EVER GREEN

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第五章「夏の日に(後編)」

No,8 師匠と弟子の会話を

「だから、さっきのはそーいうんじゃないって!」
「はいはい」
 オレの弁明もなんのその。目の前の男は涼しげな顔で紅茶を飲んでいる。
 場所は変わって、ここは諸羽(もろは)のアパート。あの後周りにとりつくろおうとしたけど全く役にたたず。仕方ないからこうしてこいつだけを連れてきた。
「本っ当にわかってんだろーな」
「『そーいうこと』なんでしょう?」
 目の前の奴ことアルベルトは優雅な仕草でティーカップを置く。
「その、そーいうことがだよ」
「どういうことなんです?」
「だからっ! その……。オレとシェリアがつきあってるんじゃないかってこと」
 堂々と言えばいいものの、なぜか言いよどんでしまうのが自分でも悲しい。
「顔が赤いですよ」
「うるさいっ!」
 こいつ、絶対面白がってる。本当にいい性格だ。
「……本当に何もなかったんですか?」
「くどい!」
 そもそも何もなかったってはじめっから言ってるだろ?
「私としてはそうなってくれた方が都合がよかったんですけどね」
 わけのわからないことを言いながら再び紅茶を口にする。残念そうに見えるのは……気のせいだ、きっと。
「ですが、そんな話をなぜ私に? 弁明なら他の方でもよかったでしょうに」
「アンタを納得させればおのずと周りの目も変わるからだよ」
 事態をおさめるには上の奴をおさえとくに限る。あのままじゃ本当にラチがあかなかったし。
「それだけですか?」
 再び紅茶の入ったカップをテーブルに置くと意味ありげな視線をオレの方に向ける。
「何が言いたいんだよ」
「あなたの言いたいことがそれだけではないような気がして」
 極悪人の目が妙にイキイキしている。……これは気のせいじゃない。絶対。
「アンタ面白がってるだろ」
「めっそうもない。せっかく師匠が人生の先輩として相談にのってあげようというのに」
 誰が師匠だ。誰が。
「何があったんです? 私に相談するくらいなんですからよっぽどのことなんでしょう?」
 悔しいけど、こいつはバカじゃない。さすが歳くってるだけはある。
「……絶対誰にも言うなよ」
「もちろんです。私を誰だと思ってるんです?」
 いつかの暗殺者と同じようなセリフを口にする。
 こーなりゃヤケだ。とことん話してやる!


