EVER GREEN

BACK | NEXT | TOP

第六章「旅立ちへの決意」

No,2 子供と大人

 時空転移(じくうてんい)。文字通り時空を移動する、ひらたく言えばワープする術で効果はごらんのとおり。ただし副作用あり。まあ今のところ体に支障をきたすことにはなってないけど。
「『なんとかするのがキミの仕事』って言われてもなー」
 自分の部屋でイスにもたれかかりながら天井を見上げる。
 使うのはいいけど副作用がでるのが正直怖い。いっそのこと、このままってわけにはいかないんだろーか。
『キミはこの先どうしたいの?』諸羽(もろは)はシェーラに言ってた。
『わからないから、お前の真似をすることにした』お嬢はオレに言った。
 みんな考えてる。考えて悩んで答えを出してる。オレはどうなんだろう。前に進んでるんだろうか。成長できてるんだろうか。
『ま、なんとかなるさ』お嬢にむかってオレは言った。そう考えてないとできることもやってられない。
 けど、本当にこのままでいいのか?
 そーいえば坂井にも言われたことがあったっけ。『じゃあ、お前は何になりたいんだ?』って。学校で進路の話になって。今の学校を受けたのはただ家から近かったのともう一つの単純な理由があったから。おかげで今はそれなりにやってる。けどその後は何も考えてなかった。だいたい進路なんてそう簡単に決まるもんなのか? 高校から専門の学科に通う奴もいるけどそーいう人達のことマジで尊敬する。
『でもさぁ、将来ってまでは行かなくても何か目標ぐらいはもっていたいじゃん?』
 確かにそうだ。高校に入って空都(クート)と地球の二重生活を送って。地球でみんなとバカやって。
 けど、本当にこのままでいいのか? わけのわからない不安が胸をよぎる。よぎるけど、やっぱ怖いわけで。
「術が使えるってのも必ずしもいいってわけじゃなかったんだな」
「なにを当たり前のこと言ってるんです」
「な……うわっ!」
 頭上にはアルベルトの顔があった。急だったもんだから勢いあまってイスごと床に倒れてしまった。
「なにやってるんです」
 さっきと同様頭上には極悪人の呆れ顔があった。
「アンタが驚かすからだろ! ってて……」
 イスを元に戻しながら極悪人に言う。高校に入学してから頭ばっか被害にあってるのは気のせいじゃないだろう。
「そっちこそ何しに来たんだよ。人をからかいに来たわけじゃないんだろ?」
「辞書を借りにきたんです。今住んでいる場所にはありませんから」
 空都の人間は諸羽の知り合いのアパートに居候したままだ。ただの居候ならともかく学校生活まで始まるとなるとお金もかかる。そのへんも諸羽が、剣の一族なるものが工面してるらしい。
「辞書なんて何に使うんだ?」
 そう問いかけつつ本棚から辞書を取り出す。
 そもそもなんで空都の人間が日本語で書かれた辞書なんて使うんだよ。しかもそいつの出す問題に苦しんでるオレって一体。
「今度のテスト問題を作るんです。問題を作る方も大変なんですよ? あなた達学生にはもっと勉学に励んでもらわないと」
「アンタってエセ教師じゃなかったの?」
「教員免許は取得しました。私をみそこなわないでください」
 いや、さすがにそれは無理あるだろ。そういった視線を送るも目の前の英語教師は涼しげな顔で辞書に目を通している。
 あ、そーだ。
「なあ、『ゲート』って言葉知ってる?」
「それがなにか?」
「諸羽から聞いた。異世界に行くには出口を補う鍵が必要だって」
 まりいと行ったミラーハウスの中で諸羽はそれを探していた。それがあれば時空転移を使わなくても空都に戻れるかもしれない。
「それで心当たりは?」
「残念ですがありませ――」
「あるだろ」
 むこうがセリフを言い終わる前に確信を持って言い放つ。
「私が嘘をついているとでも?」
 辞書を閉じ極悪人がオレの方を見据える。
「嘘かどうかは知らないけど何か隠してるだろ。この前と同じ反応してるし」
 極悪人の視線に肩をすくめて答える。この前ってのは空都で諸羽と会う直前のこと。いつもと違ってマジな顔して考え込む素振りを見せたから気になってた。
「言いたくないなら言わなくていーけど手がかりくらい教えろよ。それくらいいーだろ?」
「…………」
 珍しく返事は返ってこない。仕方ないから一方的に話を続ける。
「そもそもさー、なんでオレが時空転移使えるようにしたわけ? 他の奴でもよかっただろ?」
「あなたが望んだことでしょう?」
「そりゃそーだけど。術っていうくらいだしアンタかシェリアが覚えた方が効率よかったんじゃない? それともオレじゃないとダメだったとか?」
 やっぱり返事はなかった。
「シェーラじゃないんだしだんまりってのはなしだからな」
 本当に昔のお嬢みたいだ。自分の都合の悪いことになるとだんまりときたもんだ。
