EVER GREEN

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第三章「海の惑星『霧海(ムカイ)』」

No,1 ある昼、どこかの草原でのお話

 気がつくとそこは草原だった。
「……」
 目をつぶる。
「…………」
 目を開ける。
「………………」
 やっぱり草原だった。
 見渡す限りの草と木。それ以外何も見えない。
 ここまでは、まあいい。……何かが激しく間違っているような気がするけどまだ許せる。まあそれなりに驚いてはいるけど。ただ――
「……………………」
 周りには誰もいない。極悪人も、シェリアも、シェーラも。
 ふと、足元を見る。
「ガルル……」
 三人の代わりにいたのは真っ黒な毛並みの大きな獣。
 色こそ若干違いはあるものの、獰猛そうな爪に牙を持つそれは、オレの世界では『狼』と呼ばれる生き物だった。
「…………………………」
 大きく息を吸い、これ以上とないくらいの大声で叫ぶ。
「嘘だろーーーーーーーーー!?」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「……ったく。なんでオレが取り残されないといけないんだ?」
 誰にでもなくそうつぶやいてしまう。
《御主人様って本当によく叫ぶ人なんですねー。ショウの言った通りです♪》
「この状況で叫ばない方がおかしい」
 嬉々としてしゃべる緑色の少女――スカイアに、ジト目で言い返す。
 オレ、大沢昇(おおさわのぼる)。 県立楠木(くすのき)高校の一年生。
 ひょんなことから――っつーか普通に眠ってて、気がついたら異世界『空都(クート)』にいた。でも目が覚めたら日常と全く変わりないわけで。結局のところ、地球では高校生、空都では『公女様の護衛』と『神官の弟子』という肩書きの雑用係という二重生活を送っている。
 ちなみに現在オレがおかれている状況はと言えば、
1、周りには人がいない
2、目の前にいたのは真っ黒な狼
3、一体ここはどこ!?
なわけで。あまりにもとっさのことだったから、こうしてスカイアを呼び出して緊急会議を開いたってわけだ。
「コレってこーいう使い方もできたんだな」
 まじまじと、手にした緑色の短剣を見つめる。
《すごいでしょ。ほめてほめて♪》
 スカイア――短剣に宿る風の武具精霊(ただし低級)が、自慢げに胸をはる。
「ああ、確かにすごいよな」
 オレの目の前には緑色の薄い壁――結界がはられている。スカイア曰く、ある程度の獣や人を寄せ付けないんだそうだ。ただし、結界をはった場所から身動きがとれなくなるという欠点もあるけど。その『ある程度』が非常に気になるところだが、実際狼は結界から中に入ってこようとはしない。
「この結界っていつまでもつんだ?」
《うーん。使用者の状態や能力によるんでしょーけど、ご主人様だとせいぜい三十分ってとこかなぁ?》
「たった三十分!?」
 普通、結界って一度はったら壊れないもんじゃないのか!?
《普通の人間なら最低一時間はもつんですけど。御主人様は別の意味で特別ですから》
 なんだよ。その『別の意味で特別』って。
「けどさー、今こうして結界はってるけど、これって見ようによってはオレがこの中に閉じ込められてるみたいだよな」
 確かに狼は結界の中には入れない。けど結界の中に入りさえしなければ害はないわけで。こうして周りをずっとうろついている。それに対して、オレは結界の中から一歩も外に出られないわけで。一体どっちが閉じ込められているのだかわかったものじゃない。
《今頃気づいたんですかー? 御主人様って、ほっといても勝手に自滅してくキャラですよねー》
「うるさい! キャラってなんだよ! お前もこいつになんか言ってよ!!」
 会話の勢いで、結界越しに狼に呼びかける。
《……狼に同意求めてどーするんですか》
『…………』
 一陣の冷たい風が吹く(ような気がした)。
 まさか精霊にツッコミを入れられるとは思わなかった。
「…………」
 狼は困ったような視線を向けると、そのまま地面に腰を下ろした。
 ……狼にも呆れられるオレって一体……
《御主人様ってすごい才能の持ち主ですねー。狼に呆れられる人間ってそうはいませんよ》
「うるさい! ほっとけ!!」
 狼と同じくその場に腰を下ろし、大の字になる。
《襲われるかもしれませんよー?》
「その時はその時。もー疲れた」
 数時間前まで地球でも大変だったんだ。もーしるか。
《度胸があるんだかないんだか》
「なんとでも言って」
 本当に疲れた。これ以上動き回るのはやだ。
「……お前、変わった色だよなー」
 寝転がったまま、結界ごしにそう語りかける。
 まず毛並み。漆黒。オレの髪も黒だけど、こんなにまじりっけなしの黒っていうのも珍しい。それに反して目は緑。エメラルドグリーン。狼はテレビで見たことあるけど、こんな綺麗(っていう表現も変か?)な狼ってのも見たことがない。
 狼もどきとは前に戦ったことがあるけど、こいつは一般的な獣とは違うような気がした。
「…………」
「な、なんだよ。オレの顔になんかついてる?」
狼はそれに答えることなく(当たり前か)、オレの方をじっと見つめる。
『…………』
 狼と見つめあっても嬉しくないんですけど。
 ……そーだ。
《御主人様、それなんですか?》
「これ? リザにもらったんだ」
 おもむろに、スポーツバックからとりだしたのは木片と彫刻刀一式。
「いーか。動くなよ」
 狼にそう言いつつナイフで木片を適当にぶったぎる。
 狼と人間と精霊という奇妙なひと時が過ぎること数十分。
《何してるんですかー?》
「見てわかんない?」
《全然》
「…………」
 精霊の言葉は無視して黙々と作業を続けていく。しばらくすると、それが形をあらわすようになる。
《あ! もしかして狼?》
「ご名答」
 つい退屈だったから美術やってしまった。
 自分で言うのもなんだけど、美術の成績はけっこう――まあ普通。3。けどこの前2に下がった。それがショックで次は頑張って4にしたけど。
 ちなみにリザってのはスカイアの製作者で『魔法よろづ屋商会』の会長で――と言っても一人しかいないけど。そのリザに言われたんだった。今度会うときまでに何かを作ってこいって。
「これ、お前に見える?」
 できあがった人形をモデルに見せる。
「…………」
 返答はないかわりに、狼はゆっくりと立ち上がる。
「……あ、おい?」
 狼は一度だけこっちを見ると、茂みの方へ立ち去っていった。
《お気に召さなかったみたいですねー》
「悪かったな!」
 どーせ、人間じゃない奴には芸術なんてわかんないんだよ!
《御主人様ってやっぱり変わってますねー。獣や精霊に話しかける人間ってそうはいませんよ》
「どーせ変だって言いたいんだろ。それに前にも言ったろ? 昇でいいって」
《えー、でもー》
「『でも』じゃないって。御主人様なんて言われても嬉しくないし」
《ほらそこ。そこが変わってるんですよー》
「…………」
 もう少し気を使って『そんなことない』ぐらい言えよ。
《御主人様――ノボル、ワタシのこと精霊だと思ってないでしょ? まるでワタシのこと妹だと思ってるみたい》
「なっ……!?」
《うそうそ。でもそこがノボルのいいところなんですよ。あ、赤くなってる。ウブなんですねー。可愛い♪》
「うるさい! もう消えろ!」
 妙なことを指摘され、文字通り顔が赤くなってしまった。
《獣が襲ってきたらどーするんですか?》
「どっちにしても三十分たっただろ! あとは自分でどーにかする!」
《はーい♪》
 それを面白そうに眺めながら、精霊はポンッ! と音をたてて消えた。

