EVER GREEN

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第十一章「未熟もの達へ」

No,8 雪の地へ

 アルベルトの願いは世界を手に入れることだった。カイ(海ねえちゃん)、リザにいちゃん、クー。それがアルにとっての世界。それは俺にとっても同じことで。
 空(クー)は、俺の記憶と引き換えに生まれた人格。極論を言えば、無くしてしまいたかった負の感情。けど、そんな俺をシェリアは支えてくれた。呼んでくれた。
 受け入れるとか、受け止めるとか。本当のところ、なにもわかっちゃいないんだ。
 クーに、地天使になるために受け入れたのはイールズオーヴァの声。
 イールズオーヴァ。神に寄り添いし者の名。そして、俺を本当の意味で天使に変えたものの名前。天使になるためには条件が二つ。一つは神の娘と同じ地で生まれたものであること、もう一つは互いの同意があること。
 天使の役割を放棄した場合、訪れる末路はひとつ。前に、姉貴から聞いたことがある。まりいの天使になった奴は、天使としての使命を終え故郷の名前通り、空に還っていったと。海ねーちゃんはそれを阻止するために俺の記憶を封じた。けど、俺は自身の力で過去と向き合うことを、封印を解くことを望んだ。
「よっしゃ! 一番乗り」
 歓声と共に見上げた空は、とてつもなく澄み渡っていた。視線を移すと下に見えるは一面の雪。見渡す限りの白。それ以外、何も見えない。
 こんな場所もあったんだな。場所が場所だから当然といえば当然だけど。それでも『綺麗』と呼ぶにふさわしい場所だった。
「お前って実はやればできる奴だったんだな」
 雪をきる音と共にやってきたのは二人の友人。
「そういえば昇って小学校の中ごろまでは人並みに動けてたもんな」
 二人の声をよそに、景色の一部を手にすくいとる。手にしたものはものの数秒で溶けてしまって。一言で言えば冷たい。けどそれは、温度のある、血の通った冷たさだ。あの世界とはまるで違う。
「お前って実はすごい奴だよな。初めて会った時もそうだったし」
「つけあがらせるなよ。こいつはこき下ろすくらいがちょうどいい」
「そんなこと――」
 友人の肩をがっしりつかみ瞳をのぞきこむ。四つの目には『なんだこいつは』って色があからさまに灯っていた。
「もっと言ってください」
「……実は、ものすごく言ってほしかったんだな」
「卑屈さは変わってないのな。お前」
 そうだ。ここはあの場所とは違う。
「ショウくんの言うとおり。俺だってやればできる奴なのよ? そこの坂井くんもこれからは彼を見習って――」
『調子にのるな』
 二人同時につっこまれ背中を押される。残念なことに、不意打ちを避けられるほどの身体能力はそなわっちゃいなかった。
「転んだ時の対処法を一番に教わっていてよかったな」
「オレ達は誰かさんと違ってまだ転んじゃいないけどな」
 口調は変わらないのに、気温が下がったような気がするのはなぜだろう。
「そこの三馬鹿。漫才をやっている暇があるのなら真面目に滑りなさい」
 もう一つの声が、さらに温度を低くしているのはなぜだろう。
「先生、オレらとこいつを一緒にしないでください」
「同感」
「結構。ならば急ぎなさい。もうすぐ集合時間ですよ?」
 こっちには一瞥することもなく過ぎ去る声。ああ、寒いよ。っつーか助けろよお前ら。
「臨時教師って参加できるのか?」
「自費でついてきたらしい。教師って職業も暇なんだな」
 坂井の問いかけに、律儀にショウが解説してくれた。そーか。俺のことは無視ですか。
「それにしても彰(ショウ)、上手いな。これ(スキー)だって初めてだったんだろ?」
「コツをつかめばどうってことない。面白いしな」
「ほー。どこかの誰かさんにも聞かせてあげたいですなぁ」
「お願いです。助けてください」
 悲痛な声がとどいたのはそれから三十分後だった。
 三泊四日の修学旅行。
 飛行機に乗って、バスに乗り換えてスキー場について。地元を離れたのは初めてだったから、空港では他の奴同様、ついはしゃいでしまった。スキー教室が始まったのは昨日。残念なことに他にすることもなかったから黙々と練習にあけくれた。転んですべりまくって、ようやく様になったのはついさっき。明日は仕上げでその次の日は総仕上げ。最終日は飛行機に乗って自宅にたどりつくって寸法だ。
 まわりくどい言い方をしたけど要約するなら今日は二月十二日。もっと言えば、決着をつける日。
「準備はいい……って、聞くまでもないか」
 夜もふけたころ、俺とショウ、まりいは宿泊先の部屋を抜け出した。
「わざわざこの日にしなくてもよかったのに」
「そのほうが都合がよかったんだ」
 まりいの声に苦笑する。修学旅行という公認の名目があれば親に不審がられることもないし、夜中ならほぼ全員が眠ってる。仮に見つかったとしてもアルベルトのフォローがあればなんとかなる。言い換えれば、この期間でしか実行できなかった。
「でも」
「こいつ自身の問題なんだ。俺達はだまって協力するしかないだろ」
