EVER GREEN

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第七章「沙漠(さばく)の国へ」

No,10 トカゲと剣

 トカゲ。
 爬虫類に属する生き物で、もっとも沙漠に適しているといわれる動物。
 その他はヘビとカエルで、水分のある地面の中に卵を産んで子孫を残し、自らはウロコやこうらを使って乾燥から身を守っている――と、地球に帰ってから調べてみたら、本にそう書いてあった。
 という話は後にして。
 目の前にある生き物は、
「でかい」
 そうとしか言いようがなかった。
 遠めで見てもわかる。軽く二階建ての家くらいありそうなそれは、トカゲというよりむしろ恐竜に近い。これをオレ達だけでやれというんですか。そこの人。
 その極悪人は、驚くこともなく視線をオレと同じ方角に向けている。やがて目をつぶり、額に人差し指を置く。さすがのこいつでも、ここまで事態が大変になってるとは思わなかったんだろう。
 目を開け、一つ息をつく。口から出たセリフは、
「ずいぶん大きくなりましたねえ。成長期なんでしょうか」
「でかいにもほどがあるわ!」
 アルベルトのつぶやきに即行でつっこむ。しかも無駄に長いぞ今の間。
 トカゲっていえばもうちょっと小さくてまだ可愛げのある生き物だ。今、目の前にあるのはただの巨大な怪物。あんなの、もはやトカゲとは言わない。いや、言えない。
 普通に無理だぞこんな奴。大勢でやっても多分無理。
「では私は治療に専念しますから獣退治頑張ってください」
 笑顔でオレの叫びを完全無視し、肩をぽんと叩く。
「簡単に言ってくれるよな」
「お褒めにあずかり光栄です」
 ほめてない。全っ然ほめてない。
「めちゃくちゃ強そうなんですけど。あれ」
「そこは気合で」
「気合で全て解決できれば世の中苦労しない――」
「何やってるのよ。怪我人を助けるのが先でしょ!」
 シェリアにぴしゃりと言われ、二人おしだまる。
「言い合いなら後からでもできるでしょ。まずは人命救助。違う?」
 さらに正論を言われては、もはや立つ瀬がない。はい。確かにその通りです。
「放っておいたら危ないっしょ。早く行くよ!」
 そーだな。その通りだよ諸羽(もろは)さん。
「お前らの漫才に付き合っている暇はない。早くいって早くことをかたづけるぞ」
 正論なんですけど、妙にカンにさわる言い方だな、お嬢。
「やれやれ。一体誰のせいでこうなったんでしょうねえ」
「お前のせいだろ!」
 最後の一言だけは黙りきれずついつっこんでしまった。
『ノボル、うるさい!』
「……はい」
 みんなに冷たい視線をむけられ仕方なく黙る。
 オレ、もしかしなくても信用ゼロ?
「覚えておきなさい。こういう時こそ人望がものをいうんです」
 誰のどの口がそんなことをのたまうんだ。
 その一言だけは胸のうちにとどめておいた。言ったら最後、今度は冷たいどころか痛いブリザードのような視線をぶつけられそうだったから。
 大沢昇、十五歳。なんだかむしょうに胃が痛む今日このごろ。


