EVER GREEN

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第二章「わがままお嬢のお守り役」

No,11 オレ、絶体絶命!?

「こういう奴は見てて吐き気がする。人の力を自分のものと勘違いする。そのくせ何かあると真っ先に逃げ出すんだ」
 苦々しく口にすると男の背中からナイフを引き抜く。
 あふれ出す鮮血。あたり一面が血の海に変わる。それを目にしても何事もなかったかのように血のりを拭く。
「…………」
 前にもこんなことがあった。
 初めて獣と戦って倒した――殺した時。いくら人ではないとはいえ、なんとも言えない後味だった。でも、今目の前に倒れているのは、まぎれもない人間。
「何を震えている?」
「アンタ……人を殺したんだぞ!?」
 やっとの思いでそれを口にする。
「そんなこと見ればわかるだろ?」
「…………!」
 さっきまでとは違う意味で体に力が入らなくなる。
 頭がガンガンする。気持ち悪い。
「なぜその男を殺した? 貴様の雇い主だったのだろう?」
 ゴロツキの死体に近づきながら、気丈にもシェーラが黒フードに問いかける。
「確かに雇い主だった。でもこっちには別の依頼があるから」
「別の依頼?」
「上からの命令だ。『ある名前をもつ人物をどんな形でもいいからつれて来い。性別、年齢、生死は問わない。もし関係者がいればそいつの口を封じろ』」
 黒フードが淡々と言う。
「本当はあんたを動けないようにして連れて行くだけだったんだけどな。そいつ、本当に殺しかねない勢いだったから」
「……用済みになったから切り捨てたのか」
 身をかがめて、すでに動かない男の手からナイフを抜き取りながら、シェーラがつぶやく。
「ひらたく言えばそうだな。数はなるべく減らしておくに限るだろ。もっともその男ははじめから気に食わなかったから、どっちにしろ始末するつもりだった」
 黒フードの言葉はもう耳に入らない。地面にしゃがみ、吐かないように口をつぐむのが精一杯だった。
 オレ、自分がこんなに情けない奴だとは思わなかった。
 何かを叫びたいのに言葉にならない。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 人の死を目の前にしたのは一度だけ。あの時は何も考えられなかった。
 何が起こったのか、考えたくもなかった。
 気がつけば、目の前にはただ、ただ赤い血が――

