EVER GREEN

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第三章「海の惑星『霧海(ムカイ)』」

No,7 悪夢再び

 旅の同行者が一人増えた。
 だからと言ってリドックへ行くことが中止になるはずもなく、当然、女装が中止となるわけでもなく。
 そう、オレはシェリアやシェーラ、カリンさんだけでなく椎名の目の前で女装をお披露目することになったのである。
「ノボルー、準備できたー?」
「…………」
「黙っていても、日が暮れるだけよー?」
 そんなことはわかってる!
「いい加減、あきらめたらどうだ。姉上が待ちくたびれているぞ」
 その姉上に見られるのが嫌なんだよ!
『ノボルー!』
 あー、もう!
「今行く!」
 なかばやけくそでみんなの前に出て行った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「ようこそ。リドックへ向かわれる方ですね。通行証を」
 街の入り口で、受付係であろう紫の髪の女の人に呼び止められる。
「…………」
「どうされました?」
(おい。何と言っているのだ?)
 隣でシェーラが言うもそれは無視。
「もしかして、気分がすぐれないのですか?」
 女性が心配そうな顔をする。
(心配してるみたいよ? 何か言ってあげたら?)
 隣でシェリアが肘をつつく。
「……大丈夫です。お気遣いなく。コレ、通行証です」
 必死で笑顔を作り、目の前の女の人にそう答えた。
「はい。確かに」
 そう言って通行証を受け取る。
「あのー。どうしてここは女性しか入れないんですか?」
「え?」
「あ、すみません。ここに来たの初めてなんです」
 焦げ茶色のヅラをずれないように押さえながら笑顔を向ける。
「初めての方なら仕方ありませんね。ここが女性だけの街であるのはもちろんですが、リドック自体が男性をうけつけようとしないんです。リドックは神聖な場所ですから。本来は巫女しか入れないんですが、時々こうして公開しているんですよ」
「あのー。もし男の人がこの街に入ったらどうなるんですか?」
「強制排除ですね。もしくは極刑です」
「…………」
 笑顔で、さわやかに、えげつないことを言うこの人に、オレは絶句せざるをえなかった。
「もっとも、用がない限り誰も近づこうとはしないんですけどね。通行証、確かに確認させてもらいました。どうぞお通りください」
 とにかく、これから危険な場所へ向かおうとしていることはよくわかった。
「じゃあワタシ達はこれで……」
 こんなところは早く立ち去るに限る。そそくさとその場を離れようとすると、
「待て。そこの方。焦げ茶色の髪の――長身の方だ」
 さっきとは違う別の声に呼び止められた。
「妙な違和感を感じるが……。あなたは本当に女性か?」
 赤髪のショートカット。軽そうな鎧を身に着けている――が、疑わしそうな視線をオレの方に向ける。
「…………」
 男です。とは言えない。
「どうした? なぜ顔を隠そうとする」
 いや、なんかボロがでそーだし。とは言えない。
「すみません。ノボ……妹は、人見知りしてしまうんです」
 とそこへ、椎名がオレと女性の間に入って喋る。
「御姉妹……ですか? あまり似てませんね」
 初めに会った女の人が、さっきの人と同様、いぶかしげな顔をする。
「ええ。私とこの子の親同士が再婚したんです。そうよね?」
 目配せをしながら椎名がこっちを見る。
「う、うん。そう……よね? ワタシ達、今までずっと二人でやってきたものね? 姉さん」
 椎名にあわせ、慣れない女言葉を必死に使い姉の手をとる。
「怖かった。ワタシ怖かったの」
「長い旅だったものね。もう大丈夫よ」
 そう言って、二人ひしと抱き合う。ここまでくると恥ずかしいだの嫌だの言ってられない。
「あら? 御両親が再婚されたって……」
「はい。今まで親元を離れて暮らしていたんです。これからリドックへいる両親に会いに行くんです」
「……リドックへ?」
『はい』
 二人手を取り合い、真摯な表情で二人の女性を見つめる。
「……失礼ですが、あなた方のお名前は?」
 赤髪の女性がオレ達を交互に見る。
「シーナ・アルテシアです。この子はオーサ・アルテシア」
「オーサさんにシーナさんですね。わかりました。どうぞお通りください」
 こうして今度こそ本当にその場を後にした。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「ここまで来ればもう大丈夫ね」
「そうみたい……だな」
「……ああ」
『…………』
 一瞬の沈黙。
「『ワタシ達今まで二人で』……だって!」
「『ワタシこわかったの』……!」
