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第八章「沙城にて(前編)」

No,10 アルベルトの戦い

「お前は先にもどって報告しろ」
「いいじゃん。神官と暗殺者の対決。なかなかお目にかかれない構図だよ? もうちょっと見学させてよ」
「いいから報告だ」
「ええー。だって」
「セイル」
 有無を言わせぬ強い口調。肩をすくめるとセイルは苦笑しながら答える。
「言ってみただけ。わかった報告ね」
 そう言うと今度はオレの方に視線を向ける。
「早くこっちに来なよ。待ってるから」
 相変わらずの親しい友人にでもかけるような言い草を残し、暗殺者は去っていく。けど内容が内容だけに笑えないし、かける言葉も見つからない。
 こっちにとは何を指すんだろう。セイル達と同じ暗殺者の道をたどれって? 冗談にしてはきつすぎるし、そもそもそんな気はさらさらない。
 一方、残されたもう一人の暗殺者はオレ達を見据えたまま微動だにしなかった。
「どうやらあの子が大事みたいですね」
 口火をきったのはアルベルトだった。
「ただ使いにやっただけだ」
 距離があるから何を話しているかまでは聞き取れない。
「そうですか? 私にはわざと遠ざけたように見えましたけど」
 けど、何か重要な話をしてるように見えた。
「あなた、以外とお優しいんですね」
「それを言うならそっちだろう。見た目以上に冷徹だな。聖職者でありたいのなら、まずはその殺気を隠してからにしろ」
「いやですねえ。こんなに聖職者らしい人をつかまえてその言い草ですか」
「茶番はそこまでにしろ。そこのガキもだが、それ以上におまえも俺達と同じ匂いがする」
「まあ、否定はしませんけどね」
「なぜあのガキをかばう? 利用するためか」
「そうですね。世界を手に入れるためにはあの子が必要ですから」


「あいつって、シェリアの育ての兄なんだよな」
 二人から遠く離れた場所で公女と二人言葉を交わす。
「そうよ。リューザ――神官長の息子でアタシが子どものころから一緒だったの」
 本当ならさっきの状況が状況だけに気まずいところだけど、今の状況の方がもっとすごいからか自然と口数は増えていく。
「子どもの頃っていつ?」
「アタシが11歳の時。前にも話したでしょ?」
 確かに聞いていた。でも。
「それより前は?」
 予想してなかったんだろう。唐突な質問にシェリアは目をしばたかせる。
「それ以前のこと知らないの? あいつがどこでどう育ったのか」
「留学していて、色々な国を旅してたみたいだけど」
「それより前は? あいつの子どもの頃って知ってるのか?」
「そんな昔のこと知ってるわけないじゃない」
 どうして? と問うような眼差しになんでもないと首を横にふる。脳裏に浮かぶのは沙漠の夜。月明かりの下、神官はオレにおとぎ話をしてくれた。
『だから俺は、人生を選ぶことにした』
 普通に生活してきた奴が吐くセリフじゃないってことぐらい、オレにもわかる。
 人生を選ぶってなんだよ。そもそも口調が変わってるじゃねーか。
『道がわからないのなら自分で決めてやる。誰に認められなくてもいい。自分の思うままに生きてやろうと』
 いいわけない。誰にも認められなくていいって、そんなの悲しすぎるだろ。
 もしかしたら、さっきの公女様も今のオレと同じ心境だったのかもしれない。遠目にでもわかる。シェリアの育ての兄でありオレの師匠でもある男からは異様な――異質な気配が感じ取れた。
 それは純粋な恐怖。何かされたわけじゃない。ただ、怖いんだ。見ているだけで足がすくんでしまう。今までずっと旅をしてきたのに。ただの極悪人じゃないってことくらい、とっくの昔にわかってるはずなのに。
 それでも目を離せないでいるのは、あいつのことをほっとけない、信じたいと思ったからか。隣にいる女子がせめて似たような気持ちでいてくれることを願いながら、答えを見つけるためオレは大人達の戦いに集中した。


