EVER GREEN

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第七章「沙漠(さばく)の国へ」

No,7 偶然と過去

『あいつは孤児だったんだ』
 それはある意味意外で、でも確かに納得できる過去だった。
 砂上船の上で、タオルを片手に壁によりかかる。沙漠(さばく)の上の太陽は、辺りをさんさんと照らしてる。けど心の中までは無理があった。
『孤児っていっても色々あるからな。捨てられた奴もいれば、戦争で親を失った奴もいる。そういった奴らは身を寄せ合って生きていくしかない。その中でもあいつは最悪だった』
 日よけ代わりにタオルを頭にかぶると、持ってきたスポーツバックの中から金属片を取り出す。次に取り出したのは彫刻刀一式と布やすり。
 壁にもたれかかったまま、金属片を削っていく。
『奴隷ってやつを知ってるか? この辺りじゃまだましだが、西に行くともっとひどいらしいな。あいつはガキの頃からそれだった』
 その言葉がどんな意味かってことくらい子供にでもわかる。高校生のオレならなおさらだ。
 お嬢と初めて会った頃に、極悪人と二人で話をしたことがある。
『人を殺すということは決して許されることではありません。ですが、それでもそれを生業としている人もいます。それが、この世界での現実です』
 あの時はそう言われた。そしてオレは、憎まれ口をたたくことしかできなかった。
 まっとうな生き方をした人間が、あんな人間に、しかも聖職者になれるとは思えない。っつーか、そんな奴がいたら真面目に生きてる人間に失礼だ。
 はじめて会った時、あいつは人のよさそうな顔をしていた。黙っていれば、かもし出す雰囲気は確かに聖職者、もしくは貴公子然といったふうで。実際、やることなすことは外見とは常に正反対で。
 料理長の話を聞いてマジで!? と思う反面、妙に納得したりもした。
「ノボル?」
 地球と――日本と空都(クート)のギャップ。オレとアルベルトの違い。それは大人と子供ってことだけでもないと思う。話を聞き終わって改めて二つの現実を突きつけられたような気がした。
「ノボルってば」
 そんなことがあって、オレはあいつの歳まで平然としていられるんだろうか。
 同情したら相手に失礼だということはわかる。そんな苦労をしてみたいとはこれっぽっちも思わない。
 他の奴らにしたってそうだ。ショウであれ、シェリアやシェーラでさえそれなりの過去がある……と思う。そんな奴らと出会えたオレは、もしかしたらすっげー貴重な体験をしてるのかもしれない――
 ガッ!
 ダイレクトな衝撃が後頭部を直撃する。
「なにすんだよ!」
「返事しないから」
 頭をおさえてふり返ると、そこにはモップを装備したシェリアの姿が。
「返事がないなら攻撃していーのか」
 涙目でにらむと――今のはマジで痛かった――、公女様はさも当然といったふうに胸をはった。
「だってノボルだもん。このくらい平気でしょ」
 迷うことなくこのセリフ。どうやら目の前の公女様は、神官の影響を確実に悪い方向に受けているらしい。シェリアさん。あなたの目にオレは一体どんなふうに映ってるんですか?
