EVER GREEN

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第四章「夏の日に(前編)」

No,12 時空転移(後編)

「…………っ!」
 陣の中心部ほぼスレスレにナイフが突き刺さる。とっさに短剣(スカイア)で結界をはってなかったら間違いなく死んでた。
「君って本っ当にカンがいいね。脱帽ものだよ」
 黒フードを目深にかぶり、暗殺者が近づいてくる。
「なんでそう何度も来るんだよ。そんなに暇なわけ?」
 いつでも反撃に移れるよう短剣を握り締めながら暗殺者を睨む。
「仕事だからね。第一、今日はぼく一人だろ?」
 確かに、周りには暗殺者以外敵らしき者は誰もいない。かと言ってこの前のこともあるし、安心していいという要素にはならないけど。
「なにが『ぼく』だ。暗殺者がそんな一人称使うな!」
「ひっどいなー。それって偏見じゃないか」
 外見とは対照的な軽い口調。けど今までが今までだけにうかつには手を出せない。
「……まだわたくしをつけ狙うつもりか」
 三日月刀を構えながらオレと同様、シェーラが睨みつける。
「暗殺者だってバリエーション豊富だよ? もしかしたら『私』とか『あたし』とか言って平然と殺す人間だっているかもしれないじゃないか――」
「質問に答えろ!」
 いつにも増してお嬢の表情は険しい。当たり前か。自分の命を狙う人間と何度も顔をあわせたところで嬉しいことはなにひとつもないだろーから。
「お望みならそうしてもいいんだけどね。あいにく今日は別件」
 そう言って肩をすくめる。
「別件?」
「君だよ君」
 暗殺者の指す先にあるもの。それは――
「……オレ?」
「そうそう。もっとも、ぼく自身の興味に近いけど」
「オレはアンタに興味なんかねーんだよ!」
 男に言われも嬉しかない。第一、前は殺されかけたんだ!
「そう言われると余計興味がわくんだよね」
 相手はこっちの反応を面白がるように一歩一歩近づいてくる。
「…………」
 自然と短剣を握る手に力が入る。結界を保てるのはわずか30分。果たしてそれまでにこいつが引き下がってくれるだろうか。
 けど、陣まであと少しというところで暗殺者の足が止まった。
「……ショウ?」
「ここは俺がくいとめる。お前は術に集中しろ」
 オレの方はふり向かず、前を向いたまま斧を構える。
「へぇ。相手してくれるんだ。ぼく君と一度、本気でやりあってみたかったんだよね」
「それはどうも。……ソード、陣を離れるけど構わないよな?」
 やはり後ろは振り向かないまま、諸羽(もろは)に問いかける。
「……背に腹は変えられないよ。でもできるだけ早く戻ってきて。長引けば長引くほど術が発動する確率が低くなるから」
「それはこいつ次第だな」
 それは言えてる。ショウも強いけど、暗殺者だって十分強い。決着がつくかどうかは神のみぞ知るところなんだろう。
「話は済んだみたいだな。じゃあ――いくぜっ!」
 雄たけびと共にショウに向かってナイフを投げつける。
 キンッ!
 ショウが斧を使ってナイフを器用に跳ね返す。
「やるね。そうこなくちゃ」
「ならこっちへ来い!」
 ショウは奴を少しでも陣から遠ざけようとしている。 こっちの意図を知ってか知らずか暗殺者もそれに習いナイフを投げる。
 けど――
「アンタもそうとう疲れてるんじゃない?」
「そう思うなら少しは手加減してくれ」
「冗談。アンタの強さは十分わかってるつもりだし。だからこうして距離をとってるんじゃないか」
 暗殺者の言うとおり、二人はお互いに距離をとりながら戦っていた。投げナイフと斧。長期戦になればなるほどショウには分が悪すぎる。
「そうだな。じゃあ俺も飛び道具を使わせてもらうさ」
 斧をしまうと、目をつぶり言葉を紡ぐ。もしかしてこれって――
「……暁の炎よ、全てを薙ぎ払え!」
 ショウの手から生まれた炎が暗殺者目がけて放たれる。
「うわっ!」
 さすがにこれはかなわなかったらしい。よく見るとフードに火が燃え移っていた。
「あーあ。せっかくの一張羅だったのに。弁償してくれるんだろうな?」
 ブツブツと呟きながら着ていたフードを脱ぎ捨てる。歳くった、いかにも暗殺者といった姿を想像してたのに、その風貌は思ったよりも若かった。
 銀色の短い髪に青い目。身に着けてる服が黒ずくめじゃなかったら誰も暗殺者とは思わなかっただろう。
