EVER GREEN

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第四章「夏の日に(前編)」

No,5 シェーラの正体

「ここなら大丈夫だろ」
 さっきの場所から遠ざかること一時間。オレ達は街外れの宿の近くまでやってきた。
 なんで宿に入らなかったかというと――
「ほら」
 ショウが買ってきたばかりのものを二人に差し出す。
「サンキュ。って……」
「美味しいぞ。食べないのか?」
「いや食べるけど……」
 なんか意外っつーか、なんと言うか。
「シェーラ……だったよな。さっきの一件について話してくれないか?」
 三段がさねのアイスクリームを食べながら翡翠(ひすい)色の瞳を見据える。
「『時がくれば話す』って前言ってたよな。ここまできたからには絶対話してもらうからな」
 同じくアイスクリームを握り締めながらオレも翡翠色の瞳をにらみつける。こっちは二度も殺されかけたんだ。もしだんまりきめこむつもりなら首絞めちゃる!
「……わかった」
 オレ達の気迫に押されたのか単にアイスがとけるのがもったいなかったからか。自分のそれに口をつけるとシェーラは少しずつ語りだした。
「カトシアという国を知っているか?」
 そんな名前の国、見たことも聞いたこともない。
「ショウ知ってる?」
「ここからずっと東にある砂漠の国。代々ユゲルの血をひく女王が治める国。もっとも今は形だけらしいけどな」
「……よく知っているな」
「これでも王家直属の仕事を請け負っていたからな」
 そう言って軽く肩をすくめる。
 へー。どーりでしっかりしていたわけだ。
「で? それと何の関係があるわけ?」
 そんな国の名前を持ち出されても何のことだか全然わからない。
「……その国の女王の名を知っているか?」
 でもお嬢はオレの質問には耳を貸さず、ショウに問いかける。
「初代の統治者をたたえて代々その女性の名を受け継いでいるとか。当然その子供――王女も同じ名前になる。確か、シェーラザード……」
「『シェーラザード』!?」
 改めて目の前のお嬢――シェーラをまじまじと見る。
「そういうことだ」
 シェーラは――シェーラザードはそう言って苦笑した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