「それは一刻も早く気持ちを伝えるべきでしょうね」
 言い終わったとたんにこのセリフ。セイルの時とほとんど変わらない。実は裏で通じてんじゃねーのか?
 椎名との一件を結局こいつにも話してしまった。理由はセイルの時と同様。つくづくオレって溜め込めないタチの人間だ。
「あなたの態度がはっきりしないからあのような事態になったのでしょう? だったら早く解決するべきです」
「言ってることは正論だけどさ。その、心の準備ってものがあるんだよ」
 男だろーが女だろーがそういう時は緊張する。きっと。
「意外に気が小さいんですね」
「ほっといてくれ!」
 どーせオレは器が小さい男ですよ。
「アンタはどーなんだよ。オレくらいの歳で、好きな人に堂々と告白できたわけ?」
「……できませんでしたね」
「だろ? 普通はそうだって」
『こいつも人並みに恋愛なんかしてたのか』と内心妙なところで感心しながらつっこむ。意外だ。本当に意外だ。でも次の一言はもっと意外だった。
「言いたくても、言えませんでしたからね」
「……え?」
「昔、三人で旅をしていたんです」
 そう言って体を窓ガラスの方に向ける。
「正確には三人と一人ですが。そのうちの一人は女性でした。我侭(わがまま)で性格が悪くて。私は彼女のことが心底嫌いでした」
 窓の方を向いてるから極悪人の表情は見えない。
 こいつにここまで言わせる女って一体。そもそも自分のことわかって言ってんのか?
「だから間にはいつもリザが入っていました。彼には感謝してます。あの人がいなかったらきっと大変なことになっていたでしょうから」
 リザっていうのは極悪人の親友のことで。服のセンスはいただけないけど親友と言うだけあってこいつのことをよくわかってるし何よりも常識人だ。わがままな奴らとの三人旅。あの人には心底同情する。
「ですが……いつの間にか、私は彼女を愛するようになっていたんです」
 一体どんないきさつでそんなことになったんだと聞くよりも。目の前の奴の口から『愛』という言葉が出てきた事実にただただ驚くばかりだった。
「もっとも、それに気付いたのは当時一緒にいた子供のおかげだったんですけどね」
 そう言うと視線を窓からオレの方に変える。
「『もし泣かしてみろ。どこにいても駆けつけて、一発ぶん殴ってやる』その子供のセリフです。当時の私は意地をはっていました。だから気持ちに気づいても出るのはお互いの悪口ばかりでした」
 それって中学生レベルじゃないか? とつっこみたかったけど極悪人の表情がいつになくシリアスなために口をはさめない。
「このままでは埒(らち)があかない。『いいかげん気づけよ! じゃないとおれが姉ちゃんをつれてくからな!』とも言われていましたし。思い切って気持ちをうちあけることにしたんです」
「それで?」
 意外のオンパレードに思わず生ツバを飲んでしまう。
 でもオレをじっと見据えたまま、なかなか続きを言おうとはしなかった。
「……少し話がすぎましたね。このくらいにしておきましょう」
 なんだよ。せっかくいいところで。
「あなたがもう少し大人になったら教えてあげますよ」
 まるでオレの考えていることは全てお見通しだとでも言いたげに苦笑しながら手をオレの頭の上に置く。
「ガキ扱いするな!」
 払いのけようとするけどなかなか離れない。こいつって意外に力あったんだな。
「まだまだ子供ですよ。少なくとも私から見ればね」
 苦笑して手を離す。一瞬、オレはこいつの掌の上で踊らされてるんじゃないかって気がした。
「ただ、これだけは覚えておいてください。たとえどんな結果になったとしても自分の気持ちだけは伝えてください。自分に正直に生きてください。
 ……でないと、私のようになってしまいますから」
 そう言った極悪人――師匠の顔は、今まで見てきた中で一番寂しそうだった。
「どうしました?」
 視線に気がついたのか極悪人が怪訝な表情をする。
「アンタにしてはやけに真面目なこと言ってると思って」
「人をなんだと思っているんです?」
「人を鈍器で殴って強制送還させて、かつ不幸のどん底に突き落とした極悪人」
 事実を言ってのけると今度は笑顔で詰め寄ってきた。
「いい加減『極悪人』はやめてください。もっと他に言いようがあるでしょう。『偉大なる先生』とか『尊敬する恩師』とか」
「極悪人に極悪人と言って何が悪い」
 だいたい誰のどの口がそんなことをのたまうんだ。
「あなたもなかなか強情ですね。それに、出会って半年近くもたつのに一度も名前で呼んだことがないじゃないですか」
「絶対嫌だ」
 っつーか今更名前で呼ぶのもなんか変だし。
「聞き分けの悪い弟子を持つと師匠はこまりものです」
 聞き捨てならないセリフを吐くとため息一つ。その頃にはいつものエセ笑顔にもどっていた。
 さっきのやりとりは別にして。こいつも普通の恋愛してたんだなーと思うとなんかほっとした。同時に、一つの決心がついた。
「オレ、帰る」
 そう告げるとそのまま部屋を後にする。何事も善は急げだ。
「師匠の話も聞いて損にはならなかったでしょう?」
 背後から極悪人の声がする。
 悔しいけど、こいつの言うとおりだった。現に、ここに来る前と今とでは気持ちが全然違う。
「相談のってくれてサンキュ。今度さっきの続き聞かせてよ」
 それだけ言うと、ダッシュで家路についた。
「……その時がくればの話ですけどね」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 もう一人の人物が誰か。それは前のリザとセイルの話で見当がついた。
 あいつの、あの人達の昔に何があったのかはわからない。オレの予想も多分あってるとは思う。極悪人と、リザと旅をしていた人物。そいつってきっと――だったんだ。
「…………」
 イスに寄りかかって天井を見上げる。
 リザから聞いた『寂しい目をする人』って意味が少しだけわかったような気がした。でも、あいつのあんな顔を見たら冗談でも口にできなかった。
 誰でも悩んで、それでも考えて生きている。それって場所とか世界とか関係ないんだよなー。
 ま、何はともあれ。
「自分に正直に……か」
 机に向き直ると真っ白な便箋(びんせん)に文字を書きはじめた。
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