EVER GREEN

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第六章「旅立ちへの決意」

No,11 決別

 小さい頃は寝るのが怖かった。眠ると必ずといっていいほどあの夢をみるから。
 いつからだっただろう。あの夢をみなくなったのは。――そうだ。誰かが『何も考えなくていい』って言ってくれたんだ。こんなふうに手を握って。
 温かい手。『おやすみなさい』って言ってくれた。だから何も考えずにすんだ。余計なことは全て忘れることができた。
 けど、本当は時々みていた。
 忘れられるわけがなかった。けど忘れていたかった。
 真っ赤な水たまりの中に一人。その中にいるのは五年前のオレ。
 水たまりの正体は――
「ああああああっ!」
「きゃっ!」
 自分の声と女子の声で目を覚ます。
 女の子の……声?
「あ……」
 目の前にあったのは、
「……シェリア?」
 シェリアの顔が間近にある。頭の下にはやわらかい感触。ああそっか膝枕されてるからか。
 ……膝枕?
「ごめっ……!」
 慌てて起き上がろうとしたけど体は言うことをきいてくれない。全身の痛みと共に少し前に自分に起こった出来事を再確認するはめになった。
「……ごめん」
 急に気恥ずかしくなってそっぽを向く。何に対してかわからないけどつい謝ってしまう自分が情けない。
「みっともないとこ見せたよな」
「ううん、そんなことない」
 そう微笑んだシェリアの顔は汚れていた。よく見ると服も埃にまみれている。
「お前、まさか――」
「アタシは大丈夫。ケガも何もしてないし。でもあなたの体が……。
 術をかけたけどアタシ一人の力じゃ無理みたい。本格的に診てもらわないと」
 今までの出来事を代弁するかのように一気に話す。この様子だと本当に何もされてないみたいだ。
「手……」
「え? ……あ」
 右手は彼女のそれとつながれていた。きっと心配して握ってくれていたんだろう。
「そのっ。深い意味はないの! ええと、もう大丈夫みたいね」
 自分だってひどい目に遭っただろうに。けど、こうして側にいてくれている。慌てて離そうとする手をつかみ一言だけ言う。
「今だけ」
「え?」
「今だけ、このままでいてくれる?」
 そう言って目を閉じる。自分でも恥ずかしいことを言ってるのはわかっている。けど何かにすがっていないと何かが壊れそうで怖かった。
「……うん」
 右手に少しだけ力がこめられる。その手がひどく熱く感じられたのは気のせいじゃなかったのかもしれない。

 大人になりたかった。
 強くなりたかった。
 弱い自分が嫌だったから。あんな思いはもうたくさんだったから。

「あの後どうなった?」
 目をつぶったままシェリアに尋ねる。
「ノボルを傷つけようとした人をセイルがかばって、それで……」
 そこまで言うと口をつぐむ。少しの沈黙の後、意を決したように言葉を重ねる。
「錯乱したの」
「錯乱?」
「そう。……変わっていたの」
「そっか」
 左手で顔を覆う。何が、とは聞かなかった。訊けなかった。
 だから別の質問をする。
「気絶させたのはセイル?」
「うん。その後みんなすぐにいなくなったの」
 それなら全てに納得がいく。シェリアが大丈夫だったことも男達がいないことも。
「……血を見たからだ」
「え?」
「血がダメなんだ。特にあんな場面は。母さんが死んだ時とだぶってみえて」
 普通のケガくらいじゃどうってことなかった。テレビや映画でそんなシーンを見てもそんなふうに思うことはなかった。敏感になったのは空都(クート)に来るようになってから。はじめは現場を生で見たからだとばかり思ってた。なのに――
「オレってもしかしなくてもマザコンだよな。いまだに昔のことひきずってるし。いい加減慣れろっての」
 カッコ悪いたらありゃしない。マジだっせぇ。こんなに……こんなに、震えるほど怖いなんて。
「そんなことない。アタシだって目の前でそんなことがあったら錯乱するわ。ましてやお母様なら絶対よ!」
 そう言ったシェリアの顔は必死で、見ているほうが可笑しくて、それで――
「……ノボル?」
「サンキュ」
 何に対してかわからないお礼を言うと手を離し、ゆっくりと上半身を起こす。
「これも、一種の記憶喪失なのかもな」
「え?」
「母さんが死んで、その前後のことよく覚えてないんだ。たった数ヶ月間なんだけどな」
 今思うと自分で忘れようとしていたのかもしれない。ただ頑張らなきゃってがむしゃらだったような気がする。
 強くならなきゃ。しっかりしなきゃ。だっておれが母さんを――って。五年も前のことだし忘れて当然だと思ってた。
「……辛くないの?」
「わからない。けどいつまでたってもこのままじゃいけないんだ。ま、なるようになるさ」
 今までそうやって乗り越えてきたんだ。これからだってそうしないとはじまらない。
「ノボルって……。アルベルトが言ってたのはこのことなのね」
 なんでそこで極悪人の名前が出てくるんだ? 首をかしげると公女様は続けてこう言った。
「純粋でまっすぐな心を持った、それでいて深い傷を負った子供……」
「だからそーいう恥ずかしいセリフはやめろって!」
 慌ててそっぽをむく。ようやく戻りかけた顔がまた赤くなる。
「アタシにできることなんてたかがしれてるけど。でも何かあったら言って。力になるから」
「……サンキュ」
 今はその一言がありがたかった。
 顔をもどし再びその手に触れようとしたその時だった。
「そこのお二人さん。話はすんだ?」
 わって入った声に二人慌てて体を離す。
「お前いつから……!」
「せっかくいい話を持ってきてやったのにそれはないだろ」
 声の主はセイルだった。
「いい話?」
「早い話が取り引き。まどろっこしい襲撃はやめるからお姫様を連れて来いってさ」
 そう言ってセイルは一枚のスカーフをよこした。
 浅黄(あさぎ)色のスカーフ。端に花の刺繍がしてある。
「これがどうしたんだ?」
「さあ? お姫様に直接聞いてみなよ」
 そう言うと部屋のドアを開ける。
「送っていくよ。アフターサービスってやつさ」

