第五章「夏の日に(後編)」
No,2 八月十三日
「昇ー。お客さんだぞー。しかも外人さんの二人連れだ」
「客?」
まだ半分以上動かない頭でボーっと部屋の中を見回す。
カレンダーの日付は8月13日だった。
……そっか。今日は――
ガンッ!
「……普通殴るか?」
「愛のムチだ。気にするな」
そこには笑顔で拳を振り上げる父親の姿があった。
「お取り込み中申し訳ありませんがよろしいでしょうか?」
玄関の方で『お客さん』の声がする。
「ああすみません。昇、なるべく早く終わらせるんだぞ」
そう言うと、さっさと階段を降りていった。
「お取り込み中だったんですか?」
着替えを終え玄関に向かうとそこには外国人の客ことアルベルトの姿があった。この暑い時期になぜかスーツを着込んでいる。
「まーな。もう少ししたら出かけるところだった。で? どうしたんだその格好」
「これから三日ほど外出してきます。その前に挨拶をしておこうと思いまして」
オレの質問は無視して話を進めていく。
「三日も? どこ行くんだよ」
「その前に、一つ聞いてもいいですか?」
やはりオレの質問を完全に無視して淡々と話を進めていく。
「時空転移をする時、あなた妙なことを言いましたね」
「妙なこと?」
「『時の環を砕くため、三人の若者に幸福をもたらすため、我は時の鎖を断ち切る』……と」
「そんなこと言ったっけ?」
全く記憶にない。そもそも時の輪とか三人の若者ってなんのことだ?
「覚えていないようですね」
こっちをじっと見据えた後、軽くため息をつく。そーいう仕草が余計気になるんですけど。
「……『時の鎖を断ち切る』ですか」
「え?」
「じゃあ出かけてきます。他の方にもよろしくお伝えください」
いつものエセ笑顔をはりつけて極悪人が言う。
「だからどこにだよ」
「企業秘密です」
「だからなんで――」
「おーい。いつまで待たせる気?」
しびれを切らしたのか同じくスーツ姿の男が中に入ってくる。そーいえば外人が二人とか言ってたっけ。
「珍しい組み合わせだな」
そこには荷物持ちと化した暗殺者ことセイルがいた。
「この人を野放しにして何かあってからでは遅すぎますから」
「だとさ。ぼくってとことん信用ないみたい」
そう言って肩をすくめる。そりゃそーだろう。今まで命を狙われていた奴を信用しろというのが無理な話だ。
「では行ってきます。あなたも道中お気をつけて」
「じゃーな。昇!」
バタン! と勢いよくドアが閉められる。ちなみにドアを閉めたのはセイルの方だ。
「……なんで暗殺者に呼び捨てにされてるんだ?」
二人がいなくなった後ドアに向かってぽつりとつぶやく。
「お客さんは帰ったのか?」
タイミングよくさっきの二人同様スーツを着た親父が顔をのぞかせる。
「帰った。それで準備できてんの?」
「とっくに終ってる。みんな車に乗ってるぞ」
「あっそ。……じゃあ、そろそろ行くか」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
車で10分。オレ達一家はとある場所にやってきた。
「こうして家族そろって来るのは初めてだよな」
「去年はどたばたしてたからな」
「私達も来てよかったのかしら?」
それぞれ思い思いの言葉を交わしながら階段を登る。
「お父さん達二人の方がよかったんじゃ……わっ!」
「家族なんだから余計な気を遣うんじゃない、まりい。そーだよなぁ? 昇」
「そーいうこと」
「息子もこう言ってるんだから。つかささんも同じですからね」
そう言って椎名の頭をクシャクシャと撫でる。
「…………」
「なんだ?」
オレの視線に気がついたのか親父が怪訝な顔をする。
「親父も父親が板についたなーって。だてに歳はくってないなー」
ゴン!