 しばらくして、見慣れた二人組みが姿を現した。
「……一体どこに行ってたんだよ」
「ごめんなさい。本当は連れて行こうと思ったんだけど」
「どーせ、あの極悪人がなんか言ったんだろ」
 そう言うと、二人組みのうちの一人――シェリアがうなずいた。
 あのヤロー……
「それで、その当人は?」
「ノボル……もしかして、怒ってる?」
 シェリアが額に汗をかきながら話しかける。
「これが怒らずにいられる?」
「いつまでも眠っていたお前が悪いのだ」
「怒らせるつもりなら黙ってろ」
 二人組みのもう片方にジト目をくれる。やば、本当に血管浮き出てきたような気がする。
「……ん?」
 二人の顔つきがおかしい。どう見ても、ただ迎えに来たって顔には見えない。
「ノボル、落ち着いて聞いてね?」
 意を決したようにシェリアが瞳をこっちに向ける。
「何かあったの?」
「ここがどこかわかる?」
 口を開いたのはほぼ同時だった。
「草原だろ? どこかはわからないけど」
「そうじゃなくて。アタシ達のいる世界のこと」
「世界って、二人がいるんだから空都(クート)……」
 言いかけて、口をつぐむ。まさか、これって――
「あの……」
「何?」
「ここ……どこ?」
 いつかもしたような質問をすると、いつかと同じく彼女はこう答えた。
「ここはここ――草原よ。ただし、『霧界(ムカイ)』と呼ばれる世界のね」
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