「とにかく無言で攻撃はやめろ。頭はもってのほか」
 ため息をつくとモップを強引にひっぺがす。壷に掃除機にモップ。どこかのゴロツキに殴られたのもあわせれば計4回。よくここまでもったなオレの頭とほめてやりたいものだ。
「髪の毛ひっぱるとかは?」
「それは一番やってはいけないことです。良心のある生き物なら何がなんでもやってはいけません」
「……髪の毛で嫌なことでもあったの?」
 公女様の額から流れたものには気づかないふりをしておく。人間触れられたくないことだってあるんだ。
「それで? 何か用があってきたんじゃないの?」
 モップを離れたところにやって問いかけると、
「ふらっといなくなったかと思ったら変なことやってるんだもの。気になるじゃない」
 そう言って指差したのは手の中の金属片。
「目には目を、歯には歯を、剣には剣をなんだと」
「なにそれ」
「さーな。とにかく弁償しろってこと」
 そう言って、彫刻刀で金属片に模様を描きこんでいく。
 当たり前だけど、普通の彫刻等じゃ金属に傷はつけられても模様を描くなんてことはできない。じゃあなんでできるかというと、製作者のリザに聞いてみなけりゃわからない。道具がいいものなのか、それとも金属がすごいものなのか。
 金属片はこの前の時に諸羽(もろは)が持ってきたもの。元々オレに渡すつもりだったらしく、これを使って弁償しろと――現在にいたる。
「ノボルって無駄に器用よね」
 やることもなくなったのか、隣に腰をおろすとオレの手元をのぞきこんで言う。
「無駄にってなんだ無駄にって」
「だって料理もできるし買いだしはもちろん、掃除だってプロ並みだし。この調子だと裁縫もできるんでしょ?」
 なぜ指折り数えてるんだ。なんで断定形なんだ。
「違うの?」
「……違わない」
 否定できないのがものすごく悲しい。ちなみに小学校の頃からやけに家庭科の成績がよかったことは秘密だ。
「あなたって生まれる性別間違えたのよ。女の子だったらきっと今ごろモテモテよ?  惜しかったわね」
「ちっとも惜しくも嬉しくもないわっ!!」
 オレとしてはむしろどこで人生を間違ったかを誰かに問いただしたい。空都(クート)にきたことは百歩譲ったとしても、鈍器で殴られたりこき使われることはないはずだ。
 けど、オレのはあくまで笑い話。なんだかんだ言ってもそんなこともあったと笑って話せるかわいいもの。それに比べて、あいつの過去は果てしなく――重い。
『航海の途中で半ば生きだおれているのを見つけたんだ。逃げてきたんだろうな。全身傷だらけの痣だらけ。普通に生きてればお目にかからないものばかりだった。
 見るに見かねて手当てしてやったんだが全く口を利かないのよ』
「シェリア」
「なーに?」
「シェリアはアルベルトのことってどこまで知ってんだ?」
 言い終わった後で慌てて口をつぐんだ。そんなこと聞いても仕方ないのに。
「……やっぱなんでもない。それよかあいつって歳いくつ?」
 だから当たりさわりのない質問に変える。
「23だったと思うけど」
「それは……」
 やっぱりっつーか、年齢のわりにはその、
「老けてると思った?」
 明るい茶色の瞳がいたずらっぽく笑う。
「さーなー……って、仮にも公女が『老けてる』なんて言うなよ」
「そんなのアタシの勝手でしょ?」
 悪びれることなくけらけらと笑う。本当に公女様らしくない。
 オレの場合、嫌なことがあってもほとんどは笑い話に変えられる。けどそれにできないような過去があったら?