 しばらくすると元の場所にたどり着いた。
「ここでお別れだな。二人とも気をつけて」
 いつもと変わらない人懐っこい顔で笑いかけると踵を返す。けどそれは――
「セイル!」
 背中に問いかける。問いかけずにはいられなかった。けどそれは、決別を意味するのだから。
「お前は……それでいいのか?」
 暗殺者は振り返らなかった。
「迷っていたから短剣を渡してくれたんだろ? まだあそこにいたかったから――」
「君って本当に甘いね。このままじゃ足元すくわれるよ?」
 その笑みはいつもと変わらなかった。突きつけられたナイフを除いては。
「もし殺せと言われたら、ぼくは間違いなく君をしとめられる。君にはそれができる?」
 それは脅しじゃなかった。オレだって学習能力がないってわけじゃない。けど口から出たのはこの前と同じことだった。
「けど――」
「言っただろ? これがぼくの決めた道なんだ」
 ナイフをはずし軽く肩をすくめる。それ以上は言うことができなかった。まるでこれ以上聞いてくれるなといわんばかりの顔だったから。
「君も手負いだったんだな。そのことは謝るよ。
 地球での生活も悪くなかった。諸羽(もろは)とまりいによろしくな」
 こうして暗殺者はオレ達の前から去っていった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 帰りは思ったよりもすんなりいった。
「――我は時の鎖を断ち切る!」
 キイィィン!
 目の前にあるのは自分の部屋。そこは間違いなくオレの部屋だった。
「帰って……きた?」
「帰って……きたみたい」
 間違いない。ここは正真正銘地球なんだ。
『やったーーーーーっ!』
 互いに抱きあって喜ぶ。
「すごいノボル! 本当に戻ったのね!」
「オレも今度ばかりは自分で自分をほめたい!」
「うんほめていいよ! ホントにすごい!」
「だろだろ? ……ん?」
 妙に冷たい視線に気づき二人してふりむく。
「あなた達。帰ってきて第一声がそれですか?」
 そこには極悪人をはじめとする一行がいた。
『大丈夫――』
「なのか?」
「なの?」
 地球に連れ戻すことはできたけど顔色は悪かった。いくら日がたったとはいっても――
 そう思って聞くもそれは杞憂に終わった。
「おかげさまで。……二人とも仲がよろしいですね」
『え?』
「いいかげん離れたらどうだ」
『……あ』
 シェーラのセリフに慌ててお互い離れる。
「あんなもの眠っていればすぐになおります。私を誰だと思っているんですか?」
「よかった」
 シェリアが安堵のため息をもらす。そりゃそうだ。元はと言えばこいつを連れ戻すために着いてきたんだから。
「それにしても二人水入らずで帰れてよかったですね」
『だからそんなんじゃなかった』
「って!」
「の!」
「本当に仲がいいですね」
『…………』
 極悪人らしいセリフに二人安堵と脱力感を覚える。
「なんかさー、既視感感じない?」
「アタシも同じこと考えてた」
 そう。前にもあった。
『昇。いくらなんでも同じ顔はやめといた方がいいんじゃない?』
『ここは馬鹿みたいな場所だよな。でも――』
 でも、そいつはもういない。
「…………」
「ノボル?」
 表情に気づいたのかシェリアが声をかける。けど、オレの方もそろそろ限界にきていた。
「オレもう寝る。詳しいことは明日でいい?」
「おい。まだ話は――」
「わかりました。二人とも今日はおやすみなさい」
 まだ何か言いたげなシェーラを制しアルベルトが言う。他の奴らは何も言わなかった。今思うと気を遣ってくれてたんだろう。
 階段を上り自分の部屋につく。そこは数日前と全く変わってなかった。
 本当に何も変わってない。ベッドにハンガーにかけられた制服。机の上にはこの前貸すはずだった辞書が置かれたまま。これがオレの日常。朝になって飯食って学校行って、坂井やショウとバカやって。セイルとだって――
「くそっ!」
 壁に拳をたたきつける。体の痛みよりも別の痛みの方が強かった。
 あいつに深い思い入れがあったってわけじゃない。けどやるせなかった。
 オレがどうかしたいっていうのはただの思い上がりだったのか? 変わったって一体何が?
「なんなんだよ……一体」
 怖いのとやりきれなさと。今のオレにはそうつぶやくのが精一杯だった。
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