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「貴様に命令をしたのは誰だ?」
「わからない」
「?」
「しいて言えば、もう一人の雇い主を通じてってとこか。こっちもお偉方、上司の一人に命令されただけ。だから、答えろって言われても答えようがないんだ」
 軽く肩をすくめて黒フードが言う。
 もう一人の雇い主……?
 固まっていた頭がようやく動き始める。
「そういうわけで、悪いけど君達には死んでもらうよ」
「!? 逃げるぞ!」
 今度はシェーラに手を引っ張られた。
「ここで死んだらどうにもならないと言ったのはお前だろう? 死にたくなかったら走れ!」
 さっきとはまるで逆。シェーラにずっと引きずられるまま、その場を離れる。
 逃げなきゃ死ぬってことは頭ではわかっていても、体が言うことをきいてくれない。
 シュッ!
 三本目のナイフが放たれる。
「なぜわたくし達を殺そうとする?」
 逃げながら、お嬢が黒フードに問いかける。
「さっきも言っただろう? 上からの命令だって。まあ、強いて言うならそっちの男はあんたのとばっちりだ」
 ……オレはとばっちりで殺されるのか。
 オレの心情をくみとってか、黒フードが(顔は見えなかったが)オレに向かって言う。
「本当に運がなかったな。かわいそうだから、『ある名前を持つ人物』の名前を教えてやるよ。そいつの名は――」
「黙れ!」
 お嬢の声が鋭くなる。今まで聞いた中で一番堅く、怒気を含んでいたことに、腑抜けになっていたオレは気づくよしもなかった。ましてや黒フードの口調が今までと明らかに違っていて、なおかつ口数が増えているということにも。
「いいや、言わせてもらう。自分が殺される理由もわからなきゃ、死んでも死に切れないだろ。それに、殺される理由ならあんたが一番わかってるんじゃないのかい? シェーラザードさん」
 シュッ!
「よけろ!」
 ようやく動けるようになった体でお嬢をその場に押し倒す。同時に、ナイフが頭上をかすめていった。
「へぇ。反射神経いいんだ」
 そう言って、軽く口笛を吹く。
「でも次はよけられる……かなっ?」
 今度はナイフが二本とんでくる。
 キン!
 今度はシェーラが男の死体から奪ったナイフでそれを跳ね返した。
「じゃあ次!」
 キン、カン、キンッ!
「面白い。おまえら芸人になれるな」
 まるで同年代の友達にでも語りかけるような言い草。
 畜生、この野郎、絶対遊んでやがる。
 恐怖や吐き気は自然と遠のいていき、代わりにふつふつとした怒りがこみ上げてくる。
「けど、もう限界みたいだな。さっさとケリをつけるか」
 新たなナイフがシェーラ目がけてとんでくる。
 でもお嬢にはそれを避ける余力がもうない。くそっ!せめて風の短剣があれば!
(スカイア、いたら助けてくれ!!)
 無理だとは思いつつも心の中で叫び、シェーラに再び体当たりをする。
「ぐっ!」
 肩に鈍い痛みがはしる。
 背中に手をやると、それは、正真正銘オレの血だった。
「そうきたか。でもそれじゃあコレはかわせないな」
 黒フードが次のナイフを構える。
「……一体、いくつナイフ持ってるんだよ」
「職業上、ナイフは必要不可欠なもんでね。常に持ち歩いてるんだ」
 肩が痛くて動けない。息をするのもやっとだ。
「殺すなら、わたくしを殺せ! この者には関係のないことだ!」
「麗しい友情ってやつだね。それに免じて……といきたいところだけど、仕事だからあきらめてくれ」
「…………!」
 今度はシェーラがオレの前に立ちふさがる。
「……まいったな。そんなことされても駄目なものは駄目なんだ」
 黒フードがかぶりをふる(相変わらず顔は見えなかったが)。
「まあ、あんたはちゃんと雇い主のところへ連れてってやるし、そっちの奴も墓ぐらいたててやるから。じゃあな」
 とどめのナイフをオレ達目がけて投げようとしたその時だった。
 ブワッ。
「!?」
 黒フードの胸元が緑色に光り、同時に小さな風が吹く。
 緑色の風……!?
「スカイア!」
 ダメもとで精霊の名前を呼ぶと緑色の少女が現れた。
 風の刃が黒フード目がけて襲い掛かる!
「うわっ!?」
 これには黒フードも予想外だったらしく、手にしていたナイフをその場に落とす。
 黒フードとオレ達の間には、しばし突風が吹き荒れた。
「ノボル! しっかりしろ!」
 シェーラがオレの肩をつかみ、何度もゆさぶりをかける。
「死ぬな! 死ぬのならわたくしを二人の元へ連れて行ってからにしろ!」
「……人を殺すな」
「生きて……いたのか」
「死んでほしかったのかよ」
「そうではない。わたくしは、ただ……」
「とり、あえず……。手、離して……くんない? 生存率…が、高くなる……と思う……」
 お嬢の手を振り払い、立ち上がろうとする――
「痛っ!」
 けど、あまりの痛さにすぐにしゃがみこんだ。
「傷が深いのだ。無理をするな」
「お前こそもうあんな無茶すんなよ。言われなくても二人のところへ連れてってやるから」
「?」
「アルベルトとシェリアのとこだろ?」
「……ああ」
「それよりも……」
 風の起こった方角を見る。
「あいつはどうなった?」
「わからない。突風の後、何も見えなくなった」
『…………』
 二人黙ったまま、事態を見守る。
 風はもう消えていた。
「……ったく、びっくりしたぁ」
 きいてない!?
 今までで一番その場に似つかわしくない声が響く。よく見ると、黒フードの周りが淡い光に囲まれていた。
「結界をはったのか」
 シェーラが恨めしげにつぶやく。
 そんな……
「ノボル!?」
 今まで張り詰めていたものが一気に抜け、今までで一番の疲労が襲ってくる。
「貧乏性なもんでね。予備にしようと思って拾っておいたのが悪かったな」
 苦笑しながら、予備にしようと思っていたもの――風の短剣をこっちに放り投げる。
「……なんで返すんだよ」
 シェーラの肩を借りて体勢を整えると目の前の奴をにらむ。
「使い物にならなさそうだったから。それに迎えもきたようだし」
「迎え?」
「仕事上、耳もいいんだ。
 遊びがすぎたな。今回はこれで帰らしてもらう」
 そう言うと、オレ達の横を通り抜けていく。
「お、おい……」
「勘違いするな。命令を受けたらまた殺しに来る」
 背中から聞こえた声は堅くて恐ろしいような、それでいて陽気そうな、二つのニュアンスが含まれていた。
「じゃあな。それまで元気で」
 まるで親しい友人にでも語り掛けるような口調で別れを告げると(結局、最後まで顔は見えなかった)、黒フードは足早に去っていった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「ノボル、シェーラ!!」
 聞き慣れた声を耳にしたのはそれから数分後。
 声の主の姿を認めると、オレはゆっくりとその場に崩れ落ちた。
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