EVER GREEN

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第六章「旅立ちへの決意」

No,6 極悪人救出劇(中編)

 キイィィィン!
「っと!」
 たたらをふむも、なんとか転ぶことなく着地する。目の前に広がるのはこの前と同じ真っ白な雪景色。
「今度は誰も巻き込まなかったみたいだな」
 一人地面を踏みしめながら歩く。これだけの量なのに歩いても深みにはまることはない。
「だいたい、そんなにミスってたまるかよ」
 なんでオレ一人でぶつくさ言ってんだろ。誰もいないはずなのに。
 違う。本当なら一人のはずだったんだ。ミラーハウスで感じた軽い衝撃。あれの意味するところはただ一つ。
「時空転移(じくうてんい)ってさ、副作用があるんだ。あいつもそれに巻き込まれていなくなった――ってさっき聞いたよな?」
 誰にともなくつぶやく。もし本当に一人なら返事はないはずだ。
「ならなんで、お前がいるんだ?」
 そう言うと同時に体の向きを変える。
「ごめんなさいっ!」
 ふりかえるのと公女様が頭を下げたのはほぼ同時。衝撃の正体はシェリアだった。
「アルベルトを捜すんでしょ? だったらお願い。アタシも手伝わせて」
「手伝うったって危険なんだぞ? オレだって本当に捜せるかわかったもんじゃないし」
「だったらなおさら。お願い!」
 公女様がさらに頭を下げる。
「……なんであいつにこだわるんだ? あいつとシェリアって主君の娘とその部下じゃないの?」
 一般的に見ればそうなるはず。いなくなって何も行動を起こさなかったならともかくオレが捜しに行くと言ったんだ。ただの公女様だったら大人しく待ってるのが道理なはず。
 いや、違う。こいつはただの公女様じゃない。もし二人の関係がただの主君の娘と部下じゃなかったら? シェーラの場合だってあるし全くないとは言い切れない。だとしたらじっとしてろと言う方が無理なのかもしれない。
「わかった。その代わり無茶はしないこと。いい?」
「任せて!」
 さっきまでの表情が嘘のように公女様はぱっと顔を上げた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「ここって何もないのね」
「雪しかないだろ。そのわりには寒くないけど」
 二人他愛もない話をしながら白い景色を歩いていく。
「砂だからじゃないの?」
「砂? 雪じゃなくて?」
「だってほら」
 シェリアが雪を手に取る。雪だと思っていたそれは、さらさらと手のひらからこぼれ落ちていった。
「なるほど。じゃあさしずめここは『雪の砂漠』ってところか」
「詩人なのね」
 本当に他愛ない話。さっきはああ言ったけど本当はシェリアがいて心強かった。ここに来ることでまた変なものを見せつけられそうな気がしたから。
「あいつって昔からああだったの?」
「ああって、ああいう性格のこと?」
「あーいう性格のこと」
 エセ笑顔で毒舌で。凶器は使うわ脅迫はするわ。これで昔は純粋でしたとか言われたらかなりビビる。
「そうねー。昔は――」
「えっ!?」
 一瞬本当に純粋無垢な奴だったと言われるかと思った。けど後に続いたのは予想通りの答えだった。
「やっぱりあのまま。前にも言ったでしょ? 『公女様たるものいざと言うときに備えて一通りのことは出来ないといけない』って色々なことを教えてくれたって。ノボル? どーかしたの?」
「……なんでもない」
 やっぱりこいつ騙されてる。もしかしなくても極悪人の影響を悪い方に受けすぎてる。仮にも部下ならそんなこと公女様に教えんなよ。
「……今、ものすっごく失礼なこと考えてない?」
「んなことないって」
 ジト目の公女様に慌てて首を横にふる。
「アルベルトと初めて会ったのはアタシが11の時なの。神官長の、リューザの息子だってことは前に話したわよね? アタシの八つ上だから、その時は――」
