第六章「旅立ちへの決意」
No,8 空都(クート)再び
目を開けるとそこは、草原だった。
見渡す限りの草と木。オレのいた場所、少なくとも遊園地にこんな場所はない。
そこは、約二ヶ月ぶりの異世界、空都(クート)だった。
「やった……やった!」
暗殺者が歓喜の声をあげる。
「やればできるじゃん! やっぱり君すごいよ!」
けどオレは――オレ達は、素直にそれを喜ぶことはできなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「さっきの術をもう一度使ってほしいんだ」
ナイフを突きつけたままセイルが言う。
「できるわけねーだろ! 失敗する確率の方が大きいんだ」
本当に、さっきはたまたまうまくいっただけなんだ。続けてやったら今度こそ確実に副作用に巻き込まれてしまう。
「無理は承知の上さ。何事もやってみなきゃわからないだろ?」
そう言って、ナイフをさらに突きつける。けど、無理なものは無理。断固として断る――はずだった。
「キミこそ、そんなことしてどうなるかわかってるの?」
諸羽(もろは)がキッとにらみつける。
その視線の先にあるのは手首にはめられた腕輪。空都(クート)の人間が地球に来た時にオレと二人で作った拘束具。これがある限り暗殺者は身勝手な行動はとれない。諸羽が封印を解かないかぎり何も起こらない――はずだった。
「そうだね。でも、これならどう?」
ナイフをオレから隣にいたシェリアの首筋にあてるまでは。
「術って精神力だけじゃなくて体力も使うみたいだね。君達もそっちの男だって動けないみたいだし」
「……卑怯だぞ」
シェリアもアルベルトも動くだけの気力は残ってない。仮に動けたとしても今の状態じゃ逆に危ない。
「そいつは動けないしショウもいない。本当に手間が省けたよ。欲を言えばお姫様がいれば万々歳だったけど、さすがにそう上手くはいかないか。
まずは短剣を渡してもらおうか。前みたいに反撃されたらたまったもんじゃないし」
屈託のない笑みを浮かべナイフを指ではじく。わかってる。これはただの脅しじゃない。言う通りにしないとこっちがやられる。
「諸羽、封印を解いてくれる? まりいもおかしな行動はとらない方が身のためだよ。
昇は術の準備を。行き先はわかるよね?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「異世界を一瞬で飛び越えるような芸当ってそうはできないぜ? ぼく君のこと本当に見直したよ」
暗殺者は歓喜の声をあげ続けている。むしろ興奮してると言ってもいい。
「なんとか言いなよ。せっかく帰ってこれたんだしさぁ」
「シェリアを離すのが先だ」
公女様の首筋にはナイフが突きつけられたままだった。
「つれないねぇ。一緒にすごした仲なのに」
そう言うと、暗殺者はあっさり手を離した。
「……それで。アンタの後ろにいる連中はお仲間ってわけ?」
シェリアを後ろにかばいつつ暗殺者をにらみつける。セイルの後ろにはどこからかき集めたのか、ならず者の集団がいた。
「ご名答。言っとくけど逃げようなんて思わないでね。君の足よりぼくの手の方が先だと思うから」
悔しいけどそれは事実で。風の短剣を取られた今、オレ達に脱出の手立てはなかった。
「そんな顔しなさんなって。恩人なんだから悪いようにはしないよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
馬車の中、二人は終始無言だった。
馬車とは言っても前に旅をしてた時とは比べ物にならないくらい小さなもので頭上には窓が一つだけ。入り口はセイルの仲間が見張っていて、文字通り身動きがとれない。
狭い場所に男女が二人きり。普通ならただごとじゃない状況だけど今のオレにはそれを楽しむ余裕なんかこれっぽっちもない。
まさかこんなことで空都(クート)にもどってくるなんて思ってもみなかった。
まさかこんなことで時空転移(じくうてんい)が成功するなんて思ってもみなかった。
ここんところ、普通の高校生にはあるまじき体験ばっかしてるような気がする。異世界を行き来して時空転移の副作用に巻き込まれて。挙句の果てには捕らわれの身か!?
「あー! なんでオレこんなことしてんだよ!」
叫んでどうにかなるってわけじゃいけど、つい叫んでしまうのは仕方ないことだよな?
