EVER GREEN

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第五章「夏の日に(後編)」

No,6 暗殺者とハンバーガー

「ノッボルー」
 それは久々に坂井や学校の友達と遊びに行った帰りのことだった。
「外人じゃん」
「あいつ大沢の知り合い?」
「んなわけないだろ」
「昇くんてばー」
「…………」
 夏休みも残すところ二週間。そこには久々に見る暗殺者の姿があった。
「お前最近いろんな知り合いが多いなー」
 坂井がもっともなツッコミを入れる。
「ほっといてくれ」
 にしても、なんでオレのところに来るかなー。頼むからこれ以上平穏無事な日常を壊さないでくれ。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「うまいっ! これ空都(クート)でも作らないかなー」
 暗殺者は心底嬉しそうにハンバーガーを食べている。しかも二個目。
 銀色の髪に青い目。お嬢ほどじゃなくてもセイルの容姿は目立つわけで。榊(さかき)町ははっきし言って田舎。まだまだ外国人は珍しい。もっともこいつにとっては見るもの聞くもの全てが珍しいんだろーけど。色々聞かれるのも面倒だったから坂井達とはすぐに別れた。
 空都にはファーストフードはない(サンドイッチならあったけど)。それがかえって新鮮だったらしい。それにしても――
「そう次から次に注文すんなよな。金払うのオレなんだぞ」
「堅いこと言わない。可愛そうな捕虜に食事の一つくらいさせてあげてよ」
「その捕虜に殺されかけたのはオレなんだぞ」
「諸羽(もろは)が言ってたぜ。『過去のことは水に流せ』って。別名『罪を憎んで人を憎まず』だったっけ?」
 目の前の男が心底憎たらしい。そもそもなんで命を狙われた相手に飯をおごらにゃならんのだ。
「あれー、昇くん怒ってる?」
「…………」
「うそうそ。ごめんなさい」
 本当に悪いと思っているのか思ってないのか、どこで覚えたのか暗殺者は片手で拝むような仕草をした。
「それで、一体何しに来たんだ?」
「ようやくあの極悪人からも解放されたし、地球を満喫しようと思ってね。そしたら君を見かけたわけ。本当はまりいか諸羽(もろは)でもよかったんだけどさー」
 もう呼び捨てですか。
「だからってオレのところに来なくてもいいだろ」
「他にどこに行けって? 頼むよー。なんなら悩み相談のるからさぁ」
「悩みなんてねーよ」
 あっても誰が話すか。
「いーや。君は悩んでる。ぼくが見たところ、そーだな……」
 勝手に言ってろ。
 再び無視してハンバーガーにかぶりつく。
「ずばり。女だな」
「ゲホッ!」
 食べかけていたハンバーガーにみごとにむせ返る。
「図星? カマかけただけなのに」
「…………」
 目の前の奴の話は無視して無言でジュースを飲む。
「君ってわかりやすいよな。その調子だとキスもまだだろ」
「バカにすんな! 今度ので二回目だ!」
 ジュースをテーブルに置き暗殺者をにらみつける。けど、暗殺者は涼しげな顔でこっちを見ていた。
「へぇ、あるんだ。意外だな」
「……っ!」
 はめられた。みごとにはめられた。しかも余計なことまで口走ってしまった。
「話してみなよ。恋愛経験豊富なぼくが相談にのってやるぜ?」
 こいつにしてはえらく優しげな顔で言った。
 確かに椎名のことは他の奴らには言いにくい。っつーか、ここまで知られてしまうともはや隠しておく必要もない。
「……絶対誰にも言うなよ」
「わかってるって。暗殺者は口が堅いんだぜ?」
 どこをどう見たらそんなセリフが言えるんだ。
「オレ――」
 そう言いつつも目の前の奴に話してしまう自分が悲しかった。


