EVER GREEN

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第四章「夏の日に(前編)」

No,3 旅の終わり?

「もっと腰を落とせ。そのままでは足元をすくわれるぞ!」
 言われなくてもわかってる!
「なんだその構えは! やる気があるのか?」
 あるからこうして挑んでるんだろ!
「言いたいことがあるのなら、かかってきたらどうだ?」
「だから、こーしてやってんだろ!」
 とうとうこらえきれず最後の一言だけは声に出してしまった。
 霧海(ムカイ)からもどってはや二週間。あれからずっとお嬢相手に剣の修行中。とは言ってもどうやったら当てられるんだ? 悔しいけどこいつの腕ははるかに強いし。
「ノボルー、シェーラー!」
 シェーラの注意が声のする方へそがれる。今だ!
「りゃああああっ!」
 お嬢に向かって剣を振り下ろす。
「汚いぞ! 貴様それでも男か!」
「こうでもしなきゃお前に勝てないだろ!」
 もはや修行でもなんでもない気がしないでもないけど、とりあえず一撃だけは当てたかった。
「くっ!」
 でも相手の方が一枚上。不意打ちにもかかわらず片手でみごとに受け止める。
「お前強すぎ! たまには大人しく倒れてろ!」
 いかにも悪人のセリフを吐きながら攻撃を続ける。
「……おい。このままだとシェリアに当たるぞ。それでもいいのか?」
「ばーか。その手にひっかかる――」
「アタシのこと呼んだ?」
 げ、マジでいたのか?
「シェリア、危ないから向こうに行って――」
 声のする方へ顔をむけたその時、
 ドカッ。
「お前、汚いぞ……」
「はじめにやったお前が悪い」
 頭上には剣を片手に冷たく見下ろすお嬢の姿があった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「お前もうちょっと手加減しろよなー。こっちはど素人なんだぜ?」
水でぬらしたタオルを当てながら恨めしげにお嬢を見据える。
「手加減はしないとはじめから言っていた。音をあげるようならはじめからするな」
「あー、はいはい。オレが悪かったって」
 両手をあげて降参のポーズをとる。
「なんで剣術なんかはじめるようになったの? 前は全然やる気なかったじゃない」
「やる気もなにも『時間の無駄遣いはするな』って極悪人に言われたんだよ。シェリアだって聞いたろ?」
「だったらなおさらよ。どうして?」
「それは――」
「それは?」
「…………」
 言えない。と言うか言いづらい。なんか前にもあったぞ。こんな場面。
「シェリア。何か用があって来たのではないか?」
 剣をしまいながらお嬢が問いかける。
「そうそう。お弁当持ってきたの。みんなで食べようと思って。いつまでもノボルに作ってもらってばっかりじゃ悪いし、たまには女の子らしいとこ見せないとね」
 胸をはり、嬉々としてバスケットを開ける。そこには色とりどりのサンドイッチが入っていた。
「飲み物はないのか?」
「え? ホントだ。待ってて、今持ってくるから」
 それだけ言うとぱたぱたと駆け出した。
「ふー」
 タオルを顔にのせたまま草の上に寝転ぶ。
「サンキュ」
「礼を言われるようなことはしていない」
 返ってきたのはそっけない返事だった。
「……なあ。オレ、少しは強くなったかな?」
 目をつぶりタオルごしに問いかける。
「知るか」
 返ってきたのはいつにもましてそっけない返事。もーちょっと気の聞いたセリフを言ってくれても罰は当たらないと思うぞ。
 シェーラに稽古(けいこ)をつけてもらっている理由はただ一つ。このままじゃあまりにも情けないから。まあファンタジーの世界でいきなり剣や魔法が使えるとは思ってなかったけど。……まあ少しは期待したけどみごとに使えなかったけど。
 シェリアや椎名が危険な目に遭っている時、結局オレは何も出来なかった。それってあまりにも情けない。せめて本当の意味で自分の身くらい守れるようにならないとマジでやばい。
「オレ、強くなれるか?」
「……それはお前次第だろう?」
「そーだな」
 タオルごしだから相手の表情は見えない。まあ『知るか』じゃなかっただけでもよしとしよう。
『自分だけの強さを見つけろ』その言葉が意味するものは正直よくわからない。けど、強くなりたい。大切な人を守れるように、極悪人を見返せるようになりたい。本気でそう思った。
「マリィはどうしたのだ? あれ以来姿を見せないようだが」
「椎名なら部活中」
「ブカツ?」
「弓の稽古(けいこ)」
