EVER GREEN

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第七章「沙漠(さばく)の国へ」

No,4 進むべき道

 シェーラザード・C・ユゲル・ジェネラス。
 オレより一つ年下の十四歳。一見見事なまでのわがままお嬢、して実態はカトシアという国の王子であり皇女の替え玉。その容姿はまごうことなき美少女で、黙っていれば誰も男だとは気づかないだろう。っつーか、男。
 そのお嬢は今、船の手すりにもたれかかるようにしてこっちを見ている。
「何してたんだ?」
 問いかけても『別に』と言うだけで、そのわりには相変わらずオレの方を見ている。
「……だから何?」
「別に」
 上目遣いで見上げる様は、汚れなき乙女。大抵の男なら落ちること間違いなし。
 外見だけなら。っつーか、男。
 なんでこんな補足説明をオレがしなきゃならんのだ。しかも男に頬染めるなんぞ絶対したくない――なんてことを考えていると、ようやく『別に』以外の言葉を話し出した。
「考え事をしていた」
「何を?」
「故郷のことだ」
 故郷に返してほしいという本人の申し出とオレ自身の目的もあって、オレ達は空都(クート)に来ることができた。けどその後が問題で、ショウやアルベルト達は普通にこっちに来ることはできるものの、眠ると地球に逆戻りという昔のオレのような体質になってしまった。
「ここ(空都)にとどまることができたのは嬉しいが、無事彼女を助けることができるだろうか」
 でもシェーラだけは眠っても翌日は同じ世界で目が覚める――と、ごく当然で、オレ達にとっては珍しい体質になってしまった。アルベルトが言うには本人の意思に関係するんだろうってことだったけど、実際はわからない。だったら夏休みの間こっちでのオレ達の体はどうなってたんだと聞きたいところだけど今さら考えたところで時間の無駄だ。
「わたくしは――」
「そう思うならさ、詳しいこと教えてくれる?」
「詳しいこと?」
「カトシアって国のこと。エルなんとかさんだっけ?」
「エルミージャだ」
 それだけ言うと、シェーラは静かに話し始めた。

 彼女がわたくしの側近だということは以前にも話したな? 彼女と出会ったのは今から十一年前になる。
 ……そんな顔をするな。前にも言っていたであろう。
 女性の仕草を学ぶには女性から教わるのが一番だ。特に相手が小さな子供だと大人より歳の近い者の方が本人にとっても周りにとっても都合がよかったのだろう。だから彼女が選ばれた。従者の中で最も王家に従順で最も歳若い彼女が。
 今考えると彼女も誰かに利用されていたのかもしれないな。それでもわたくしにとって唯一の救いだった。
 剣術、学問、礼儀作法。彼女からはたくさんのことを教わった。はじめは女性であることを強制させられることに何度も反発した。いくらそのような身なりとしているとはいえわたくしは男だ。なぜわたくしがそのようなことをしなければならない! わたくしはただの飾りなのか?
 ……すまない、取り乱しすぎた。王家にはあるまじき行いだな。
 同じような言葉をエルに投げつけたことがある。彼女は一言だけ言った。『自分の道を見つけろ』と。
 空都に戻ることがわたくしの決めた道だ。だがそれは、元いた鳥かごにもどるだけにすぎない。わたくしのやろうとしていたことは結局、子供じみた遊びでしかなかったのか。

「ノボル。容姿とは、血筋とは一体何なのだろうな」
 話の終わりにお嬢はそんな言葉を投げかけた。
「望んで生まれたわけでもないのにこの世に生をうけ、望みもしないのに皇女としてまつりあげられる。この容姿のせいで実の母には捨てられ様々なものに縛られる日々。挙句の果てには命を奪われる――か」
 こいつの出生のことは前から聞いてた。けど改めて聞かされると何て言っていいのかわからなくなる。
「時々考えてしまうのだ。結局わたくしは誰かの掌の上で躍らされているにすぎないのではないかと。
 お前のようであればよかった。お前のように情けなければ何も怖いものなどないだろう。お前のように能天気であればそんなこと考えずにすむのだろう」
 そして決まって不本意な言葉を投げつけられる。そんなにオレはカッコ悪いんだろーか。
「お前のような平和な世界で生まれ、お前のような何のとりえもない平凡な容姿で平和な人生をおくることができればよかった」
 今までだったらタダの嫌味にしか聞こえなかったけど、状況が状況だけに別の意味も聞き取れる。
「お前のような、つよ――」
「オレ、そんなふうに見える?」
 シェーラの言葉をさえぎり笑みを浮かべる。
「オレ、そんなに平和な奴じゃないよ。むしろその逆かも」
「逆?」
「そ。ここんとこにすっげーものが眠ってる」
 笑って胸の部分を指差す。
 そう。ここにはずっと眠ってる。一言では言い表せないようなすごいものが。
「冗談でもそんなこと口にしない方がいい。どんなことになっても知らないぞ」
 行き着く先は一つ。そんなことになったらきっと――
「ノボル?」
「……オレ、何か言った?」
 そう言うと、お嬢は呆けたような顔をして首を横にふった。その仕草が妙に気になるけどあえて無視することにする。
「お前さー、ここんところ弱気すぎ。第一オレみたいになれるわけないじゃん。オレはオレ、シェーラはシェーラだろ? どうあがいたって自分以外の誰かになんかなれないって」
 そう言ってもお嬢の顔は呆けたままだった。
「前にさ、お前に聞いたよな。『強くなれるか』って。その時の答えと同じだと思うぞ?」
「同じ?」
「お前次第だってこと。要するに気力、根性。
 自分で言ったこと忘れんなよ。そんなんじゃ助けられるものも助けられないぞ?」
 どうやら本当に忘れていたらしい。首をかしげ、手をポンと叩くというこいつにしては庶民じみた行動の後、ようやくいつものそっけない表情にもどる。
「確かに弱気になりすぎていた。お前に励まされるとは世も末だな」
「本人を目の前にしてそこまで言うか」
「本人の目の前だから言っているのだ」
 けど、そう言ったお嬢の顔には笑みのようなものが浮かんでいた。よくわからないけど気力は回復したらしい。
「時にノボル、用があってここへ来たのではないか?」
「あーっ! 料理長!」
 仕事にはみごとに遅刻。罰として後片付け全般が言い渡された。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ねえ。なんでおれ一人なのかな?
 なんでおれ笑ってるのかな?
 ……そっか。おれがやったんだよね。

