EVER GREEN

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第五章「夏の日に(後編)」

No,9 決戦は26日

 椎名まりい様

 急にこんな手紙を書いて驚いただろうけど話したいことがあります。
 明日の10時、ネバーランドの時計台で待ってます

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 服は持っているものの中で一番いいやつを選んだ。
 時間も、余裕をもって三十分前に来た。
 8月26日。天気は晴れ。
 時計台の針は9時50分をさしていた。
 椎名は来てくれるんだろうか。オレはちゃんと言えるんだろうか――
「昇くん!」
 聞きなれた声に振り向くと、そこには意中の人物の姿があった。
「遅れてごめんなさい」
「いいって。オレも今来たとこだし」
 あー、これっていかにもこれからデートしますって時のセリフだ。
 そんなことを頭のスミで考える。もっとも普通は女子が言うものだったような気もするけど。
 極悪人に相談したすぐ後、手紙を書いて椎名の机の上に置いた。待ち合わせ場所はネバーランド――遊園地。
 今日、全てに決着をつける。
 結果はどうなるかわからないけど、やれるだけのことはやってみよう。極悪人のセリフを借りるわけじゃないけど自分に正直に、後悔だけはしたくない。
「今日は珍しい格好だよな」
 まずはさりげない会話からとばかりに椎名に向き直る。
 向日葵柄のワンピースに白のカーディガン。同じ色の靴に肩まである髪はバレッタでとめてある。
 椎名は見かけとは裏腹にいかにも女の子といった格好は少ない。むしろパンツスタイルの方が多い。まあ一緒に生活するようになって気づいたことなんだけど。
「変かな?」
 そう言って恥ずかしげに笑う。
 だからこそ、こんな何気ない仕草が余計に新鮮で。
「そんなことないって! 似合ってるし」
「本当?」
「当たり前じゃん」
「よかった。こんな格好久しぶりだったから」
 だからこそ、何気ない仕草が余計に可愛いわけで。
「せっかくだから遊んでこーよ」
内心はバクバクものだけど、平静を装いながら入り口に向かって歩き出す――その前に、椎名がオレの腕をつかむ。
「な、なに?」
 あくまで平静を装うとしたけど、内心とは裏腹に声が裏返ってしまう。
「この手紙、間違ってるよ?」
 ……はい?
「姉弟なんだから『椎名』じゃなくて『大沢』でしょ?」
 なんだ。そーいうことか。
「これからは気をつけます」
「もう一つ。これからは名前で呼んで。もう半年近くたつんだから慣れないと。じゃないと私帰るからね?」
 ……これは究極の選択かもしれない。
「すみませんでした。まりいさん」
 一呼吸おいて何度か口にした名前を言う。
「『さん』はとって。普通でいいよ」
「……ごめん、まりい」
「よろしい。さ、行こう!」
 そう言って腕をつかんだまま遊園地に入っていく。
 オレ、絶対尻にしかれる……。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

『わーーーーっ!』
 悲鳴は周りの声にあっという間にかき消された。
 はじめにのったのはジェットコースター。しかも最前列。初めてのったってわけじゃないけど、みごとに大声をあげてしまった。
「びっくりした……」
「――のわりには楽しそうだったよな」
「へへっ」
 興奮のせいか顔が赤い。
「こういうのって一人じゃ行けないし。隣に誰かいないと心細くて」
「…………」
「だから昇くんが隣にいてくれてよかった……昇くん?」
 多分、何も考えずに言ってるんだろう。
 そんなこと言われたら普通の男は間違いなくおちる。オレもその中の一人だということをひしひしと実感していた。
「椎名って遊園地初めて?」
「昇くんーー?」
「……そーなの? まりい」
 軽くにらまれて慌てて言い直す。
「うん。施設でもあったんだけど。そのころはちょっと……ね」
「……ごめん」
「いいの。本当のことだし」
 椎名が施設育ちだっていうことは前から聞いてる。誰だって聞かれたくないことの一つや二つあるもんだよな。オレって無神経かも。
「じゃーさ、今日はとことん遊ぼーぜ」
「そうだよね。遊ぼう!」
 まずは楽しもう。本番はそれからだ!

