EVER GREEN

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第三章「海の惑星『霧海(ムカイ)』」

No,8 いざ、リドックへ

「この格好でこの場所を歩くのは無理があるって」
「泣き言を言うな。わたくしだってやっているのだ」
「いいよなー。年季の入った奴は違うよな」
「貴様……」
「そこ! さっきから何やってるのよ! 置いていくわよ!」
『…………』
 昨日と同様、オレとお嬢は女の格好のまま、黙々とリドックを歩いていた。
 聖地リドック。昨日の女の人達はそう呼んでいた。
 聖地と呼ばれるだけあって、人の出入りはほとんどない。逆を言えば、手入れがあまりできていないというわけで。異世界に来るようになって色々なところを旅してきたけど、こんな森の中をサバイバル同然に歩くことになるとは思わなかった。おかげでロングスカートも泥だらけ。
「そんな格好しなければよかったのに。だから汚れるのよ」
「誰がさせたんだ。誰が!」
 シェリアと椎名は動きやすい服装をしている。シェーラは初めてあった時と同じ格好。その中でなぜかオレだけがロングスカートにヅラと非常に動きにくい格好をしていた。
「なあ、これ脱いでもいいだろ? どうせ誰も入ってこないって」
「ダメ。見つかったら極刑よ? ガマンなさい」
 昨日の人と全く同じ事を言いながら、黙々と道を進む。
「けどさ、『リドックで会いましょう』っつっても、一体ここのどこにいるんだ?」
 確かに手紙にはそう書かれてあった。でもリドックと呼ばれる場所がこんな場所とは思わなかったし。本当にどこにいるんだか。
『…………』
 返事は誰からも返ってこなかった。
「ほら、カリンさんなら知ってるんじゃない?」
 沈黙を破ったのはシェリアだった。でも『そこまでは僕にもわかりません』という彼の言葉に再び沈黙せざるをえなかった。
「……もしかして、あれじゃないかな?」
「え?」
 全員、椎名の指差した方角を見る。そこには真っ白な建物があった。
「神殿……?」
「まあ聖地って言うからにはこんなのがあってもおかしくはないよな」
 見た目からしていかにもって感じの建物。ギリシャ神話にでも出てきそうな大層な代物だ。
「あれ、誰かいる……?」
 神殿の前には先客がいた。
「カリンくん遅いよ? 待ちくたびれちゃったよ」
 藍色の髪の女子。視力が悪いのかメガネをかけている。紫色の瞳はくるくると元気よく動き、そのすぐ横には淡い緑色の発光体――妖精らしきものがいた。
「すみません。支度に手間取ってしまって」
 いつの間にか人間の姿に戻ったカリンさんが苦笑する。
「……って、戻っても大丈夫なの?」
「ここまで来れば、大丈夫ですよ。ノボルさんもその格好脱いでも大丈夫ですよ」
「その格好?」
 メガネの女子がオレの方を見て……絶句した。
「もしかして、君、この前眠ってて刀を突きつけられそうになっていた子?」
「……多分、そう」
『刀をつきつけられる』ってのは、きっとお嬢なんだろーな。そんなことを考えながら曖昧な笑みを返す。
「……君ってオカマさんだったの?」
「違うっっ!!」
 かぶっていたヅラを床にたたきつけ、心の底から否定する。
「安全策をとったんです。肉体的疲労は少なくてすみますから」
 苦笑しながらカリンさんがフォローを入れるも、今の一言にはかなりの精神的ダメージをうけた。
「そうなんだ。じゃあ仕方ないか。あ、はじめまして。わたしはリズ。よろしくね」
 メガネの女子――リズさんがそう言って右手を差し出す。
「あ、うん。オレは大沢昇……」
 反射的に差し出された手をとろうとして、
「…………?」
 一瞬、妙な違和感を感じてそれを離した。
「?」
「あ、ごめん。それで、そっちの妖精らしきものは……」
「失礼ね。れっきとした海の妖精よ。あたしはマリーナ・クルヴェス。この子のお守り役さ」
 どこかで見たような、緑色の発光体がこっちに呼びかけてくる。それにしても『海の妖精』ってなんだよ。
「アンタ達をこの中に連れて来いって言われてるからね。案内するよ。ついてきな」
 見た目とは裏腹に、ずいぶん姉御肌な妖精だ。
「この者達は何と言っているのだ?」
 やっぱり言葉は理解できていないらしく、シェーラとシェリアが前回と同様、わけがわからないといった表情をする。
「そっか。お前らわかんないんだよな。言葉が通じないって不便だよなー」
「お前が異常なだけだ」
「そうそう」
 二人がジト目で言う。
「でもそのままじゃ不便でしょ。はいコレ。その人達に渡して」
 そう言ってリズが取り出したのは指輪だった。
「なんと言っているのだ?」
「これをつけてみろってさ」