「ふーん。なるほどね」
 ぶつぶつ言いながら残りのジュースをすする。
 結局こいつにことの一部始終を話してしまった。黙って溜め込んでおけるほど大人じゃなかったし、もしこいつの言うように椎名に対する態度がバレバレだとすると近いうちに周りはおろか当人にまでバレそうな気がしたから。
「義理のお姉さんにほれちゃったわけだ。そういうのってよくある話なわけ?」
「知らねーよ」
 義理の姉。第三者からそう言われると不思議な感じがする。
 椎名が自分の姉貴になると聞いた時、少なからずドキドキした。同じ歳の女の子(しかも可愛い)が同じ屋根の下に、だもんなー。普通にふるまおうとはしたものの、それだって相手にどう見えたかわからない。当然、椎名を姉として見たことは一度もない。だいたい見ろってほうに無理がある。
「簡単じゃん。血はつながってないんだろ?」
「そーじゃなくて……」
「ショウなんだろ? アルベルトを除いたらこの中で一番強いもんな。肝心のまりいとは長い付き合いみたいだし」
 しかも椎名はショウのことが――
「それで? 君はどうしたいんだよ。色々あるじゃん。お姫様をかっさらうとか恋敵と対決するとか」
「別にどーもしねーよ」
「でも好きなんだろ? じゃなかったらこうしてぼくに付き合うわけないじゃん」
「うっ」
 あの一件以来、椎名とはほとんど顔を合わせていない。気恥ずかしいっていうのもあったけど、二人きりになったら何しでかすかわからないような気がしたから。当然ながらシェリアにもまだ謝れてない。
 今日の外出も家を出るための口実だったわけで。オレってそんなにバレバレなのか?
「ためこんで苦しい思いするよかさっさと気持ち伝えて楽になったほうがいいよ?」
「それができたら苦労しない」
 結果が見えてるのにしたところで空しいだけだろ。それなら今のままがいい。その方がお互い傷つかなくてすむ。……きっと。
「君って煮え切らない奴とか、よくてもいい人どまりで終わってるだろ」
「余計なお世話だ」
 なんで暗殺者に恋愛がらみの説教されなきゃならんのだ。
「だいたいな。表情が誰かさんと同じなんだよ」
 ハンバーガーを食べ終え今度はポテトにパクつきながら答える。
「誰かさんって誰だよ」
「アルベルト・ハザー」
「……極悪人?」
 予想外の人物の名に目が点になる。
「この前あいつに連れて行かれただろ。何をされるかと思いきや人捜しを手伝わされたの。なんでも『アイザワ』って奴の家を探せって。おかげで二、三日のはずが一週間」
 一週間も姿を見せないと思えばそんな事情があったのか。
「それで見つかったのか?」
「そいつがいた場所まではつきとめた。なんでもケンカの絶えない家で近所では評判だったとか。女の子が一人いたみたいだけど、そいつも五年前に事故死して今じゃ家族ともども失踪中だと。それで終わりだと思ったら今度はその女の墓まで付き合わされた」
「墓?」
「ずいぶん熱心に祈ってたぜ。まあ神官らしいから当然と言えば当然か。本人の前じゃ言えなかったけどあれは絶対女がいるね」
 アルベルトに女……ねぇ。
 でも墓参りってことは死んでるってことだろ。そもそもあいつに地球の女の知り合いなんていた――
「…………?」
 何かがひっかかる。誰かが言ってなかったか? 三人で旅をしていたって。
 『アイザワ』と言う女。事故、五年前――
「どうかした?」
「……なんでもない」
「そ」
 目の前の男は残りのジュースを飲み終わり、中の氷を口に放りこんだ。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ハンバーガーの会計は1200円かかった。
「悪いねー。今度お礼するからさぁ」
「もう来るな」
 サイフの中身に涙しながら暗殺者にきっぱり言う。高校生のこづかいって少ないんだぞ!
「ねぇ、昇」
「なんだよ」
 不機嫌な顔のまま振り返ると、そこには真顔のセイルがいた。
「ここって、バカみたいなところだよね。戦争もないし物に困ることもない。人は決められたレールの上を抵抗することなく歩いていく。あげくのはてには、ぼくらの世界がゲームっていう絵空事になってる。死にそうになったらリセットってスイッチを押せば元通り、か」
 青い目がオレを見ている。
「大人は大人で変な面子にこだわってる。自分がよければそれでよし? 何かあるってわけじゃないのにバカみたいにめかしこんだりナンパしたり。一体何が楽しいんだか」
 いや、違う。オレを通して何か別のものを見ている。もっと別の何かを。――そんな気がした。
「けどバカみたいなことにバカみたいに笑ったり。……お姫様はさぞかしこの世界が気に入ってるんだろーな」
「アンタ、相当な皮肉屋だろ」
「さぁね」
 言った本人は悪びれることなく笑っている。
「アンタがここ(地球)をどう言おうが勝手だけど。オレはそれなりに生きてるんだよ」
「へぇ。どんなふうに?」
「う……」
「やっぱ言えないんじゃん」
 そう言ってまた笑う。憎たらしいことこの上ない。
 こいつの言ってることは確かに一理ある。
 オレが空都(クート)に来たのは単なる成り行き、よりもひどい確立の偶然。
 こっち(地球)でのオレは友達もいるし学校だってわりとうまくいってる。家族もできたしそれなりに満ち足りた生活をしている。それが暗殺者のセイルからしてみれば気に食わなかったんだろう。
 けど――
「……けどさ。あーしたい、こーしたいってみんなそれなりに考えて生きてんだよ。どんな場所でも苦労はあるし幸せだってある。それってどこの世界でも同じだろ?」
 オレに言えるのはこれが精一杯だった。
 どっちにしたって、自分の住んでるところを悪く言われてムカつかない奴はいない。たとえそれがどんな場所であったとしても。
「……そうかもな」
 そう言ったセイルの顔は逆光でよく見えなかった。
「ぼく、君がうらやましいよ」
「なんだよそれ」
「べっつにぃー?」
 その時はいつもの表情に戻っていた。
(このままずっとここにいれたらいいのにな)
「何か言った?」
「べっつにぃー」
 あいつのつぶやきは、オレに聞こえることはなかった。
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