「どうした。かかってこないのか」
「そちらこそどうなんです。たかが神官に足止めされていては面目が立たないでしょう?」
「安い挑発だな。だが面白い」
 暗殺者が、ゼガリアがナイフを取り出す。
「仕方ない。のってやるよ」
 刹那、神官の横を一陣の風が吹き抜ける。アルベルトの頬から一筋の血が流れ落ちたのはその直後だった。
「無駄口ばかりたたいているからだ」
「ご忠告どうも。ですが民に教えを説くことが私の仕事ですので」
 一方神官の方は血をぬうぐこともなく。むしろ笑みを浮かべながら腰から剣を抜く。
「どうして神官がと聞くだけ無駄か」
「察しのいい方で助かります。どこかの誰かさんと違ってね」
 本当になんで神官が剣なんか持ってるんだよ。そうつっこみたくてもできる状況じゃなく。
 ゼガリアが投げつけた短剣をアルベルトの剣がなぎはらう。
「やめませんか? 雇い主にそこまで義理立てする必要もないでしょう」
「ご忠告どうも。だがあいつとは自然と気があったもんでね」
 セイルとよく似た投げ方に、寸分の狂いはない。
 違う。似てるんじゃない。もしかするとこの男がセイルに投げ方を、戦い方を教えたのかもしれない。だとすれば、ゼガリアはセイルの師匠ってことになるんだろーか。
「あなた、いい人生おくれませんね」
「お互いさまだろう?」
 暗殺者の師匠の技は弟子よりも格段に上だった。オレの師匠も弟子より格段に上だった。……悔しいけど。
 一進一退って言葉はこういう時に使うのかもしれない。
「このままではらちがあきませんね」
 そう言うと極悪人は片手を上げる。
 この構図には見覚えがあった。霧海(ムカイ)の神殿で石像相手に戦った時だ。あの時はアルベルトの術が敵よりもケタはずれに強くて、それで。
「……え?」
 信じられなかった。極悪人が、アルベルトが床に膝をつくなんて。
 傷は最初の一回だけ。にもかかわらず肩で息をしている様はどう見ても尋常じゃない。
「言っただろう。無駄口ばかりたたいているからだと」
 冷たい口調とともに、ナイフが神官の首筋に突きつけられる。
 神官と暗殺者が戦ったらどうなるか。答えは簡単。暗殺者が、より戦闘経験の多いほうが勝つに決まってる。
 それでもにわかには信じられなかった。あいつが、あのアルベルトが負けるだなんて。
「毒、ですか」
「即効性のな。相手の動きを手早く封じるにはこれに限る。定番だろう?」
 こんな時にもかかわらず、極悪人の表情は落ち着いていた。
「只者じゃないと思っていたが、おまえはよほどの天才かよほどの馬鹿だな」
「残念。両方ですよ」
「早く逃げろ!」
 こんな時にこんなことしか言えない自分が情けない。でもこれしか言えなかった。目の前の暗殺者はあまりにも強すぎる。オレにできることは何もない。
「放っておくと何をされるかわからないからな。このまま消えてもらう。後の二人は丁重におもてなしするさ」
「台詞まで定番なんですね」
「笑いたければ笑うといい」
「笑いませんよ。ですが、私にもやるべきことがありますから」
 途端、周囲が光に包まれた。

 何が起こったのかわからなかった。
 光がおさまると視界に映ったのは二人の姿。
「相打ちですか」
 アルベルトは相変わらず床に膝をつけたままだった。
「説法が仕事とはよく言ったもんだな」
 ゼガリアもナイフを突きつけたままだった。
「ええ。ですが、ここまで読まれているとは思いませんでした」
「それはこっちの台詞だ」
 ナイフを投げ捨てるとゼガリアはアルベルトをどけるようにして歩みを進める。
「裏の読みあいが仇(あだ)になったのか」
「結局のところ、最後は根気と気力。体力勝負なんですよ」
 一歩、二歩。
「……セイルを返しておいて正解だった」
 それが最後のセリフ。
 三歩目で歩みを止めると暗殺者はそのまま崩れるように床に伏した。
 もしかして……勝った!?
「アルベルト!」
 シェリアの声に我に返る。気がつくと一足先に公女様は極悪人の下へ駆けだしていた。
 相手が近づいた隙をみて術を使った。それだけの事実を導き出すのにかかった時間は数分。考えてみればそれが最良だしその選択しかできなかっただろう。
「怪我はありませんか?」
「それはこっちのセリフよ!」
 なかば涙目になりながら公女様が術をかけようとする。それを片手で制するとアルベルトはようやくオレの方に視線をめぐらせた。
「答えはわかりましたか?」
「わかるわけねーだろ!」
 あんなんでわかれって方に無理がある。それ以前にあんな衝撃映像見せられたらこっちの心臓がもたねーよ。
 そんなオレの心情を知ってか知らずか極悪人はいけしゃあしゃあと言ってのける。
「覚えておきなさい。勝つためには常に人の一歩、二歩先をよまなければいけないんです」
「……じゃあ、負けないためには?」
「そこまで面倒はみきれませんよ。自分で考えなさい」
 その口調は普段のそれと全く変わりなくて。
「あのさ、聞いていい?」
「私の答えられることなら」
「アンタは一体何者だ」
 何度目かのツッコミを口にするとこれまた極悪人はあっけらかんと言ってのける。
「ごくごく普通の神官に決まってるでしょう」
「嘘つけ」
 どこの世界にこんな神官がいるんだ。
 とは言いつつも内心ほっとしていた。そーだよ。こいつが負けるわけないんだ。殺したって死ぬような奴じゃないし。
「ほら、帰るぞ」
 憎たらしいくらいに笑顔の極悪人を残し、一人踵を返す。
 聞きたいことは山ほどあるけど、まずは地球にもどって体制を整えよう。
「本当ですよ」
 身を隠す場所も探さなきゃな。一人は怪我人だけど極悪人だし、三人そろえばなんとかなるだろ。
「私はごくごく普通の神官――人間です」
 ……へ?
「その証拠にほら。こんなささいな傷でも致命傷になるんです」
「どういう――」
 そこから先は続かなかった。

 ゆっくりと。
 まるで映画のスローモーションのように金色の髪の男が地に伏す。

 地に染まるのは赤。
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