 椎名――大沢まりい。オレの義理の姉は弓道部に入っている。だから夏休みはほとんど返上。仮に部活に入ってなくても、ここには来れないんだそーだ。
『私も空都(クート)に行きたい。だけど今はその時じゃないと思う。だから――』
 考えてみれば椎名も謎だらけだ。空都の住人であるシェリアと友達だし霧海(ムカイ)に来た時もそれほど動じてなかったし。
「マリイと言えば……。シェリアに邪なことはしなかったのだろうな?」
 今日何度聞いたかわからないセリフを突きつけられる。
「しつこい! 部屋の外に出たって言ったろ?」
 タオルをとり今日何度言ったであろうセリフを言い返す。
「そもそも、なぜ彼女がお前の部屋に入ってくるのだ」
「だから一人だと退屈だったって……」
 と言いつつもなぜか言葉につまってしまう。
「お前がそそのかしたのではないか?」
「だったらお前はどーなんだよ。霧海の時だって一人寝てたじゃねーか」
「あれは……っ!」
 今度はシェーラが言葉につまる。
「第一、なんでそんなにつっかかってくるんだよ。お前もしかしてシェリアのこと好きなのか?」
「そのようなことあるはずがないだろう!」
 ……なら、そんな力いっぱい否定すんなよ。
「お前こそシェリアのような女性が好きなのではないのか?」
「だから――」
 言いかけて口をつぐむ。
「やめやめ。すっげー不毛だ」
「……そうだな」
 むこうもそう思ったらしく短く息をはいた。
 第一なんでオレらがこんなこと言いあわなきゃならんのだ。まあ、あいつのこと嫌いじゃないけど。
 ……っつーか、昨日――
「あーっ! やめやめ! それこそどつぼにはまる!」
 強制的に思考を中断し再び仰向けになる。
「……旅が終わるってのもなんだか味気ないよなー」
 気がついたら異世界で、公女様の護衛と極悪人の弟子――という名前の雑用係になって。お嬢に会って黒フードに狙われて霧海(ムカイ)にいて。
「お前もすごい経験したよなー。異世界ワープなんて普通出来ないだろ?」
「二回もしているお前はなんなのだ」
「言えてる」
 そう言ってけらけらと笑う。考えてみれば、こいつ相手にこんなふうに笑えるようになったのってここ最近になってからだ。これって少しは成長したってことか?
「……ノボル。お前は不安に思ったことはないのか? この世界はお前のいる世界とは違うのだろう?」
 翡翠(ひすい)色の瞳が鋭く光る。
「そりゃあ剣とか魔法とかないし、そんなの持ってたら即逮捕だろーけど」
「そういうことではない! 見ず知らずの場所に一人取り残されて嫌だと思ったことはないのか? 逃げたしたくなったことはないのかと聞いているのだ!」
 その表情はいつにもまして真剣だった。
「そりゃ黒フードに襲われた時は正直帰りたいって思ったさ。でも結局はこうしてここにいるしなー。今のオレに言えることといえば……」
「いえば?」
「ま、なんとかなるさ」
 別名、できる時にできる事をする。やれる時にやれることをやれ。ふさぎこんでてもしょーがないし、それよか前に進んだ方がよっぽどいい。
「お前は能天気すぎるのだな」
 やっぱりそっけなく言うと視線を元に戻す。
「せめて前向きだと言ってくれ」
 これって前にも誰かに言われたぞ? オレってそんなに能天気に見えるのか?
「……お前のようになれたらな」
「それは嫌味か」
 そう言って再び苦笑する。こいつってオレよか年下のくせに可愛げないよなー。ま、男にそういうものを求めるのも不自然か。
「お前、これからどーするんだ? シェリア達はしばらくここに滞在するだろーし。確かどこかに行くんだったよな?」
「そうだが……」
 そう言って口をつぐむ。
「言いたくないなら言わなくてもいいけど。なんならオレ達と一緒に来る?」
 返事はなかった。
「あ、でもお前急いでたっけ? だったら――」
「…………いいのか?」
「? 何が?」
「別に……」
 そう言ってすねたようにそっぽを向く。へー。こいつでもこんな表情することってあるのか。
「そのうち新しい剣を購入しなければならないな」
「なんで? 今のでいーじゃん」
「強くなりたいのだろう? だったらそれに見合うだけの力をつけろ。いつまでもわたくしは待つのは嫌いだ」
 相変わらずのそっけない口調。でも怒る気にはならなかった。
 そっか。こいつはこーいう奴だったよな。
「じゃあ練習再開といきますか」
 起き上がると模擬戦用の剣を握り締める。
「威勢だけは一人前だな」
「うるさい! いくぞ!」
 雄叫びと共にお嬢に切りかかる。
 どうやら筋肉痛の日々はしばらく続きそうだ。
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