EVER GREEN

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第六章「旅立ちへの決意」

No,9 セイルの決意

「まさか仲良く眠ってるとはね。さすがのぼくも、こんなの初めてだよ」
『…………』
 ぐうの音もでないとはこのことだ。
 結局、あのまま朝まで熟睡していた。捕虜となった人間が逃げ出すどころか叫び声一つあげない。かといって泣き出すわけでもなく、あまりにも静かすぎたからこいつが偵察に。中をのぞけばのんきに寝息をたてる二人の姿が。あまりの光景にさすがの暗殺者もあきれかえったってわけだ。
「だからって起こしたとたんに大声上げなくてもさぁ」
『…………』
 頭をはたかれ、目を開けたらお互いの顔が間近にあるんだもんな。驚いたのなんのって。
「二人とも驚きすぎだって。だから頭なんてぶつけるんだよ」
 その後二人して壁に頭をぶつけた。ものすごく痛かった。
「君達って緊張感ないねぇ」
『…………』
 悔しいけど言い返せない。疲れきっていたからか、こいつの言うように緊張感がないのか。……前者だと信じたい。
「何の用だよ。からかいにきたってわけじゃないんだろ?」
「さっすが。物わかりのいい奴って好きだよ」
 いつもと変わらない人懐っこい笑みを浮かべるとセイルはこう言った。
「もうすぐ目的地につく。それを知らせにきた」
「それはご丁寧に」
「どういたしまして♪」
 軽いノリとは裏腹に、会話の内容が今までと状況が全く違うということを物語っていた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 馬車から降ろされると足枷をはずされ、代わりに目隠しをされる。
 暗殺者集団に付き添われ歩くこと数分。今度はとある一室についた。
「お早いお着きだな。もう少しくらい長居してもよかったんだぞ?」
「……十分長居してましたから」
「どうだか。取り逃がしたからびびって帰るに帰れなかったんじゃねぇの?」
 バカにしたような言い草に男達の笑い声。セイルは反論することもなく沈黙を保っていた。
「ノボル……」
 手枷ごしにシェリアが手に触れる。怖いんだろう。オレだってこんな経験は初めて――いや、二度目だし。だから、無言で手を握り返す。縛られてたから苦労はしたけど。
 オレだって怖いけど、ここでびびったら余計こいつを不安がらせてしまう。視界をさえぎられていることが不幸中の幸いだった。見られたら、きっと足がふるえてる。
「セイル、お前は子供のお守りをしに行ってきたのか?」
「だったら帰れるわけねーよな。いっそのこと転職したらどうだ?」
 セイルはまだ黙っていた。調子にのった男達が言葉を重ねる。
「図星かよ?」
「お気に入りとは言ってもたいしたことねぇでやんの。ゼガリアも目が曇った――」
「俺の目がどうかしたか?」
 淡々としていて、よくとおる声。とたんに辺りが静まりかえる。
「シェーラザードはどうした」
 威圧感のある低い声。きっとこいつがゼガリアって奴なんだろう。
「残念ながら。代わりの仲間を連れてきました」
 ようやくセイルが口を開く。
「それがこいつらか」
 頭って奴ににらまれてる――と思う。目隠しされてるから顔わかんないし。
「どこからどう見ても能天気そうな坊ちゃんとお姫様だな。一体どこで知りあったんだか」
「それはこいつらに聞きなよ」
 オレだって聞きたい。何がどう間違ってこんなことになったのか。
「特にこっちには利用価値がある」
「この貧弱な坊ちゃんが?」
 値踏みされてる――んだと思う。けど手を縛られ目隠しをされた今は目の前の奴がどんな表情をしてるか予想がつかない。
「……なるほどな。そういうことか」
「だろ?」
 一体何の話をしているのかも、どう答えたらいいのかもわからない。シェリアと二人その場に立ちつくすしかなかった。
 黙ったままでいるとゼガリアと呼ばれた人物はこう言った。
「確かに利用価値はありそうだな。
 わかっていると思うがお前らは人質だ。王女が来るまで最低限の扱いはしてやるが、もし来なかったら……覚悟しておくんだな」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 次に連れてこられたのは小さな一室だった。
「思ったよりまともなんだな」
 部屋にはベッドもある。鍵はかけられていて窓は天井近くに一つだけ。てっきりテレビで見るような拷問シーンを想像してた。
 目隠しと手枷ははずされた。どうにかして抜け出せないかと試してはみたものの、人質の部屋と言うだけあってそううまくはいかなかった。
「疲れたー」
 もうなんか眠くなってきた。このまま寝れば前みたいに帰れるんじゃないのか? そんなことを考えながら目をつぶる。けどその目はすぐに開けられることになった。
「また寝るつもり? ぼくよりこっちの仕事あってるんじゃない?」
 入り口には見知った顔があった。
「アンタがオレの監視役にでもなったわけ?」
「護衛役と言ってよ。王子様になったみたいでカッコいいだろ?」
 いつもと変わらない会話。けど状況は明らかに違う。
「んなわけない――」
「忠告は素直に聞いとくもんだよ?」
