EVER GREEN

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第四章「夏の日に(前編)」

No,8 時を紡ぐ旅人

 目を開けると、そこは真っ白な雪景色だった。
「…………」
 見渡す限りの白。それ以外何も見えない。
「もう何がおこっても驚かないぞ。どっからでもかかってこい!」
 誰にともなくつぶやきながら雪原を歩く。
 でも今回は何もおこらなかった。
 どれだけ歩いても景色は変わらない。雪……のわりには寒くもなんともないし。ただ――寂しい。
 哀しい。何かが足りない。そんな気がした。
 おかしい。いつもなら何かがおこってもおかしくないはずなのに。何かが襲ってくる気配もまったくない。
 まさか、これって本当に夢……?
「……あなたは誰?」
 不意に呼び止められたのはそんな時だった。
 長い金髪に青い目をした女の人。背景と同じく白いドレスを着ている。
 いや、誰と聞かれても……。アンタこそ誰?
「わたくしはシルビア」
 オレは大沢昇。
「変わった名前ね」
 そう? 普通だと思うけど。
 それでさー。根本的なこと聞くけど、ここってどこ?
「時の城よ」
 時の城?
「……見て」
 ドレスのすそをなびかせ女の人が――シルビアが片手をあげる。
 と、同時に回りに無数の砂時計が現れた。
 何? これ……?
「人の命ははかないもの。まるでこの砂みたい。だからこうして、一人一人の命を――時を紡いでいくの」
 命? 時? オレにはよくわかんない。アンタってもしかして神様ってやつ?
「似ているけど違うわ。わたくしは時の管理者です」
 そう言って笑う。
 ……あれ?
「どうしたの?」
 オレ、アンタに似た人を二人知ってる。年をとったらきっとアンタみたいになるんだろーな。
 それに、どこかで会ったような、見たような気がする。ここではないどこかで。
「そう……」
 彼女は嬉しそうな、それでいて寂しそうな、そんな顔をした。
 もう片方の手をあげると、砂時計が順番にひっくりかえっていく。
 アンタはずっとこんなことをしてんの?
「ええ」
 ……なんで?
「時を紡がないといけないから。それがわたくしに与えられた役目――運命だから」
 それって変じゃないか? 時間――命って誰かが決めるもんじゃないだろ? それをたった一人でやるなんて無理にもほどがある。
「一人で十分よ。この役目は人には重すぎるもの」
 だったらアンタはどうなるんだよ。こんなわけのわからない作業を延々とやらされて、つらくないの?
「優しい子ね。わたくしにそんな言葉をかけてくれるなんて」
 話をはぐらかすな……!?
「…………」
 それから先は続かない。
 気がつくと、目の前にいた女性――シルビアに抱きすくめられていた。
「あなたの時も止まっているのね。だから……ここへ来れたのね」
 な……!
「これ以上『過去』という鎖に縛られてはいけない。もっと前を向いて歩きなさい」
 そのまま、いつか誰かに言われたようなセリフを繰り返す。
「あなたを見ているとあの子を思い出すわ。意地っ張りで泣き虫で、でも人一倍心の綺麗な子……」
 体を離すと儚げに微笑む。
「――をお願いね。あなたみたいな子がいれば安心だわ。わたくしはもう大丈夫だから」
 なんだよ、それ。
 そんなの――
『そんなの間違ってる!』
 !?
『運命とかさだめとか、そんなの人が後から勝手につけたこじつけだろ? そこからずっと出られないってあんまりじゃない!』
 なんだ……? 急に場面が変わったぞ?
『わかった。それまであたしがアンタのさだめってやつを肩代わりしてやる。半分とはいかなくても少しは縮まるだろ?』
 いつの間にか視界が別のものになっている。
 手や足が異様に長い。これって誰かの視界を通じて場面を見てるってことなんだろーか。
『そういうことだから、あとお願い。文句は言わせないよ。なんたってあんたの十八番(おはこ)なんだから』
 目の前にいたのは二人。視界がぼやけて見えない。男なのか女なのか、それすらもわからない。
『……そんな顔しないでよ。清々したでしょ? 性悪女がいなくなって』
 その理由はすぐにわかった。
 こいつ――オレの乗り移っている奴は何か叫んでる。そして――泣いてる。
『うん……待ってるから』
 あの場所は――