「…………!」
 一斉に笑い出した。
「あ、あの顔といったら……!」
「笑うな! こっちだって必死だったんだぞ!」
「おまけに、その声!」
「うるさい!」
 容姿がどんなにそれらしく見えても、ふだんの声じゃ男ってことがバレバレ。だからカリンさんに術をかけてもらった。なんでも変身? の類は彼の得意分野らしい。おかげで今は怒鳴り声すら女らしい。
 ……終わった。オレの人生完璧に終わった。
「二人とも、そんなに笑わなくても……」
 椎名が顔をふくらます。
「ごめんシーナ。笑いがとまらない……」
 だからって、涙流してまで笑うことないだろ。
「なんとか言ってやってよ。カリンさん……」
「…………」
 カリンさんは、狼の姿のままうずくまって笑っていた。
「マリィ。そなたには演劇の才能があるな」
「シェーラくんまでー」
 笑いの渦はそれから三十分は続いた。
「ごめんね。勝手に変な名前つけちゃって」
「……いいよ。オレも思いつかなかったし。しばらくは『オーサ・アルテシア』でいくさ」
 ここまでくると、怖いものは何もない。誰に気兼ねすることなく堂々と街の中を歩ける。
 ……ああ。オレの人生、本当に終わってしまった。
 さようなら、オレの安息の日々。『青春のバカヤロー』と砂浜をかける自分の姿がなぜか脳裏に浮かんだ。
「椎名もここ(霧海)の言葉わかったんだな。てっきりオレだけかと思ってた」
 深いため息をついた後、椎名に呼びかける。
 現に、シェリアとシェーラは理解できてないし。地球人の特権か?
「うん……」
 彼女にしては歯切れ悪く答えると、スッとオレの頬に片手をあてる。
「椎名?」
「顔。こうしてると女の子に見えるよ。可愛いし」
 褒め言葉なんだろうけど、ものすごく喜べない。
「ごめん。男の子に『可愛い』って変だよね。でも、ちょっと懐かしくて」
「懐かしい?」
 手を離すと、椎名は目を細めて微笑んだ。
「うん。ちょっと……ね」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 色々なことがあった一日だった。
「……さっきから何をしているのだ?」
 ここはさっきの街の宿の一室。背後からお嬢の呆れ声が聞こえる。
「宿題」
 後ろの声には振り返らずに、黙々と作業を続ける。ちなみに宿題は以前カリンくんの傍らで彫っていた狼の彫刻のこと。
「それは狼か?」
「見える?」
「それらしくはな」
「…………」
 作業をやめて、お嬢の顔をじっと見る。
「なんだその目は」
「オレ、初めてお前がいい奴に見えた」
「どういう意味だ」
「気にするなって。……よし、こんなもんだろ」
 できあがった狼の彫刻に、やすりをかける。
「それは一体何の役に立つのだ?」
「さあ? 何か作っとけって言われただけだし」
 そう言って、できあがった彫刻をスポーツバッグの中にしまう。
「明日はいよいよリドックだな」
 シェーラが感慨深げにつぶやく。
「これで、この格好とおさらばできるんだよな?」
 スカートの裾をぎゅっと握る。
 声だけはカリンさんに頼んで元に戻してもらった(学校もあるし)。でもここが女だけの街である以上、この前みたいにすぐ女装を脱ぐわけにはいかない。かと言って、この格好は肉体的にも、精神的にもかなりのダメージがある。
「貴重な経験をしているではないか。お前のような人間はそういまい」
「それはどーも。確かに女装好きのヤローに会えましたからね」
「それは違うと言っている!」
「どーだか。案外気に入ってんじゃねーの? それ」
「お前こそどうなのだ。オーサ・アルテシア殿?」
「……オレ、無性にお前殴りたくなってきた」
「同感だ。貴様は痛い目にあわなければわからないようだな」
 一触即発。とっくみあいをはじめようとしたその時だった。
「二人で何騒いでるのよ! ケンカしてバレたら大変でしょ!」
 眉を斜めにつりあげたシェリアが怒鳴り込んできた。
『…………』
『お前の声が一番騒がしい』と言ったら、余計怒られるだろーか。
「気持ちはわかるけど、もう少しだけなんだから」
 両手を腰に当てて、意味もなく胸をはる。
「本当に『もう少し』なんだよな?」
「当たり前じゃない。任せといて。明日もしっかりばっちり女の子にしてあげるから」
 ……いや、今も充分女の子なんですけど。
「とにかく、大声だけは出さないでよね」
 言いたいことだけ言うと、本当の女の子はすぐさまいなくなってしまった。
「……寝よーか。オレ、もうすぐ学校なんだ」
「……同感だ」
 こうして二人の不毛な争いは幕を閉じた。
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