 その証拠に、首筋にはナイフがしっかりと突きつけられていた。
「言っただろ? 悪いようにはしないって」
 苦笑すると暗殺者はナイフを離す。
「シェリアは大丈夫なんだろうな」
 シェリアとは別々の部屋にされた。オレはまだいい。けどシェリアにもしものことがあったら。
「それって命のこと? それとも身体の危険がってこと?」
「……っ!」
「だから、そんな顔しなさんなって。実際そうしたくてもできない状況なんだよ。なにしろ大切なお姫様だからね」
「お姫様はシェーラの方だろ」
「カザルシアってさぞかし平和な国なんだろうな。ぼくもそんな国に生まれてくればよかった」
 絶句するしかなかった。
 シェリアが公女様だってことは教えてなかったはず。なんで――
「何度か見たことがあった。君も首からかけてるし。
 さっきゼガリアが教えてくれた。あっちのお姫様に会ったことがあるんだってさ。それってミルドラッドの王族しか持てないんだって?」
 質問の答えを述べるかのようにスラスラと言う。確かにオレの首にはアクアクリスタルがかけられたままだった。
「目的はあくまでシェーラザードの方だから手は出さない。外交問題になりかねないからな。
 それにしても最近のお偉方ってやることがとんでもないよな」
 そこまで知っててオレ達に近づいたのか。
「……お前、なんでこんなことしてるんだ?」
 ふいにそんな疑問が口から出た。
「決まってるでしょ。生きるためにはこれしかなかったからさ」
「お前、前に言ったよな。ここはバカみたいなところだって。そのバカみたいなところで笑ってたの誰だよ」
「説教する気?」
 青い目が妖しく光る。
「そんなつもりはない。ただ、暗殺者なんか――人殺しなんかして楽しいのか?」
「これがぼくの選んだ道なんだ。あっちはただのお遊び」
 ……嘘だ。
「納得いかない顔だね」
 納得いかなかった。
「なんでそこまでこだわるんだ? すっげー楽しそうだったじゃん」
 言わずにはいられなかった。
「……本当は、あそこにいたかったんじゃないのか?」
 時空転移(じくうてんい)だって成功する確率はまだ低い。最悪、セイル自身が巻き込まれる可能性だってあったんだ。一か八かの賭けに、こいつはのった。邪魔をする奴らがそこにはいなかったから。
 手間がはぶけたというのは事実なんだろう。けど本当は――
「本当は、まだ迷ってんじゃないのか?」
「君みたいないいとこ育ちの甘ちゃんに何がわかる!」
 シュンッ!
 頬をナイフがかすめていく。
「ひとつ教えといてやるよ。ぼくはそういういかにも世間知らずな奴の吐いたセリフが何よりも嫌いだ」
 襟元をしめつけられ、壁にたたきつけられる。
「初めて会った時、君達の友情ごっこには泣けたよ。身を呈して仲間を守る姿はご立派さ。でもね、度を過ぎると虫唾(むしず)がはしる。……殺したいくらいに」
 頬からは血がにじんでいた。けれど、それを気にする余裕もない。
 今までとは違う感情をむき出しにした顔。その瞳に宿るのは激しい憎悪。
「甘ちゃんはむこうの世界でぬくぬくとくらしてりゃいいんだよ。なんの苦労も痛みも知らない人間が人の生き方に口を挟むな! 一体何様のつもりなんだ?
 はっきり言うよ。ぼくは君みたいな人種が一番嫌いだ」
 それだけ言うと手を離し口を閉ざす。瞳にはまだ憎悪の影が潜んだままだった。オレも何も言えず青い目をにらみつけることしかできない。
 にらみ合ったまま時間が流れる。
「このままだと本当に君を殺しそうだな。今日はこれくらいにしとく」
 ため息をつくと暗殺者は部屋を去った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 無言で入り口をにらみ、足音が遠ざかることを確認する。
 全てが終わったことを確認すると、床にへたりこむ。
「…………っ」
 全身から冷たい汗が吹き出る。
 腰が、ぬけた。
 マジで殺されるかと思った。
「オレもなかなか無茶するよな」
 怖い。
 怖かった。本当に死ぬかと思った。
「『君みたいな人種が一番嫌いだ』、か」
 自嘲気味につぶやく。頬の血は乾いていた。
 面と向かって嫌いだと言われたのは初めてだったから正直ショックだった。そんなにもオレは嫌われて――憎まれてたのか。
 何の苦労もなく育ってきたオレと人殺しを生業としていたセイル。確かにオレは甘いのかもしれない。けど、あの時のあいつだって本物だったはずだ。嬉しそうにハンバーガーを食べたり人をからかってる姿が偽者だったとはどうしても思えない。
 壁にはナイフが刺さったままだった。持って帰るのを忘れるくらいなんだ、よっぽど逆上してたんだろう。
 ともあれ武器があるにこしたことはない。ナイフを引き抜こうとして、手が止まる。
「なん、で……」
 それは地球でセイルに取り上げられたもの、風の短剣だった。
 もしかしてさっきのあの時か? 一体何のために?
『これがぼくの選んだ道なんだ』
 空都(クート)に帰る、暗殺者にもどるということがセイルの選んだ道。
 だったらオレは、この先どんな道を選べばいいんだろう。
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