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第三章 海の惑星『霧海(ムカイ)』

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第三章「海の惑星『霧海(ムカイ)』」

No,6 姉上、霧海(ムカイ)へ

『…………』
 場所は、さっきと同じ宿の一室。
 あまりといえばあまりのことに、オレは――オレ達は固まっていた。なぜなら、目の前には同じ瞳をした女子――シェリアと……椎名がいたから。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 時間は少しさかのぼる。
「シェリアー?」
 公女様を捜しに宿をうろついてはみているものの、彼女の姿はどこにもない。やっぱ外にでも行ったのか?
 仕方ないので部屋にもどると、カリンさんの姿はなく、お嬢だけが眠っていた。
「おい、起きろよ」
 そう言ってゆさぶるも、いっこうに目をさまさない。
「起きろって……ん?」
 気配を感じて振り返ると、そこには焦げ茶色の髪に明るい茶色の瞳をもつ女子がいた。
「……また変装したの?」
 軽くため息をついて、椎名――シェリアを見据える。
「……?」
「ここは空都(クート)じゃないんだからそんなのする必要ないって言ったろ?」
「…………」
 シェリアは何も言わなかった。めずらしいな。いつもなら何か言ってくるのに。
「そんな服どこで見つけたんだ? それじゃまるでオレの学校の制服……」
 …………制服?
「昇……くん」
『昇くん?』
「お前、シェリア……だよな?」
「…………」
 シェリアはゆっくりと首を横にふった。
「じゃあ……」
 落ち着け。落ち着くんだ。大沢昇。
「…………」
 深呼吸をして、改めて目の前の女子を見る。
 この容姿でオレをそんなふうに呼ぶ女子は……今のところ一人しかいない。
「…………椎名?」
「…………」
 数秒の沈黙の後、シェリア――椎名は首を縦にふった。
「昇くん、ここは……どこ?」
「…………」
 あまりのことに、オレもなにがなんだかさっぱりわからない。
「ノボル、もう起きたの? 早かった――」
 別の部屋から同じ顔がもう一人現れ、今の状況ができあがった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 右にはシェリア、左には椎名。こうして並ぶと確かに似ている。むしろ気づかなかったほうが不思議なくらいだ。……って、感心なんかしてる場合じゃない!
「椎名、これは、その……」
 オレが慌てて取り繕うとする前に。
「……シェリア?」
 え?
「シーナ……なの?」
 ……はい?
「シェリア!」
「シーナ、逢いたかった!」
 二人はひしと抱きあっていた。
『親友からもらった大切なものなの』
 椎名はペンダントのことをそう言っていた。
『アタシの友達――親友なの』
 シェリアは椎名のことをそう言っていた。
 確かにつじつまはあう。
「……シェーラ、起きろよ」
 このままというわけにもいかないので、取り合えず今のオレにできることをすることにした。
「ぐっ!」
「おはようシェーラ君。お目覚めかい?」
「貴様、わざと……」
「誰かさんの目覚めが悪いからだろ」
 昨日の仕返しとばかりにお嬢の腹に蹴りをいれる。ざまーみろ。
「……その者は?」
「え?」
 椎名もお嬢の存在には気がつかなかったらしく、慌ててお嬢の方に視線を移す。
 わざとらしく咳払いをすると、シェーラに向かってこう言った。
「紹介するよ。彼女は大沢まりい。オレの姉上だ」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「まさかお前の姉上にこうも早く会えるとは思わなかった」
 つもる話もあるだろうということで、二人は別の部屋(本来シェリアが泊まるべきだった部屋)へ。残されたオレ達はこうしてとりとめのない話をしている。
「確かに似ているな。あの時お前が驚いたのがよくわかる」
「だろ?」
「優しそうな女性だったな」
「『シェリアと似ているのなら期待できない』とか言ってたのはどこのどいつだよ」
「すぎたことだ。気にするな」
 ……こいつ、本当にいい性格してるな。
「しかし、なぜシェリアは彼女を『シーナ』と呼ぶのだ? お前の話ならば『マリィ』と呼ばれるのが筋であろうに。お前もなぜ本来の名で呼ばない?」
「『椎名』は昔の苗字なんだよ。どんな呼び方だろうとオレの勝手だろ? 椎名は別に何も言ってないし」
 本当は、『まりい』でいいって言われてたけど。照れくささもあって、なかなかそう呼ぶことができない。
「そう思っているのはお前だけではないのか? 本来の名があるのに別の名前で呼ばれても、当人にとっては迷惑なだけだ」
「お前はなんでそう反論しかできないんだよ」
 ったく可愛げのない。
「彼女の心情を代弁したまでのことだ」
「へー。まるでわかってるような口調だな」
 そう言うと、お嬢は口ごもってしまった。
「まただんまりか? それってよくないぜ?」