「19歳?」
「そうそう。今と比べるとやっぱり若かったわね。でも今とあまり変わんないかも」
「だろーな」
 あいつのことだ。19歳だろーが50歳だろーが今と全く変わらないような気がする。エセ笑顔で飄々(ひょうひょう)と人生を永らえるに違いない。
「でも今考えると思いつめたというか、切羽詰ったような感じはしたわね」
 思いつめた、ねぇ。まったく想像つかない。まあこの前のこともあったから頭ごなしに否定もできないか。
「そーいえば前オレとあいつが似てるって言ってたよな。それってどのへんのこと?」
「うーん。アタシもうまく言えないけど……」
 そう言うと、目をつぶり人差し指を額におしあてる。そのまま待つこと数分。
「そう、目が似てるの!」
 指を自分の額からオレの顔に変えて言う。
「目――って、どのへんが?」
「……なんとなく。でもそう言ったのってアタシだけじゃないのよ?」
 そう言われてもなー。第一色が違う。オレは日本人ならたいていが持つ黒だしむこうは普通に碧眼だ。目つきだって違うしそれを似てると言われても信憑性がない。
 シェリアが11歳の時というとオレにとってもそれくらいだろうから、四もしくは五年前か。五年前と言うと――
「どーかしたの?」
 急に足を止めたからかシェリアが首をかしげる。
「いや、オレも五年前にちょっとあって」
「ノボルも?」
「オレの場合は嫌な思い出っつーか、避けては通れないっつーか」
 足を止めたまま苦笑する。ま、いっか。周りなら皆知ってることだし。
「シェリアには言ってなかったよな。オレの母さん五年前に死んだんだ」
「え? でも今はお二人ともいるんでしょ? ノボルのお父様とシーナのお母様が再婚されたのよね?」
 いまひとつ言っている意味が把握できないのかさらに首をかしげる。
「それは今の母親。オレが言ってるのは産みの親の方」
「……亡くなられたって、ご病気で?」
 これを聞かれるとお決まりのフレーズになる。だから事実を淡々と言う。
「事故死。車に轢かれたんだ」
 表情を見られないよう体を公女様とは反対にむける。
「一緒に道を歩いてたら急に突き飛ばされて。気づいた時には隣に母さんが転がってた」
 背後で小さく息をのむ気配がした。
「……ごめんなさい」
「いいって。前のことだし」
 顔を向けずに淡々と言う。果たして今のオレの声はどんなふうに聞こえてるんだろう?
 そう、前のこと。五年も――前のこと。
 もう五年。まだ――五年。
「辛くなかったの?」
「つらくないわけないじゃん。けど落ち込んでてもしょーがないもんな。開き直ったっつーか、そんなとこ」
「強いのね」
「んなことないけど。落ち込むより前に進まなきゃな。何も変わらないし何も始まらない」
 そう言って再び苦笑する。
「今度は何?」
「いや、この会話って前にまりいとやったなーって思って」
 思い出すのはいつかの向日葵畑。母さんに現状報告をして帰る途中、姉貴に見つかったんだった。
「マリィってシーナのこと? なんで呼び方が変わってるの?」
 今度は眉根をよせて問いかけてくる。こーいう反応って空都(クート)の奴らみんなしてるな。そんなに深く考えなくてもいいだろーに。
「色々あったんだ」
「色々?」
「そ。色々。……向日葵って知ってる?」
「ヒマワリ?」
 話の矛先を変えられて釈然としない顔をするも話を促す。どうやら空都には向日葵はなさそうだ。
「夏に咲く黄色くて大きな花。ほらオレの家にも飾ってあっただろ? 別名太陽の花」
 夏になると必ず飾られる我が家にとっては特別な花。
『さっきの長所に一つ付け足しておくよ。昇くんは向日葵みたいな人だって』
『私、昇くんと姉弟になれてよかった。なんとなく。なんとなくそう思ったの。……変かな?』
 あの時、姉貴はそう言って笑ってた。