『全てをあきらめたような、絶望しきった顔だなあれは。それでも言うことは聞くし物覚えはよかったから色々と仕事させてたんだ。
 それがひょいっといなくなっちまったんだ。それがまさかこうして姿を現すなんてなぁ』
「絶望、か」
「え?」
「なんでもない」
 オレとアルベルトの違い。それは十五と二十三っていう歳の差だけでもなさそうだ。
 あいつの絶望って何だったんだろう。そんな奴に目だけでも似てると言われたオレは、一体何なんだろう。
 オレぐらいの時に、あいつは何を見て、何を考えていたんだろう。
「今日のノボルって変」
 明るい茶色の瞳がオレの方をじっとのぞく。見られつづけると、その、それなりにどぎまぎするものがある。
「変ってどこが?」
 気持ち視線をそらしながら聞いてみる。
 シェリアは姉貴のまりいと容姿が似ている。それもあるけど、前回の一件があったから気にならないかと聞かれれば嘘なわけで。けど目の前の女子に、そんな気はさらさらなさそうで。
 その公女様が口を開こうとしたその時、
「あー。いたいた!」
 元気な声にふり返る。そこには諸羽(もろは)とシェーラの姿。
「へー。ちゃんと進んでるじゃん」
 シェリアの時と同じくオレの手元をのぞきこんで言う。
「オレだってやる時はやるんだ」
「本当にやれる人間は人の持ち物を壊したりはしないがな」
 誰がどの発言かはすぐわかるだろう。持ち上げたところにこれですか。こいつら本当にいい性格をしている。って、お前も剣壊したこと知ってんのか。
「シェーラ、お前って歳いくつ?」
「……十四だ」
「あー。そーいやそうだったよな。忘れてた」
「お前があの時無理矢理聞きだしたのだろう」
 あの時ってのはお嬢がまだ女装をしてた時のこと。言われてみれば、確かにそんなことがあったような気もする。
「ボクは聞かないの?」
 オレと同じ黒の瞳を輝かせて諸羽が言う。
「高一ならだぶってもない限りオレと同じ十五だろ」
「あたり。一月八日生まれの十五歳。縁起いいっしょ?」
『げ、こいつオレより早生まれなのか』なんてことは気にしないことにしておく。男がそんな小さいことを気にしていてはいけない。
「でもなんでそんなこと気にするのさ?」
「いや、なんつーか」
 アルベルトの昔話を聞いて、男というか、人としての差を思い知りました。とはなかなか口にできず。シェリアとお嬢が金属片に注目してるのを見計らってそれとなく聞いてみる。
「あのさ、アルベルトのこと――」
「言わないよ」
 顔は笑ってるけど瞳は真剣そのもので。
 諸羽はこーいう奴だった。考えてみれば、遊園地で泣いてたオレにも同じこと言ってたっけ。今回も本人がそう言うからには大丈夫なんだろう。
「二人そろって何話してるの?」
 話を終えたシェリアが不思議そうな顔をする。
「いやー、その。……偶然ってすごいよなって」
 極悪人の昔話を語ってましたとはさすがに言えず、代わりに別の言葉を選ぶ。
「この四人ってさ、普通に生活してたらまずありえないメンツだよな」
 口から出まかせだったけど、確かにそうだと思う。
 一介の高校生のオレに公女様のシェリア。皇女の替え玉のシェーラに、剣の一族なる諸羽。一体誰がこの組み合わせを予想できただろう。一体誰が、こんなことになるなんて思っただろう。少なくとも一年前は、異世界に来るなんてこれっぽっちも思ってなかったはずだ。
「類は友を呼ぶって言うから」
 まさかオレを核にして考えてないだろーな。そんなことを思いながら、お決まりのセリフを口にする。
「これからどーなるかわからないけどさ、それなりに頑張ってればなんとかなるんじゃないの?」
 そうなると信じてた。
「相変わらず能天気ねー」
 そう信じていたかった。
「とにもかくにも、まずは今やれることをやれってこと」
 信じてないとやってられなかった。
「ならば予行練習だ」
 足元に金属片が投げつけられる。ただし、オレが手にしてるものとは違ってこっちは正真正銘本物の剣。
「今やれることをやるのだろう?」
 視線の先には剣を持ったお嬢の姿があるわけで。
「オレ、雑用も学校もあるからすっげー忙しいんですけど」
「そんなことわたくしの知ったことではない。アルベルトとも鍛錬をしているのだろう? どれだけ上達したかわたくしがじきじきに確かめてやる」
 目の前の男は元々こーいう奴なわけで。
 結論。地球だろーが異世界だろーが気合いれないと生きてはいけない。
「シェリア、地球のことわざ教えてあげる。今の大沢の状況って『身から出た錆(さび)』って言うんだ」
「……よーくわかったわ」
 それは本当に何気なくて、本当にささやかなひと時。今思うと、あの頃が本当に大切な瞬間だった。
 一体誰が、これから先あんなことになるなんて思っただろう。
 それがわかるようになるには、もうしばらくの時間がかかる。
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