『殺される理由ならあんたが一番わかってるんじゃないのかい? シェーラザードさん』
 黒フードの言葉が頭をよぎる。
「シェーラザード・C・ユゲル・ジェネラス。それがわたくしの本当の名だ」
「でもそれって女王の名前なんだろ? お前、男だろ?」
「わたくしを見て女性だと勘違いしたのは誰だ?」
「まあ、そりゃあ……」
「ノボル……」
 ショウが疑惑の眼差しをむける。
「女の格好してたんだよ! それにこんな喋り方じゃ男だって言う方が無理だろ?」
 確かに初めて会った時は女だと思って散々気をもんだ。もっとも今のいでたちならなんとか男に見えるようにはなったけど。
「時間がなかったのだ。すすめられた服を断れば不審に思われるかもしれない。もしそれがきっかけで奴らに知られることになれば、もともこもない。あの時は容姿にこだわるより一刻も早く逃げ出すことのほうが先決だった」
 けど追っては思っていた以上に早く偶然そこを通りかかったオレ達とご対面ってわけか。
「現女王には一人娘がいた。当然その王女――シェーラザードが時期女王となるはずだった。
 だが王女は幼くして病死。その頃の王家にはユゲルの血をひく女性はいなかった」
「『ユゲルの血』って?」
「初代シェーラザード一族の血統のこと。なんでも巫女の力が宿っているらしい」
 二段目のアイスを食べながらショウが説明する。こいつってホントに何でも知ってるよなー。
「王家は慌てた。女王になる者がいなければいずれお家騒動が起こる。ちょうどそこに亡くなった王女と同じ容姿をした子供がいた――」
 それって――
「わたくしには『ユゲルの血』などという大層な代物はもってはいない。だが外見さえ誤魔化せれば性別など関係なかったのだろう」
 そう言って皮肉げに笑う。
『わたくしは王女……などではない』
 確かにこいつは王女じゃなかった。
 お嬢――シェーラの正体。それはシェーラザード王女の身代わり、替え玉だった。
「わたくしは現女王の夫が戯れに手をつけた女との間にできた子供らしい。
 妾腹とはいえ、まがりなりにも王家の血をひく者になるからな。本来『母』と呼ぶべき人物は金と引き換えにわたくしを国へ差し出したのだ」
「……ひでぇ」
 金と引き換えに子を差し出す親。物語ではありがちな話なのかもしれないけど、知り合いに淡々と言われるとなんて声を書けたらいいのかわからない。
「今となってはどうでもいいことだ。第一顔すら思い出せないのだからな」
 本当に、なんて言ったらいいのかわからない。
「王家に迎え入れられてから、わたくしは女であることを強要された。
 なぜ王女のふりをしなければならないのか、それを疑問に持つことすらも許されなかった。ただずっとこういい聞かされてきた。『お前はシェーラザードだ』と」
「……だからあんななりだったんだな」
 だったらあの容貌もうなずける。性格だってひねくれるはずだ。……多分。
「だが歳をおうにつれ身代わりにも限界が生じる。今はまだいいが、成長すれば……。そんな時、噂を聞いたのだ。『死んだはずの王女が今でも生きている』――と」
「それで、本物の王女を捜しに国を抜け出したのか?」
『本来の名があるのに別の名前で呼ばれても、当人にとっては迷惑なだけだ』
『姉上は……いるが……いない』
 あの時のセリフがよみがえる。
「じゃあ、さっき襲い掛かってきたやつらって――」
「わたくしを邪魔だと思っているやからの仕業だろう。わたくしがいなくなれば王位には自分に都合のよい者をたてられるし、今さら本物の王女を持ち出されても困るだけだろうからな」
「アンタが入れ替わったってことを周りは知っているのか?」
 ショウが翡翠色の瞳を見つめて言う。
「名目上は母上――女王とわたくしの側近以外は誰も知らないはずだ。だが、こうして命を狙われているということは気づかれているのだろうな」
 お家騒動。身代わり。暗殺者。オレのいる世界では到底起こりえる話じゃない。でもこれは現実。こいつにとっての『日常』なんだ。
「なあ、シェーラ。マジでオレ達と一緒に地球に――オレの世界に来てみない? 多少暮らしにくいかもしれないけど、こっちの方が安全だと思うぜ?」
「お前にしてはありがたい申し出だがそういうわけにもいかない。マリィやお前の家族の身にもしものことがあればどうするのだ?」
「う……」
 そこまでは考えてなかった。こいつをどうにかしてやりたいけど、もしオレの家族が危険な目に遭うとしたら……。オレはそれでも同じことを言えるだろうか。
「まあ、そのあたりはアルベルトに相談してみないとわからないだろうな」
 アイスを食べ終わったショウが重い口を開く。
 確かに。何かしてやりたいと思ったところでレ一人の力じゃ何もできない。悔しいけどあいつの力を借りた方がよさそうだ。
「だな。シェーラ、今言ったことちゃんとあいつに話すんだぞ」
 こっちもアイスを食べ終わり、まだ食べ終わってないお嬢を再びにらみつける。
「……今回ばかりは仕方ない――」
「何が仕方ないんです?」
『!?』
 三人ぎょっとした顔で後ろを振りかえる。 そこにはお菓子の紙袋を抱えた極悪人がいた。
「……前から思ってたけど、アンタ一体どこから出てくるんだ」
「企業秘密です」
 んなわけあるか。
「帰りが遅いから迎えに来たんですよ。前のようにいなくなってしまっては困りますからね。また何かあったんですか?」
『…………』
 前から思ってたけど、こいつって鋭すぎ。
「その話は後からする。……久しぶり、アルベルト」
 苦笑しながらショウが片手をあげる。
「お久しぶりです。シーナに続いて今度はあなたですか」
「? 何の話――」
「あのさ。単刀直入に言うよ」
 二人の話をさえぎるように、
「こいつの身が危ないんだ。旅が終わってからでいーから、こいつに協力してくれないか?」
 シェーラを指差しながら青い瞳を見つめる。
「……甘いですね」
 けど極悪人は目をわずかに細めてそう言っただけだった。
 なんだよ。いくらいけすかない奴だからってそこまで邪険にすることないだろ?
「『旅が終わって』と言いましたね」
「……そーだけど?」
「勝手に終わらせないでください」
「そりゃあ、一、二週間くらいかかるかもしれないけど別に急いでるってわけじゃないだろ?」
「甘いですね」
「だから……」
「短すぎます。人生には回り道が必要です」
『…………』
「ちなみに許可をもらったのは一年です。あと半年はありますよ?」
 人好きのする笑顔で爽やかにのたまう。
「アンタ……人からいい性格してるって言われない?」
「言われます。私にとって最高の褒め言葉です」
「……あっそ」
 こいつに常識を求めること自体無理な話だった。
「っつーことで、当分一緒に行動することになったから」
「……仕方ないな」
「……やむをえまい」
 そう言って三人小さくため息をついた。
 旅が続くことになぜかほっとしたのは……気のせいだろう。
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