「オレ、まりいのこと好きだったんだ」
 向き直り姉貴と同じ明るい茶色の目を見ながら言う。
「……知ってる」
 それに対し、公女様はうつむきながらぽつりとつぶやいた。
「あー、やっぱり? オレってそんなにわかりやすかった?」
 本当にバレバレだったんだな。それとも必死すぎてオレが周りをみることができなかっただけなのか。
「気持ちは……伝えたの?」
「伝えたけど即行でフラれた。その後ヤケ酒して二日酔い。だっせぇの」
 けど後悔はない。やるだけやったんだ。
『たとえどんな結果になったとしても自分の気持ちだけは伝えてください。自分に正直に生きてください』
 あの一言がなければ告白することもなく終わってた。ここだけは素直に極悪人に感謝する。
「……なんでアタシにそんなこと言うの?」
「んー、なんとなく?」
 別になぐさめてほしいわけでもない。本当になんとなくだった。単に誰かに聞いてほしかったのかもしれないけど。
「……これ」
 シェリアがポケットからある物を差し出す。
「これって――」
「ショウから預かってたの。元々はアタシのものだし。あなた忘れてたんでしょ?」
 確かに忘れてた。差し出されたもの、アクアクリスタルをまじまじと見つめる。こいつをショウから取り戻すために旅にでて。再会したのはいいものの、お嬢の一件でドタバタしてたからすっかり忘れてた。
「シーナに返すんでしょ? だったらあなたの手から返しなさいよ」
 ため息をつくとペンダントをオレの手のひらの上にのせる。
「これにはね、『大切な想いはここにある』って意味があるの。あなたが身に着けているものと対になってるって言ったでしょ? そっちは『離れていても願いは叶う』だったと思うけど」
 そしてオレも当然のごとくもう一つのペンダント――アクアクリスタルを首からかけている。
「なんでオレにそんなこと言うの?」
「なんとなく?」
 さっきのオレを真似してか明るい茶色の瞳で言う。まりいと同じ色の瞳。
「頑張りなさいよ? もっとも今のあなたじゃまだまだ頼りないけど」
 笑って肩をポンポン叩く。まりいだったらこんなことはしないし言いもしない。
 それでいい。まりいとシェリアは違うんだ。頭のスミで、 なぜかそんなことを考えた。
「サンキュ。そっちこそがんばれよ」
「?」
 意味がわからないのか公女様は再び首をかしげる。
「好きなんだろ? アルベルトのこと」
 だからわざわざ追いかけてきたんだよな。一体あのどこがいいのかと聞きたくはなるけど、人間なんだし一つくらいはいいところがあるんだろう。歳は離れてるけどシェーラに比べたらどうってことない。まあ頑張れ。オレも影ながら応援するから。
 そう思って言うと予想外の返事が返ってきた。
「な……! 違うわよ!」
 首を元にもどすと眉をつりあげ詰め寄ってくる。
「アルベルトは私にとっては兄弟みたいなものなの! 兄を捜すのは妹として当然のことでしょ?」
「そ、そーいうもんなの?」
「そーいうもんなの!」
 当然かどうかは別として、あまりの剣幕にこくこくとうなずくことしかできない。
「本当にたくさんのことを教えてくれたの。『あなたは公女である前に一人の人間なんだ。だから閉じこもってるだけじゃいけない』って。
 アルベルトはアタシの恩人なの。だから今のアタシがあるの。だからシーナやショウやあなたに出会えたの」
 表情からして言ってることは本当らしい。いや、だからってオレに言わなくても。
「この際だから言うけど、あなたこの前シーナとキスしたわよね? あれって本当は――」
「ストップ」
 なおも言い募ろうとするシェリアを片手でさえぎる。
「……いた」
 そこにはシェリアにとっての兄、オレにとっての師匠がいた。
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