 ヒトリニシナイデ
 もう言わないよ。そんなこと。

 ゴメンナサイ。オレガコワシタ
 ――をつけよう。しっかりしたものを。

 コンナモノステテシマオウ
 こんなもの、もういらない。

『――だれ?』
 大丈夫。平気だよ。

『わかんない。全部忘れちゃった』
 そんな顔しないで。だって――

「…………っ!」
 久々に夢を見た。
 シャツは汗でぬれている。寝覚めの悪いことは何度かあったけどここまでひどいのは初めてだ。
 時計は地球時間で午前二時。起きるにはまだ日が早い。
「夢見悪すぎ」
 洗面台で顔を洗い、新しい服に着替える。
 大丈夫だ。まだ大丈夫。
 必死に自分に言い聞かせる。
 とは言ってももう一度眠れそうな気配はさらさらない。目をつぶるといつもの詠唱を始めた。
「人は、なぜ時を紡ぐ。人はなぜ未来を望む。
 我は時の輪を砕くため、三人の使者に幸福をもたらすため、時の鎖を断ち切る!」
 自分一人での力を使って空都(クート)に来ることは、実はそんなに難しくもない。決められたセリフに別の言葉をつけたせば、いつもとは違う効果があらわれるということも発見した。それだけ昔に比べるとコントロールもつくようになったってことなんだろう。けどリスクだってそのぶん大きくなった。
 いつもより早く砂上船に着き、ため息をつく。
 地球と空都は時差がある。地球じゃ夜中でもこっちじゃ真昼だ。けど今は地球にいたくなかった。眠りたくなかった。
「おう新入り。今日は早いな」
「いえ、今日はそんなんで来たんじゃ――」
 言い訳をする間もなくモップを渡され、しぶしぶ掃除にとりかかる。
 異世界に来るようになってはや七ヶ月。オレほど真面目な兼業高校生もいないだろーな。そんなことを考えながら床を磨く。
『わたくしのやろうとしていたことは結局、子供じみた遊びでしかなかったのか』
 ふいに、お嬢の台詞が頭をよぎる。あんなことを聞いたから変な夢をみたのかもしれない。
 オレだって自分のやっていることが正しいかどうかなんてわからない。けどそう思ってなきゃやってられない。でも――
「どうしました?」
「別に……っつーか、なんでアンタまでこっちに来てる」
 ごく自然に会話に入り込んだ男に冷たい視線を送る。
「私はこちらの人間ですよ。祖国に帰ることのどこが不自然です?」
 違う。つっこむべき場所はそこじゃない。
「いいよなー。師匠属性の人間って」
「お褒めに預かり光栄です」
 ほめてないし。
 ちなみに師匠属性とは最近心の辞書に付け足した用語。この上もなく俺様気質でつっこみどころが多く、どこからつっこんでいいのかわからない奴のこと。もしかしなくても極悪人のことを指す。
 仕方ないからモップを片手に空を見上げる。なんで男二人で空なんか見上げにゃならんのだ。なんてことも頭の片隅におきながら。
 時空転移を使うことで起こるリスク。それは夢をみること。夢といってもオレの場合過去のことだったり『時の城』というわけのわからない場所のことだったりと正直ろくでもないことばかりだ。
 でもオレは選んだ。時空転移を使うことを。忘れていたものを空都で思い出すということを。
 この先オレはどんな道を進むんだろう。この先オレは――
「ノボル」
 振り向きざまに何かを投げつけられる。なんとかキャッチすると、それは刃のつぶれた剣だった。
「これ何」
「見ての通りですよ」
 同じものを手に取ると、アルベルトは笑みを浮かべる。
「師匠らしいことをしてあげましょう」
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