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「けっこう乗ったよな」
「うん。こんなに遊んだの初めて」
 占いの館、ゲームセンターなどなど。いいところを見せるつもりで、見せられたりもした。でも、こうして長い時間二人きりってことはまずなかったから楽しかった。
 そんなこんなで四時間が経過。それだけたつとさすがに疲れてくる。
「昇くん、次何に乗る?」
 バテかけているオレとは裏腹に椎名はピンピンしている。オレ、本格的に体鍛えないとダメかも。
「ちょっと休憩しよ。オレ何か買ってくる。椎……まりいはそこで待ってて」
 早口でまくしたてるとそのままベンチのそばにあったファーストフード店へ向かった。

「ハンバーガーセット二つとチーズバーガーください」
 店の入り口でサイフの中身と相談しつつ店員に注文する。
 これを食べ終わったら椎名に言おう。
 結果は……考えるのはよそう。行動あるのみだ!
「セット二つにチーズバーガー単品が一つですね。安くしときますぜ、ダンナ」
「ダンナって――!?」
 誰だ今時んなことを言う奴はと心の中でつっこみつつ店員を見て絶句する。
「デートは順調なようですな。昇くん」
 バイト用のエプロンと帽子をかぶり注文をとっているのは、おなじみ坂井幸一だった。
「なんでお前がここにいるんだ!?」
「バイトに決まってんじゃん」
 いや、確かにこいつはバイトばっかりしてるけど。だからってここで鉢合わせしなくてもいーだろ。
「もしやとは思ったけどそーなるとはねぇ。お母さん嬉しいわ」
 そう言って目元をぬぐうフリをする。お前はいつの時代の人間だ。
「で、実際のところどうなんだよ? キスくらいしたのか?」
 まさか『事故でキスしました』とは口が裂けても言えない。
「……これから告白するところなんだよ」
「ふーん。望みはどのくらい?」
 営業スマイルで確信に迫ることをズバズバと聞いてくる。
「ほぼ無に等しい」
「珍しく後ろ向きだな。やっぱアレだよな。お前ってこういうことにかけて特に純情だよな」
「うるさいっ! とにかくあたって砕けろなんだよ!」
「おー、それでこそ昇君!」
 調子よく拍手を送るとそのまま店の奥へ消えていく。ったく、どいつもこいつも。オレで遊ぶのがそんなに楽しーか?
 しばらくすると、大きな紙袋を抱えて戻ってきた。
「へい、お待ち」
「ラーメン屋の出前かい。それにこんなもの頼んでねーぞ?」
「いいからあけてみろよ」
 言われるまま紙袋を開けると、中には熊のぬいぐるみが入っていた。
「どーせプレゼントなんて持ってきてないんだろ? 友へのささやかな餞別(せんべつ)」
 さっきと同じ営業スマイルで紙袋を差し出す。
 こいつは――
「……サンキュ」
 苦笑するとハンバーガーの入った袋をひったくった。
 こいつのこういうところは見直してる。椎名と姉弟になるってことがわかった時も、ちゃかすことはあっても真剣に話にのってくれた。普通なら周りにふれまわるところを『人生色々あるからな』と聞き流してくれたのもこいつ。
「がんばれよー、若人よ!」
 ……この親父ギャグがなければの話だけど。


 椎名はベンチに座っていた。
「おまたせ」
 ハンバーガーと餞別(せんべつ)のぬいぐるみを手渡す。
「これどうしたの?」
「店でちょっと。こういうのって迷惑だった?」
「ううん、そんなことない。ありがとう」
 嬉しそうにぬいぐるみを抱きしめる。
 よかった。喜んでもらえて。それと同時に一つの疑問が頭をよぎる。坂井、これ一体どこで手に入れたんだ?
「今日はありがとう。とっても楽しかった」
 ぬいぐるみを抱きしめたまま、そう言ってはにかむ。
「これってデートって言うのかな? 二人きりって久しぶりだしなんだか照れるよね」
「…………」
「昇くん?」
 言うのは今しかない。
「…………」
 目をつぶり、大きく息を吸う。
「椎名、オレ……」
 そこから先が言い出せない。
「オレ……」
 しっかりしろ大沢昇! ここで言わなかったら男じゃない!
「オレ、椎名のことが――」
 続きを言おうとしたその時だった。
「……?」
 目を開けると、椎名は目をつぶっていた。
「……呼んでる」
 ぬいぐるみをベンチに置くと、そのままオレの隣を通り過ぎていく。
「……椎名?」
 呼びかけても返事はない。
 なにがなんだかわからないまま後を追いかけていく。

 椎名の向かうその先には『不思議の館』と書かれた建物があった。
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