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 キンッ!
「だから、こーいう起こし方するな!」
「いつまでも寝ているお前が悪い」
 ったく、こいつは。
 ちなみに今は剣の刃先をのど元スレスレのところに当てられている。それにしたって、たとえ冗談でも目の前に刃物があるってのは気持ちのいいもんじゃない。
「大丈夫? うなされてたわよ?」
 シェリアが心配そうにこっちをのぞく。
「うなされてた……オレが?」
「うん。悪い夢でもみたの?」
「夢……」
 やっぱあれって夢だったのか?
 ふと顔に手をやると目じりがうっすらとぬれていた。どうやら感情移入していたらしい。
「何か変な場所にいてさー。金髪碧眼で……。そう、シェリアみたいな女の人がいた」
 ばれないように目の辺りをさりげなくぬぐう。
「オレ達よか年上だったと思う。お前の猫かぶりみたいな話し方してた」
「誰が猫かぶりよ」
「事実だろ」
 ジト目で言うと公女様はなぜかあさっての方向を向いてしまった。やっぱ自覚はあるんだな。
「変な場所とはどこだ?」
「それは……」
 えーと……。
「忘れた」
「さんざんもったいつけておいて何よそれ」
「忘れたもんはしょーがないだろ。大体、自分が見ていた夢を逐一覚えてる奴っている?」
「それを覚えているのがお前の役目だろう」
 んな無茶苦茶な。
「一体何の話です?」
「アルベルトも聞いてよ。ノボルが見た夢の話をしてたのに忘れちゃったんですって」
 大げさにため息をつくと、極悪人は軽く目をみはった。
「夢? どんな夢をみたんです?」
「オレが……っつーか、誰かを通してのような」
 考えてみれば『夢』そのものをみること自体久しぶりのような気がする。高校に入ってからは空都(クート)か霧海(ムカイ)にしか行ってなかったし。
 初めのはいかにも『夢』って感じだったけど、後半は見てるこっちがつらかった。オレが乗り移っていた奴と目の前にいた二人と。あの三人は誰だったんだろう。どっちにしても寝覚めの悪い夢だった。
 ……あ。
「なあ。『時を紡ぐ旅人』って知ってる?」
「それがどうかしたんです?」
「いや、どこかで聞いたような気がして。じゃあ『時の管理者』ってのは?」
「……それが何か?」
「知らないならいい。ほら例のもの」
 椎名からもらったもの――羽を手渡す。
「シーナからもらったのか?」
「『今それが必要だ』って言ったら渡してくれた」
「そうか……」
 ショウがなんとも言えない複雑な表情をした。
「残りは『竜』と『剣』と霧海(ムカイ)の聖獣だよな」
「霧海のものならすでに持っているのではありませんか? リズが渡したと言っていましたよ?」
「渡したって、もしかしてこれ?」
 スポーツバッグの中から深い青のガラス体――本人はうろこと言っていたを取り出す。
「そうです。これで残りは『竜』と『剣』になりましたね」
 やっぱりそうだったのか。リズさんといい椎名といい相変わらず謎だらけだ。
「それが一番の問題よね」
「探すだけ無駄なのではないか?」
「人が助けてやろーとしている時に水をさすな!」
「誰も頼んではいない」
「…………」
 もしかして、オレってとんでもないお人よしなんじゃないか? 少なくともこいつよか性格は悪くないはずだ。あともう一人の奴よりも――
「……どうしたんだ?」
 もう一人の奴――アルベルトの顔をのぞきこむ。
 いつものエセ笑顔はそこにはない。珍しくマジな顔をして何かを考えこんでいる。
「……何か?」
「いや。なんかマジな顔してたから気になって」
「今日の夕飯を考えていたんですよ」
 表情を元にもどし、笑顔で買い物かごを手渡す。
「嘘付け。絶対何か考えてただろ……って、なんだよこれ」
「今日の一仕事です。しっかり取ってきてくださいね」
「話をはぐらかすな――」
「お願いしますね。夕飯抜きは嫌でしょう?」
 笑顔で、ただひたすら笑顔で買い物かごを押し付ける。
 極悪人は今日も健在だった。
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