「いいたいことはそれだけか? 昇くん」
本日二度目の拳を食らう。意外と力がこもっているだけにこれがまた痛い。
「さてと。……ついたな」
親父が水の入った桶を地面に置きオレが向日葵の花束を備える。
「今日はみんなできたよ。母さん」
墓石にはこう記されてあった。
大沢まどか――と。
8月13日。日本では大抵この日からお盆になる。
我が家も例外ではなくこうして家族そろって墓参りに来た。ただちょっと違うのは、お参りをする対象があまりにも身近すぎる人で、お盆と命日が重なってしまったってこと。
「約束したもんな。今度四人で来るって。この子が娘のまりいで、この人がつかささん――かみさんだ。お前は……喜んでくれるよな?」
親父は寂しげに笑いながら、墓石の前に座った。
「おまえのことは決して忘れたわけじゃないし、これからも絶対忘れない。でも、今はこの人を、この人達を守っていきたいんだ。だから……」
肩が小刻みに震えているのがわかる。これはいつものこと。いつものことだけど、やっぱ見てるのはつらい。
その傍らに母さんが線香を供える。
「まどかさん、はじめまして。つかさと言います。勝義さんとは4月に結婚しました。
私は今幸せです。勝義さんと共に人生を歩むことができて。まりいと昇のお母さんになることができて。それは多分、あなたが素敵な人だったからだと思います。でも私はまだまだです。だから、まどかさんも遠くから二人のことを――できれば私達のことも見守っていてください」
「つかささん……」
「そうですよね? 勝義さん」
それはオレでもドキっとするような笑みだった。決して目立つわけではなく、でも綺麗な、穏やかな日差しのような――まるで、向日葵のような。
その隣で椎名が手を合わせる。
「まどかお母さんはじめまして。娘のまりいです。昇くんのお姉さんになります。でも昇くんには助けてもらってばかりで……。あれ? 私、何言ってるんだろう」
自分の言ったセリフに戸惑いながらも目をつぶり、はっきりとした声で言葉を紡ぐ。
「お母さん――つかさお母さんが言うように、私も家族が出来て幸せです。これからもっともっと幸せになるつもりです。だから……」
それは、静かな光景だった。
この時期ならどこにでもある光景。でも、オレ達家族にしかありえない光景。
「しめっぽくなったな。そろそろ帰るか」
鼻をすすりながら親父が立ち上がる。
「誰がそうさせたんだよ」
パシッ!
「おっ、やるな」
「三回もくらってたまるか。二人はゆっくりしてきなよ。オレ達は先帰るから」
三度目の拳をなんとか交わし、親父と母さんに背を向ける。
「家まで結構あるぞ?」
「歩いて帰れない距離じゃないし大丈夫だって。椎名、いいよな?」
「うん」
「あっ、おい……」
親父達の声は無視して、二人足早に霊園を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「いつもああなんだよな。見ての通りのベタぼれだったから」
椎名と二人、他愛もない話をしながら道を歩く。
「だから再婚の話を聞いた時は正直驚いた。『お前に新しい母さんができるぞ』だもんなー」
「『新しいお姉さん』もでしょ?」
そう言って椎名がくすっと笑う。
「だな」
オレが言うのもなんだけど、本当にベタぼれだったから。周りから再婚の話を何度持ち出されても『俺にはまどかしかいない』だったから。そんな父さんの姿を見て誇らしく思う反面、少しだけ……悲しかった。
再婚の話を持ち出された時もかなり複雑だったけど、ようやくふっきれたのかと少しだけ安心した。
「あれからもう五年かー」
もう五年。まだ……五年。
「でも時期的によかったのかも。母さんが死んだ時は泣いてるかボーっとしてるかのどっちかだったし。だから、オレ――」
だから――
「……?」
「……なんでもない」
眉をひそめる椎名に苦笑で返す。ふっきれてないのはオレの方かもしれない。
「……私、昇くんと姉弟になれてよかった」
急に足を止め椎名がオレの目を見て言う。
「え?」
急に思いもしなかったことを言われ、オレも足が止まってしまう。きっと彼女の目にはなんとも間抜けな顔をした自分の顔が映ってるんだろう。
「なんとなく。なんとなくそう思ったの。……変かな?」
嬉しかった。本当に嬉しかった。
「おだてても何もでないぞ? でもせっかくだから……ご馳走でも作ろっか?」
顔を見ないようにしながら、努めて明るい声をだす。
「えっ? いいよ、そんなつもりで言ったんじゃないし」
「冗談冗談。どっちにしても今日はオレが夕飯作るつもりだったし。椎名も手伝ってくれる?」
「うん!」
「だったら早く帰ろーぜ。親父達帰ってくるだろーし」
「だね」
二人して笑うと、急いで家路についた。
オレも……椎名と姉弟になれてよかった。