第二章「わがままお嬢のお守り役」
No,10 お嬢(その他一名)、絶体絶命!?
「おまえらよくここまで逃げれたなあ。それだけはほめてやる」
眠い。頭がクラクラする。
「だがここまでだ。この前の事もまとめて――」
「くっ……!」
「ノボル!?」
あまりの眠気に立っている気力もなく、その場に腰を下ろす。
「しっかりしろ! ここで気を失ったらどうする!」
「オレだってここで寝たらどーなるかってことぐらいわかってるって!」
「だったら気絶するな!」
んなムチャクチャな。
「だから――」
「やば、ほんとに眠くなってきた……」
体が言うことをきかない。気を抜いたら本当に眠りそうだ。
「要は気絶させなければいいのだな?」
「お前……何、するつもりだ?」
シェーラの気配にただならぬものを感じて、かろうじて動く手足を使い、気持ち後ずさる。
「その――」
「これで傷をつければ痛みで気絶などしていられないだろう?」
そう言ってお嬢がカッターを片手に近づいてくる。
「人を殺す気か!?」
「無礼な! 人を殺める気など毛頭ない! 体の一部に傷をつけるだけだ!」
「似たようなもんだろーが!」
「おいっ! 無視してるんじゃ――」
『うるさい! 今は取り込み中だ!!』
さっきからさんざん言い合ってるのに、ここだけは見事に一致した。
「とにかく、そのカッターをひっこめろ!」
「このナイフは『かったー』と言うのか」
「変な感心をするな!」
「おまえら話を聞けっ!!」
数時間前と同様、顔を赤くしたゴロツキが叫ぶ。
そーだった。今はそんな事してる場合じゃなかった。
「お前ちゃんと話聞いてろよ!」
「ノボルこそ人の話を聞け!」
シュッ!
「話はすんだか?」
ゴロツキの後ろには、数時間前と同じく黒フードがいた。
『は……い……』
ここも、なぜか声が一致する。オレ達のいる地面スレスレのところには、黒フードが投げたであろうナイフが深々と刺さっていた。
……昇くん。
「椎名?」
どこからともなく椎名の声が聞こてくる。
昇くん、遅刻するよ!
やばい。これはマジでやばい。
「椎名、起こさないで!」
言葉とは裏腹にどんどん眠りに引き込まれていく。
「誰と話をしているのだ?」
シェーラが不思議そうな顔をしているけど、今はそれどころじゃない。
昇くん?
「椎名! 頼む!」
頼む。嘘でも何でもいいから届いてくれ!
…………。
「ノボル?」
「……なんとか、大丈夫みたい」
オレの声が届いたのか、椎名の声はそれっきり聞こえなくなった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おい」
「なんだよ」
「どうでもいいが、向こうは腹をたてているようだぞ」
冷静にんなこと分析するなよ。
視線をシェーラの刺す方に向けると、
「おまえら……最後の最後までオレをこけにしてくれたな」
やはり例のごとく血管を浮き上がらせたゴロツキ――小柄の男が仁王立ちしていた。
「はじめはそっちの女をものにするつもりだったが、この際どうでもいい。二人まとめて殺してやる!」
げっ! この人イっちゃってる!!
「おい……」
「なんだっ!」
「やってもいいのか?」
迫力に押されたのか、連れの黒フードがおずおずとゴロツキに聞く。
「かまわねえ。さっさとやってくれ!」
ゴロツキはオレ達に視線を向けたまま、半ば叫ぶようにして言う。
「……ああ。わかった」
黒フードがゆっくりと近づいてくる。
「シェーラ、オレが引きつけておくから逃げろ」
残る気力を振り絞って立ち上がる。
オレ、今度こそここで死ぬかも。
でもこいつを一人残していくわけにもいかないし、心中するのもまっぴらだ。
「……嫌だ」
「ここで無駄死にしたくねーだろ!」
声を荒げても、お嬢は逃げようとはしなかった。
「それも嫌だ」
「だったら……」
「無駄死には嫌だ。だが見殺しにするのはもっと嫌だ! わたくしの誇りが許さない!!」
そう言ってカッターを構える。
「……カッターじゃ剣の代わりにならないって」
こんな時に何故か苦笑してしまう。
こいつ根っからのわがままお嬢じゃなかったんだな。少しだけ見直した。
かと言って、この状況がどうかなるわけでもなく。黒フードとの距離は縮まる一方だった。
「ちょっと待て」
黒フードとの距離があと三メートルというその時、
「気が変わった。最後くらいオレにやらせろ」
ゴロツキの男が、黒フードの手から強引にナイフを取り上げる。
「やらなくていいのか?」
「元々オレの獲物だったんだ。オレの手で殺らねえと気がおさまらねえ」
「……おまえにできるのか?」
「みくびるんじゃねえ! ガキ二人ぐらいどうってことねえよ。てめえはただオレの言う通りにしてればいいんだよ!」
「…………」
黒フードがしぶしぶながらも引き下がる。
今のうちに……とも思ったけど、体が言うことをきいてくれない。そうこうしている間に、今度はゴロツキが目の前に立ちふさがった。
「残念だったな。あと一歩のところだったのによ。恨むなら自分の運のなさを恨むんだな」
ナイフを片手に男が勝ち誇った笑みを浮かべる。
「あばよ! せいぜいあの世でよろしくやりな!」
そう言ってナイフを振りかざした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ザシュッ!
鮮血が服をぬらす。
なんでこんな所で死ななきゃならないんだよ! せめて寿命まで生きたかったぞ!
日本人の平均寿命って確か八十近くあるんだ。なのに!!
「…………」
不気味な静寂におそるおそる目を開ける。
あ……れ? 死んで……ない。服にはしっかり血がついているのに。
じゃあ、この血は?
「…………」
「シェーラ?」
「…………!」
シェーラが無言で指をさす。
「なんだよ、はっきり言えよ」
お嬢は何も言わない。ただ呆然と指差す方を見るのみ。
「そっちに何かあるのか?」
なんとはなしにシェーラの指差す方に視線を向ける。
「……!!」
絶句。
体にかかった赤い血は、さっきまでオレを殺そうとしていた人物―ゴロツキのものだった。
「な……!?」
一番驚いていたのは血を流している本人だった。手を胸に当て、それが自分のものであることを確認すると、そのまま前のめりに――オレの方に倒れる。
「うわっ!!」
反射的に飛びのいたおかげで、返り血を浴びるのは最小限ですんだ。男の背中には、自分が振りかざしたものとは違う、別のナイフが刺さっている。
「てめえ、なん、で……」
「恨むのなら、自分の運のなさを恨むんだな」
ナイフを刺したのは黒フードだった。心なしかさっきまでと声のトーンが違っている。
「……て、めぇ!」
「安心しろ。おまえの命令通り、そいつらも冥土に送ってやる」
そう言って、ナイフをさらに深く刺す。
「…………」
男はもう、何もしゃべらなかった。