「うるせえ! 殺されたくなかったら黙ってろ!」
怒声と共に今度は剣を突きつけられる。
「うわっ!」
手足を縛られてるから思うように身動きがとれない。よけようとして見事に壁に頭をぶつけてしまった。
「大人しくしてろ。早く楽になりたいなら別だがな」
だから。なんでこーいう物騒なセリフが出てくんだよ! と言いたいけど言えるはずもなく。
「……おとなしくしてます」
本当に、今はおとなしくしてるしかない。ため息をつくと壁によりかかったまま目をつぶった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「っくしゅっ!」
自分のくしゃみで目を覚ます。こんなところで眠れるなんて、相当気が据わってるんだな。自分で自分に感心してしまう。
手足は縛られてるから首だけ動かして周りを見る。
窓からは月明かりがもれていた。その下にあるのは一つの影。
「……?」
ぼーっとしたまま視線を前にやる。そこにはオレと同様、手足を拘束されたシェリアがいた。
「ごめん。つい寝ちゃって。いくらなんでもこんな状況で寝ることないよな」
シェリアは何も言わなかった。もしかして怒ってんのか? 確かにこんな状況でこんなことできる奴っていないしな。
「腕大丈夫? 痛くない――」
「……ごめん」
暗がりの中、公女様がぽつりとつぶやいた。
「ごめん。ごめんなさい」
「シェリア?」
暗くて表情が読みとれない。仕方ないからいも虫の要領で近づく。
「アタシがついてこなかったら、こんなことにはならなかったのに」
目じりに映るのは涙のあと。シェリアは怒ってたんじゃない。泣いていた。
「アタシがノボルの足かせにならなかったら。アタシがいなかったら捕まることはなかったのに」
これは、もしかしなくてもオレが泣かせたことになるんだろーか。
生まれてこのかた15年、自慢じゃないけど女子を泣かせたことはなかった。っつーか、そんな状況になったことは一度もなかった。こーいう時は、その……
「……ノボル?」
「…………とりあえず、落ち着こう」
とりあえず両方に言い聞かせ、体制を整え隣に座る。
そのまま深呼吸。よし、これで――
「落ち着いた?」
「なんとか。って、なんでオレが落ち着かなきゃならんのだ」
「落ち着けって言ったのは自分でしょ?」
そう言っていたずらっぽく笑う。
「……もしかしてオレで遊んでる?」
「そんなことないわよ。多分」
「多分?」
そう言うとまた笑った。
かと思うと、今度はうつむいてしまった。
「ごめんなさい。全部アタシのせいだもん。怒って当然よね」
どうやら怒ってると思ったのはオレだけじゃなかったみたいだ。
「けどさ、シェリアがいなかったらアルベルトだってずっとあのままだったんだぞ? それ考えればお前のやったことって間違ってないって」
そりゃはじめは怒ったけど。こいつのおかげで極悪人も助け出せたんだ。何事も結果オーライだ。
「だけど」
なおも言い募ろうとしたシェリアを視線でさえぎる。
「起こったことを悔やんでてもしょーがないって。それよか、どーやってここを抜け出すか考えよ。な?」
うだうだ考えるより当たって砕けろだ。けど本当にどうやって抜け出そう。うーん。
一人うなってると、公女様が再びつぶやいた。
「やっぱりノボルってアルベルトと似てる」
「どこがっ!」
「そんなに似てるのが嫌なの?」
「あんな奴と一緒にされてたまるか!」
確かに師匠とは認めたけど。けど同類にされるとなると話は別。あんな極悪人と一緒にされてたまるかっての。
「彼ってあなたが言うほど極悪人じゃないのよ?」
「初対面の相手に後ろから壺で殴ったり無理矢理弟子にするような奴が善人とは思えない」
「屈折してるわねー」
再び笑うと、オレの顔をのぞきこんでこう言った。
「あのね。あなたがアルベルトに似てるって言い出したのって、他ならぬ彼自身なの」
「……は?」
「アルベルトがアタシの前からいなくなる時に言ったの。『今度あなたの目の前に私によく似た、純粋でまっすぐな心を持った、それでいて深い傷を負った子供を連れてきます。あなたはその子を守ってあげてください』って」
「…………」
どこのどいつがそんなハズいセリフを吐いたって?
「顔赤いよ?」
「ほっといてくれ!」
頼むからそんなことは言わないでくれ。
そもそも子供ってなんだよ子供って。『純粋でまっすぐ』なんて言葉があいつの口から出てくるとは思わなかった。
「だから、あなたを見た時ピンときたのよね。まさか庭で気を失ってるとは思わなかったけど。
でもそれって、ノボルはアタシよりずっと前からアルベルトと出会ってたってことじゃない。なんか悔しいかも」
「早いものがちじゃないって。それにオレ子供の頃にあいつに会ったことないし」
「忘れてるだけかもよ?」
「まさか――」
軽く笑い飛ばそうとして、ふと考える。
「……本当にそうかも」
シェリアがアルベルトと出会ったのは11歳の頃。オレの母さんが事故に遭ったのもその頃。あの頃だったら事故の印象が強すぎて、他のことはほとんど覚えてない。
「それって一時的な記憶喪失ってこと?」
「わかんない。よっぽど思い出したくないんだろーな。本当にさっぱり見当もつかないんだ」
「真面目に分析する? 普通」
「こーいうところがあいつに似てるって言われるのかもな」
そう言って二人顔を見合わせ笑う。こんな状況で笑えるということに、呆れた反面、頼もしくも感じた。
「なんだか悩んでるのがばかばかしくなっちゃった」
「だろ? 今日はもう休んだほうがいいって」
こんな時は寝るに限る。このままじゃ、まとまる考えもまとまりはしない。
「そーいやさ、さっきオレとまりいがどうとか言ってたよな。あれって何?」
アルベルトを見つけた時に何か言ってた。そっちのほうに気をとられてたから何言ってるか全然わからなかった。
「あれはもういいの……」
そう言ったのと肩に重みを感じたのはほぼ同時だった。
「ちょっ、おい!」
金色の髪が頬に触れる。明るい茶色の瞳は完全に閉じられていた。
よっぽど疲れてたんだな。そーだよな。一度に色々なことがありすぎたもんな。
オレも疲れた。まずは休もう。考えるのはそれからだ。
月明かりの下で肩をよりそうと、公女と騎士は深い眠りについた。