「アンタもしかして……?」
「ご名答。やっぱり君って強かったんだねー」
「だったら俺達に近づくな。こっちにも飛び道具があるってわかっただろ?」
 暗殺者とは対照的にショウはいたって冷静に答える。
「君ってすごいねー。武器だけじゃなくて術も使えるんだ。まるでいっぱしの騎士だ」
「そこのお偉いさんから鍛えてもらったからな。地道にやってれば誰だってそれなりに強くはなる。アンタもそうなんだろ?」
「まあ、そうかもね……」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 二人の戦いはまるで映画かゲームのボス戦そのものだった。
 こんな緊迫した状態だってのに、オレは二人のやりとりに見とれていた。いや、見ていることしかできなかった。それと同時に自分の無力さも思い知らされたような気がした。
 成り行きでここにいる自分。
 陣の前で戦闘を繰り返すショウと暗殺者。
 どうしてオレって何も出来ないんだ?
 思わず陣から出て行こうとしたその時、隣から腕をつかまれた。
「ショウが言っただろう。『ここを動くな』と。お前はそれを無にするつもりなのか」
「けど……」
「お前は早く術を完成させるのだ。ここは貸しにしておく」
 三日月刀をスラリと抜き、陣を後にする。
「……サンキュ」
「後で倍にして返すのだぞ」
「それは遠慮しとく」
 そう言いながらも、お嬢のいつもの物言いになぜかほっとしてしまった。
「まずは術を完成させてからよ。完成さえすればあとはどうとでもなるんだから」
 目をつぶったままシェリアが言う。
 詠唱は後半にさしかかっていた。
「――三つの世界、空都(クート)、霧海(ムカイ)、地球よ。心あらば我らの声を聞き入れよ」
 キイィィィ――
「……?」
 五紡星が光を帯び始める。
「おい! なんか光ってるぞ!?」
「術が発動しかけているんです。あなたがしっかりしなくてどうするんですか!」
 同じく目をつぶったままアルベルトが答える。額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
 そうだ。まずは目の前のことに集中しないと。ショウだってシェーラだって。シェリアも諸羽(もろは)も極悪人すら必死になってるんだ。ここでオレが何もしなったら嘘になる。『何も出来ない』じゃない。自分にできることを今やらなきゃいけないんだ。
「『彼の者に三つの聖獣の加護のあらんことを』……大沢、早く!」
「わかってる!」
 慌ててズボンのポケットから紙切れを取り出す。
『二人を地の惑星へ導きたまえ』これさえ言えば術は完成する。シェーラを地球へ連れて帰れる。暗殺者ともおさらばできる……はず。
「……我は地の星に生を受けし者。我が名は大沢昇(おおさわのぼる)。我が願いは――」
 これで、旅も――
「二人を地の惑星へ…………っ!?」
 体中の力が抜け地面に崩れ落ちる。気力で立とうとしたけど間に合わず方膝をつくのが精一杯だった。
「大沢? どうしたの?」
「わか……んね。なんか気持ち悪い……」
 そう答えるのもやっとだった。
 体中を襲う疲労感。オレ、一体どーしたんだ?
『――をお願いね』
 同時に響く女の声。
「……っ!」
 ……まただ。なんでこんな時に――
「悪い、なんかやばそう……」
 今度は急激な睡魔に襲われる。いつもの――地球に帰る時のとは全然違う。もっと強制的な、体中の力を誰かによって奪われていくような――

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 そこから先は記憶がない。
「――人は、なぜ戦う? 人は、なぜ自ら過ちを犯す? 人は、なぜ……時を紡ぐ?」
「……ノボル?」
 誰かが呼びかけている。あれは誰のものだったんだろう。
「あなた、その目……!」
『待ってるから』
 アンタは誰を待ってるんだ?
「……我は神の娘に使えし者、我は……」
 ……アンタは一体誰なんだ?
「時の環(わ)を砕くため、三人の使者に幸福をもたらすため、時の鎖を断ち切る!」
「…………!」
 術の詠唱が終わったのとナイフが飛んできたのは、ほぼ同時だった。
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