 残りの面々は、船から少し離れたところにいた。
 結局、船を降りたのはオレ、シェリア、シェーラ、諸羽(もろは)、案内役のゲイザルさんの五人。アルベルトは医者、兼神官として船の中に残ることになった。単に行くのが面倒なだけじゃないかって気もするけど、こいつの強さは折り紙つき。いざとなったら駆けつけては――くれないよな。けど、なんとかしてくれる――かもわからない。
(絶対生きて帰ろう)
 あながち大げさでもない決意を胸に、人命救助に専念する。
 怪我をおってたのは浅黒い肌に赤毛の男。黒の目が苦しそうにゆがんでいる――って、
「ユタさん!」
『知ってる人?』
 料理長以外の全員に聞かれ、『同じ厨房に立ってた仲間だ。っつーか乗組員の顔くらい覚えとけ』と答えると、全員素知らぬ顔をした。ちなみに一番初めに助けを呼びに来たのはノイエさん。厨房担当じゃないけど、主に船全体の掃除をしてる人だから自然と顔見知りになった。
「新入りか。料理長連れてきてくれたんだな」
「しゃべらないでください。傷にひびくから」
 ユタさんに駆け寄って傷口をのぞく。
 肩からの出血がひどい。重症じゃないけど放っておいていい傷でもなく。これじゃ止血しないと危ない。
「どけ」
 料理長がオレの前に立ち、怪我人に向かって詠唱(えいしょう)をはじめる。これは……術?
「ゲイザルさん、それ……」
 指摘すると、料理長は薄く笑った。
「長年こういうのと戦ってると体力がもたないからな。これくらいできなきゃ生きていけないってことよ。
 医療用具は持ってきたよな。止血はすんだ。そっちの嬢ちゃん。念のためにもう一度見ておいてくれ。髪の長い坊主は剣が使えるみたいだな。だったら加勢してくれ」
 シェリアに目配せすると、料理長とお嬢――最近は女と間違われることも少なくなった――は敵のまっただなかにかけていった。残されたのはオレとシェリア、諸羽の三人のみ。
 って、ここに突っ立ってるために来たわけじゃないだろ、オレ。
「ノボル、何もしてないなら傷口しばって」
「いや、オレも加勢に――」
「何か言った?」
「……言ってないです」
 こーいう時の女子って鬼気迫るものがある。言われるがまま、持ってきた救急箱から包帯を取り出すと傷口に巻きつける。背中から『大沢って尻にしかれてるんだ』と諸羽の大変ありがたくない言葉をもらった。
「いててて……もう少し優しくしてくれ」
「あ」
 慌てて腕を離すとユタさんはぱたっと倒れた。
 けどよかった。口が利けるってことはまだそれだけの体力が残ってるってことだ。かといって放っておいていい状態でもないけど。
 よく見るとわき腹や足に小さな傷があるし、それだけでも十分苦痛になるだろう。
「どいて」
 今度は突きとばされてしりもちを打つ。今度は『男の子って苦労してるんだ』と同情じみた声が聞こえた。否定したいのに否定できないのはなぜだろう。
 公女様が包帯の上から手をかざすと、怪我人の表情が少しだけ安らいだものになる。どうやら術が効いてるらしい。
「回復系の術も使えたんだな」
 後ろの声を黙殺してシェリアに呼びかける。
「旅をしてるんだから、これくらいできないとやってけないわよ」
 オレは旅をしてるにもかかわらず、ろくに術も使えませんけどね。
 と、話を中断するわけにもいかず。黙って公女様のすることを見ているしかないオレは残された怪我人から情報収集を試みることにする。
「他のみんなはどうなんです?」
「あのでっかい獣と戦闘中さ。みんな似たり寄ったりだ。俺ほどひどくはないけど傷を負っている。でもあいつらの体力にも限界がある。料理長がきたとはいえ、そこを襲われたら……」
「紅トカゲを見て気づいたことは? 料理長は額の宝石が弱点だって言ってたけど」
「それがそいつの名前か……そうだな」
「心当たりがあるんですか?」
「痛っ!」
 苦痛様の声に手元を見る。しらずしらずのうちに、包帯を巻く手に力が入ってたらしい。ゆるめると、ユタさんは苦笑しながら話を続けた。
「弱点ってほどのことじゃないけど、術をかけた時、動きが一瞬止まったような気がした」
『動きが止まった?』
 不自然な発言に、三人、顔を見合わせる。
「ほんの一瞬だけな。でもすぐに動きだした。おかげで俺はこのざま。情けねぇ」
「ユタさん、術を使える人ってむこうにいます?」
 紅トカゲのいる方を指差すと、彼は首を横にふった。
「いや、他の奴は知らねぇけど料理長なら使えるはずだぜ」
 そっか。さっきのも立派な術の一つだしな。
 弱点は額の石と、術を使った時の硬直ってことか。
「シェリア、ユタさん頼む」
「ノボルはどうするの?」
「みんなの所へ行ってくる。この様子だとちょっとやばそうだしな」
 今までだったら『何をバカなこと言ってるのよ!』と邪険にされたんだろう。けど今回はまがりなりにも極悪人に後をまかされたんだ。黙ってはいられないし、黙らせてもくれないだろう。
「わかった。二人とも気をつけて」
 シェリアもその辺はわかってたらしく、二つ返事でうなずいた。
「オレは行くけど諸羽はどーする?」
 視線を公女様から『剣』に向けると諸羽は真面目な顔で言った。
「ボクも行く。師匠さんにキミのサポート頼まれたし」
 確かにそんなこと言われたな。
「それに、キミの剣も見てみたいし」
 そーいや、確かに極悪人がそんなことも言ってた。意味はよくわかんなかったけど。
「ちょっと早いけど、今のうちに解印(かいいん)しとくよ」
 そう言うと錫杖(しゃくじょう)を右手に持ち、オレの方にかざす。視線の先には出来上がったばかりの剣。
「我が名はソード。三つの力を束ねる者」
 シャン、と澄んだ鈴の音が沙漠に響く。
「心あらば、我の前に、彼の者の前に姿を見せよ」
 キイィィィ……
 銀色の剣が青い光を放つ。それを満足そうに見ると、『剣』は瞳を剣からオレに向けて言った。
「名前を呼んであげて」
 名前って剣のことか? そう思って尋ねると、諸羽は首を縦にふった。
「他に何を呼べばいいのさ。いいから早く!」
 どうやら考える暇もくれないらしい。こうなったらやることは一つ。
 腰にさしていた剣を抜き、目前にかざす。
 銀色の刀身は光をおび、持ち手の飾り紐はある種の動物を思わせる。こいつにつけようと思っていた名前は一つ。
「蒼前(ソウゼン)!」
 途端、場が青の光に包まれる。
《お呼びですか。我が主》
 そしてそいつは、沙漠の中で姿を現した。
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