「……一体、何が起こるのだ?」
「さあ。とりあえずつけてみれば?」
「やってみようよ。アタシこっちね。カリンさんはこっち。シェーラはこれ」
 シェーラは胡散臭げに、シェリアは嬉々として指輪を見つめる。ちなみにシェーラのは金色に水色、シェリアには銀の輪にピンク色の宝石がはめこまれていた。
「……何もおこらないではないか」
「時間がかかるんじゃない?」
「綺麗な指輪だよね」
「シーナさんもはめてみますか?」
「……なんか、えらい盛り上がりだよな」
 指輪談議で盛り上がっている団体をよそに、ロングスカートと上着を脱ぎ捨てる。Tシャツに短パンとしまりのない格好ではあるものの女装するよか断然マシだ。
「まあ、お兄ちゃんの作ったものだから」
 お兄ちゃん?
「あれ? リズさんってこっちの言葉わかるんだ?」
「これでもお兄ちゃんの妹だから」
「……お兄ちゃんって、リザ?」
「そだよ。兄がお世話になってます……って、よくわかったね」
「こーいうの作れる人ってのはリザくらいしかいなさそうだし」
「それもそうだね」
 確かに。髪の色といい、容姿といい、リザと似ている部分がある。そう言えば、はじめてあった時に妹の話してたっけ。
「あ、リザの妹ならさ。コレのことわかる?」
 スポーツバックの中から狼の彫刻を取りだす。
 彫刻を手に取ると、『へー』とか『ふーん』としきりに声をあげ、紫の瞳をよく動かしていた。それにあわせて表情が面白いくらいに変化している。やっぱこーいうとこ兄妹だな。
「よくできてるよね。これなら完成までもうちょっとだよ」
 一通り眺め終わった後、そう言って彫刻を返す。
「……これ、完成じゃないの?」
 どこかに手を加えろって言われても、オレの技術じゃ絶対無理だぞ。
「作品としては完成なんだけど、最後のツメをしなくちゃ」
「ツメねぇ」
「ヒントあげるね。お兄ちゃんの道具は心に反応するの」
「心に?」
「ヒントはそれだけ。頑張ってね」
 そう言っていたずらっぽく笑う。って言われても全然わからないんですけど。
「――すごい! すごいわ! この指輪」
 一方、背後では指輪談議も終わりにさしかかっていた。
「へー。言葉わかるようになったんだ」
「うん。さっきまでカリンさんと話をしてたの。ね、シェーラ」
「…………」
 あ、こいつちゃっかりはめてやがんの。あれだけ胡散臭そうに見ていたくせに。
「話ができることにこしたことはありませんからね。リズさんありがとうございます」
 金色にエメラルド色の宝石のはまった指輪を見せながら、カリンさんが頭を下げる。どうやら彼もまんざらではなさそうだ。
「どう? お兄ちゃんの自信作。いけてるでしょ。これで、どんな世界に行っても大丈夫。ノボルくんもいる?」
「オレは遠慮しとく」
 どーやらオレと椎名は必要なさそうだしな。
「お兄ちゃん?」
 シェリアが不思議そうな顔をする。
「リザ・ルシオーラさんの妹なんだってさ」
『えーーーーーっ!?』
「あなた、あの『リザ・ルシオーラ』さんの妹!?」
 興奮もさめやらぬまま、シェリアがガクガクとリズさんの肩を揺さぶる。
「う、うん。リズだよ」
「ルシオーラさんに妹がいたんだ……」
 椎名が感慨深げにつぶやく。リザ……一体、過去に何があったんだ。
「あなたがシーナさん? ごめんねー。お兄ちゃんああ見えても女ったらしだから。女の人見るとすぐに口説いちゃうんだよね」
「じゃあ、あれって……」
「お兄ちゃんの許容範囲は十六歳以上なの」
「…………」
 椎名の表情に亀裂が走った。椎名……一体、過去に何があったんだ。
「これからもお兄ちゃんをよろしくね」
 一方、『ルシオーラさんの妹』はオレの時と同様みんなに握手を求めていた。
「ノボルくんも。改めてよろしくね」
 子供のような笑顔を向け、再び右手を差し出す。
「……うん」
 今度はしっかりと手を握った。
「じゃあ中に入ろう。お兄ちゃんもアルも、この中にいるの」
 リズにならい、みんな神殿の中に入っていく。
 そんな中、オレはただ一人その場に立ちつくしていた。
「ノボルさん? どうかしましたか?」
 カリンさんが心配そうな表情をする。
「……なんか、違和感を感じる」
「ああ。リズさんはネレイドですから。この世界では純粋な人間は少ないんです。あなた達とは――」
「そうじゃない」
「え?」
「そうじゃなくて。何か根本的な何かが違うような気がする」
 まるで、この惑星の生物ではないような……
「ノボルさん?」
「ごめん。オレの考えすぎ。さ、行くか」
 慌てて笑顔を向けると、オレも皆にならって神殿の中に入った。
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