「うるさい」
「はいはい。それよりもお前、昨日は本当に何もなかったんだろうな?」
 お嬢の翡翠(ひすい)色の目を見据えて言う。そもそも今回はこれを確認するためにいつもより早く来たんだった。
「しつこいぞ。わたくしはお前とは違うのだ。そのような不埒なことをするわけがないだろう?」
 切れ長の目がスッと細くなる。
「よく『何もなかった』の一言で『不埒なこと』っつーのが理解できたな」
「…………」
 やっぱこいつ、正真正銘の男だ。
「そんなに気になるのであれば本人に聞けばいいだろう!」
 顔を赤くしながら怒鳴る。
「……それとも、お前は姉上だけではなくシェリアのことも好きだったのか?」
「ばっ……違うって! なんでもかんでも好き勝手考えるな!」
 二人で言いあいをしていると、コンコンとドアをたたく音がした。
「昇くん。シェーラさん、ちょっといいかな?」
 焦げ茶色の髪に明るい茶色の目――本物の椎名が顔をのぞかせる。
「シェーラさんですよね。はじめまして。私は大沢まりいです。昇くんのお姉さんになります」
 そう言ってシェーラに頭を下げる。
「……わたくしはシェーラ……です。お目にかかれて光栄だ。ノボルの姉君」
 珍しい。あのシェーラが神妙になってる。
「まりいでいいですよ。もっと気軽に話してください。私も丁寧口調だったらボロがでちゃうし」
「わたくしはこれが普通なのだが……。わかった。わたくしのことも同様に頼む。よろしく、マリィ」
「こちらこそ。よろしくね、シェーラくん」
 なんだ。こいつ普通の言葉しゃべれるじゃん。
「それで、その……昇くん。ちょっといい?」
「……いいけど」
 くるであろう質問を予想しつつ、彼女の方に向き直る。
「わたくしは席をはずそう。後はマリィの好きにしてくれ」
「ありがとう。シェーラくん」
 なんだ。こいつにも気を遣うなんて芸当ができるんじゃん。オレ達とは態度がえらく違うけど。
「昇くん、あの……」
 二人きりの部屋の中。椎名がオレの目をためらいがちにのぞいている。
「知りたいんだろ? オレがなんでここにいるか、オレがなんでシェリアやシェーラと一緒にいるのか」
「うん……」
 ため息をつくと、姿勢を正し、彼女の目を見据えてこう言った。
「長い話になるけど、聞いてくれる?」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「……そんなことがあったんだ」
 シェリアから大体の事情は聞いていたらしく、彼女がオレの話を理解するのに時間はそうかからなかった。もっとも顔面にボールをくらって異世界に来たこと、ショウに口止めされていたという事実は適当にごまかしたけど。
「ごめん。なんか言い出せなくて」
 ショウ、ごめん。結局全部話してしまった。でもこのくらい、いいよな? 心の中でかつての恩人に謝る。
「いいの。普通は言い出せないよ。……不思議だよね。昇くんとこうして異世界にいるなんて。世の中って本当に狭いよね」
「……うん」
 これだけは素直にうなずける。
 一年前はタダのクラスメートだった。それが姉弟になって、こうして異世界にいる。世の中何がどうなるかわかったもんじゃない。
『媒介者がいると異世界に召還される確率がずっと高くなる』ってアルベルトは言っていた。今回はその逆なんだろう。オレが霧海(ムカイ)に行くようになったから、それが椎名に影響をおよぼした……って考えるのは、無理があるだろーか。
「椎名はオレよりも前に空都(クート)に来たことがあるんだろ?」
「うん……。中三のはじめぐらいかな」
「それって……」
 椎名が倒れた時だ。あの後、椎名を家に連れて行ったんだった。なるほど。あの時からずっと空都にいたんだ。それなら説明がつく。
「昇くんってすごいよね。異世界に来てもいつもと全く変わらないんだもん。私は『これは夢なんだ』ってずっと思い込もうとしてたのに」
 確かにそれが普通の反応なのかもしれない。 オレが適応能力高いだけかもしれないけど。
「椎名はずっとこっちにいるの?」
「わからない。すぐ戻れるかもわからないし。でも、もう少し霧海(ムカイ)にいたいな。せっかくシェリアに会えたんだし。それに……」
「……それに?」
「ううん。なんでもない」
 椎名の言いたいことはなんとなくわかった。でもあえて言わないようにした。
 ……ショウの奴幸せ者だよなー。若いっていいよホントに。
 栗色の髪の恩人は今頃何をやってるんだろう。まだそんなに月日はたってないはずなのに、ずいぶん懐かしいような気がした。
「でも部活はどーするんだ? 休むわけにはいかないだろ」
「そこなんだよね。……どうしよう?」
 椎名の性格からしてサボるのは無理だもんな。オレは帰宅部だから問題ないけど。
「ま、悩んでても解決できるわけじゃないし。大丈夫だって。どーにかなるさ」
 そう言ってポンと肩をたたいた。
「そうだよね。ありがとう昇くん」
「どういたしまして。先輩」
 そう言うと、二人して笑った。
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