウは?」
「用があるって朝早く出かけたの。あなたによろしくって言ってたわよ」
「そっか……」
 シェリアの声に肩を落とす。一言くらいあいさつしときたかったんだけどな。
「挨拶くらい後からいくらでもできるでしょう」
「……そーだな」
 空都に行くってことは昨日話した。なにより『いってきます』よりも『ただいま』の方がいいだろう。
『色々あったけど、なんとか戻ってきたぞ』そうやって笑い話にしてやるといい。
「それじゃあ、いくよ」
 諸羽の声に全員声もなくうなずいた。


 目を開ければ、そこは草原だった。
 って、今までならそうだったんだろーな。
 目を開ければ、そこは灼熱地獄だった。
 これからは、それも違ってくるんだろーな。
「お世話になりました」
 砂上船の面々に頭を下げると、
「また料理作ってくれよ」
「貴重な雑用係がいなくなるのか」
「辛くなったら戻ってこいよ。低賃金でやとってやるぞ」
 大変嬉しい別れ言葉をもらった。
 他の面々は先に船を降り、まがりなりにも世話になったんだからと一人あいさつにいったらこれだ。なんだろう。オレのここでの見せ場って家事能力しかなかったのか。
「それじゃあ、ほんとにこれで……」
 船を降りようとした矢先、肩をつかまれる。つかんだのは料理長だった。
「人生何があるかわからないな。あの小僧があんな表情をするようになるとは思わなかった。
 何があるか知らねぇけど、気をつけてな」
 最後の最後で、ようやく別れらしい別れになった。
 なんだかんだで過ぎていった数ヶ月。きつくはあったけど、それなりに有意義だったよーな気もする。
 戦闘云々は少しはましになったし、家事云々はさらに磨きがかかった。これからが本番だ。気をひきしめていこう――
「まずはジャンケンっしょ」
 と決意を新たにした矢先、いきなり出鼻をくじかれた。
「二手に別れるんですよ。理由はおいおい話しますから勝ち組と負け組みに別れてください」
 よくわからないけど、そうしないといけないらしい。
「じゃーさっさとやるぞ。さいしょは――」
「『じゃんけん』って何?」
 今度は公女様にくじかれた。
「へ? 知らないの?」
 けどショウは学校で普通に使ってたぞ。それとも公女に庶民の遊びはわからないのか?
「マジで知らないのか?」
 あれこれとこと細かく説明すると公女様は手をポンと叩いた。
「なーんだ。世界の理(ことわり)のことね?」
「セカイノコトワリ?」
「うん。前にアルベルトに聞いたの。翼は鱗(うろこ)を包んで鱗は爪をしのぐ、爪は翼を裂くのよね?」
 要するにグーは鱗、チョキは爪、パーは翼ってことらしい。
 ……めちゃくちゃグロいジャンケンだな。それ。
「仮にも部下が一国のお姫様にウソ教えんなよ」
「嘘ではありませんよ」
 ジト目で言うと、極悪人はさらりとかわした。
「宗教にもとづいた原理です。それぞれの世界が象徴するものを指しているんですよ。翼は鳥を、鱗は魚を、爪は――」
「竜ってことか」
 それなりに考えてはあるってことか。っつーか、鱗って魚のことだったんだな。
 そーいえば昔、時空転移(じくうてんい)を作ったときに探したっけ。それぞれの世界の聖獣と『剣』を。三つの世界がどうこうって話もこいつに教わったっけ。
 あの頃が懐かしい。まだ数ヶ月しかたってないはずなのに。
「前にリザから聞いたものなんです」
 思わず遠い目をすると、極悪人は一つだけ付け足した。
「じゃああらためていくぞ。ジャンケン――」
 グーが三つにチョキが二つ。
 爪は鱗にみごとにやられた。
「これって何の意味があるんだ?」
 出した方の手をまじまじと見ながら問いかけると、アルベルトは爽やかに笑った。
「潜入するためにはまず下準備です。まずは外見からといったところでしょうか」
「外見って――」
 これから本拠地へなぐりこもうとする矢先。
「あなたにはお手の物でしょう? しっかり働いてもらいますからね」
 脳裏を、半年前の悪夢がかけていった。
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