 それでも返事はない。仕方ないから話を進める。
「諸羽に聞いたけど未完成な術を発動させると副作用が出るんだってさ。オレの場合、空都の獣がこっちにやってきたり変な夢をみたりだけど」
「夢?」
 沈黙をやぶり軽く目をみはる。ったく、こんな時だけしか口開かねーのか。
「シルビア。自分のこと『時の管理者』って言ってた」
「!!」
 アルベルトの顔が驚愕のそれに変わる。今度は露骨に反応しているのがすぐわかった。
「やっぱり知ってんだろ? 教えろよ」
「知ってどうするんです? あなたには関係のないことでしょう」
 険しい表情のままそっけなく言い放つ。
「オレが当事者なんだ。知る権利はある」
「…………」
 それから二人、しばらく無言だった。
「子供が知ったような口をきくんじゃありません」
 長い沈黙の後、声を硬くして言う。
「そーかよ。オレは子供かよ!」
 そばにあった机をバン! とたたく。手は痛かったけど頭にきてたからそれどころじゃなかった。
「ガキだから教えられないって? そーだよな。オレはガキだから。ガキだから、大人のアンタの手のひらの上で踊らされてるんだろーな。そのエセ笑顔に何度騙されてきたんだか」
 いつになく感情的になってる。頭のスミでそんなことを考えながら話を続ける。けどそれを止める術をオレは知らない。
「アンタは大人だからいいかもしれないけどオレ一人やきもきしてバカみたいじゃん。オレのことバカにしてるんだろ」
「誰もそんなことは――」
「思ってるだろ。だからガキには教えられないんだろ?」
「話になりませんね。あなたこそ地球に帰ってくることができて清々しているんじゃないですか?」
「……っ!」
 売り言葉に買い言葉。どんどん会話がエスカレートしていく。けど文字通り子供だったオレは感情にまかせてそれを言うことしかできなかった。
 気がついたら、とんでもないことを口走っていた。
「そーだよ。こっちに戻れて清々してるよ! アンタ達がいなければもっと清々したけど。RPGみたいな話はゲームの中だけでたくさんだ!」
「……本気でそう思ってるんですか?」
 その目はたぶん、今まで見た中で一番真剣だった。けどこっちだって引き下がるわけにはいかない。
「本気に決まってるだろ? オレはアンタなんか、空都なんか大っ嫌いだ!」
 そう言い放つと荒々しくドアを開ける。
「どこへ?」
「どこでもいいだろ。オレの勝手だ!」
 顔を見ないまま言い捨てるとさっきと同様荒々しくドアを閉めた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 大人気ないとは思った。けど止められなかった。
「…………」
 洗面台で水道の蛇口をひねり頭を近づける。
 単にこの前のことを聞こうとしただけなのにいつの間にか一方的な口ケンカになってしまった。
 漠然とした不安と焦り。自分でもどうにもできなくて人に当たって。これじゃあ本当にただのガキだ。どんな時でも沈着冷静なアルベルトにただつっかかってばかりのオレ。そんな自分がひどく滑稽に思えた。
「『空都(クート)なんか大っ嫌いだ』、か」
 鏡を見ると水に濡れた情けない自分の顔があった。
 自分で言ったセリフながらぞっとする。
 そもそもむこう(空都)に行ったのは単なる偶然でその後半強制的に旅をさせられてきた。人であれ動物であれ殺すのも殺されるのも嫌だ。それは優しさ云々よりも単に自分に災いの火の粉がふりかかるのが嫌なだけ。それは前から変わってない。
 けど本当に空都の世界や人間のことが嫌になったことはなかった。まあムカつく奴はいるけど。
 次会ったら空都についてだけは言い直そう。極悪人が嫌いだってことに変わりはないけど。
 タオルで頭を拭き、もう一度鏡を見る。そこにはいくぶんかましになった自分の姿があった。
「鏡、か」
 ゲートの気配を感じたのもミラーハウスでだったっけ。けどここにあるのはただの鏡。どこにでもある鏡だ。
 けど――
「人はなぜ時を紡ぐ。人はなぜ……」
 なんで時空転移を使ったのか自分でもわかならい。気がつくと勝手に言葉を紡いでいた。
「我は時の環を砕くため、三人の使者に幸福をもたらすため、我は――」
『子供が知ったような口をきくんじゃありません』
「あの大バカヤロー! 少しは感情的になれってんだ!」
 自分でもわけのわからないセリフを叫ぶ。
 途端、光につつまれまたわけのわからない場所にとばされてしまった。
BACK | NEXT | TOP

このページにしおりを挟む

ヒトコト感想、誤字報告フォーム
送信後は「戻る」で元のページにもどります。リンク漏れの報告もぜひお願いします。
お名前 メールアドレス
ひとこと。
Copyright (c) 2003-2007 Kazana Kasumi All rights reserved.