 言い募ろうとした声に、ショウが真面目な声をあげる。こういう時、友人の存在に救われる。この日にしたのはちゃんとした理由がある。理由があるけど、あえてこの日にしたかった。
 二人ともわかってくれたんだろう。それから先は、何もいわなかった。スキー場に出てほどなくして、見慣れた人影が姿を現す。
「いいよなー。ボクもスキーしたかった」
 ずいぶん前から待ってたんだろう。吐く息が真っ白になっていた。
「なぜこのような寒い場所でやらなければならないのだ」
「貴重な体験だと思えばいいのよ。アタシはけっこう好きよ? 寒いけど冷たくないし、ちゃんと在るもの」
 シェーラの発言は無視するとして。シェリアのセリフにはちゃんと意味がこめられていた。そうだ。ここは、この場所は確かに寒い。寒いけど、確かに存在している。真っ白だけど、造られたものじゃない。それは雪が見せる本来の姿。
「その前に言っとく」
 ここまでくれば、言いたいことはおおよそわかる。わかるけど、それでも言わなきゃいけないこともある。周囲に視線をやって、一呼吸。
「みんな、今までありがと――」
 ばしっ。
 がっ。
 ごすっ。
「痛い」
 言い切る前に、全員で止められた。全力で容赦なく。
「そういう不吉なことは前もって言わないもんだよ。何度も言ってるっしょ」
『バシッ』は口をおさえた諸羽だった。
「なぜお前はことを急く」
『ガッ』は剣の柄で頬をはたいたシェーラだった。
「変なこと言ってないでさっさとすませるわよ」
『ゴスッ』はみぞおちにボディーブローをかましてくれたシェリアだった。
 ちょっと待て。
「お前のが一番痛いんですけど」
「心にもないこというからよ。これって主君からのありがたい『アイノムチ』って言うんでしょ?」
 視線をずらすと、そうだと言わんばかりの笑みを浮かべたアルベルトがいた。
 ――いつやってきたんだ。いい加減、こいつに嘘教えんのやめろって――
 ――嫌ですねえ。本当のことじゃありませんか――
 ――アンタの言動に振り回されてる奴が一体どれだけいると思ってんだ――
 ――それは、あなた自身を含めてのことですか?――
 ――当然。っつーか、目で会話すんのやめろ。気色悪い――
 ――奇遇ですね。私も全く同じことを考えていました。女性ならともかく、なぜあなたのような雑魚と語り合わなければならないんです――
 ――アンタ、前にもまして歯に衣きせない物言いになったな――
 ――茶番は終わりにして、さっさと行きましょう。なにより――
「私の願いを叶えてくれるんでしょう?」
 無言の会話はこうしてしめくくられる。しかも極上の笑みをたたえられて。周りからは男二人がただ見つめあってるようにしか見えないけど、当人にとっては精神的ダメージがでかいことこのうえない。
 そーだよな。こんなんで帰れなくなるって損だよな。しかも旅立つ前に、なに余計なダメージくらってんだよ俺。
「やることやって、さっさと帰ろう」
 咳払いをすると全員でうなずきあう。諸羽(もろは)が図形を描き、陣の要所に全員が留まる。
「我が名はソード。三つの力を束ねる者。我が声が聞こえるか。我が歌が聞こえるか。
 三つの世界、空都(クート)、霧海(ムカイ)、地球よ。心あらば我らの声を聞き入れよ。彼の者に三つの聖獣の加護のあらんことを」
 時空転移(じくうてんい)を探しはじめたのは夏だった。旅がようやく終わりをみせて、シェーラの正体がわかって。一時的に避難という形で地球にやってきたんだった。ようやく終わりを見せたかにみえた旅。けど今思えばあれって第二章の幕開けだったんだよな。だとすれば、今やってることだって新しい幕の始まりにすぎないのかもしれない。
「我は空を司りし者。我と鳥の加護を受けし者の名において、彼の者を望みし場所へ導きたまえ」
 諸羽の声に、まりいの声が重なる。姉貴とのことだってそうだ。はじめはただのクラスメートにしかすぎなかったんだ。それが姉弟になって、好きな人に変わって、今度は形は違うけど大切な奴になって。
「我が名はアルベルト。空を司りし者に遣えし者。空の契約により、力を解放す。心あらば、この声を聞き入れよ」
 物語のはじまりは案外こんなものかもしれない。ふとしたことがきっかけで扉が開いて。先に進んだかと思いきや、次の扉があって。
「贄(にえ)は此処に在らず。在るは我が意思のみ」
 まったく終わりをみせないのかと思えば、案外そうでもなくて。
「我が祈りをもって、この者を彼の地へ送る。彼の意思は我が願い。彼の祈りは我が心」
 どこが始まりでどこが終わりなんか誰にもわからない。それでも俺は、自分の意思で旅を終わらせたい。
 口から漏れるのはお決まりのフレーズ。
「人は、なぜ時を紡ぐ。人はなぜ未来を望む」
 そんなの決まってる。生きたいからだ。生きていたい、倖せになりたいから。
 生きてるってことは、それだけで可能性なんだと思う。もちろんいいことばかりじゃないけど。もしかしたら辛いことの方が多いかもしれないけど。それでも反対の可能性は充分にあるわけで。
「我は時の輪を砕くため、三人の使者に幸福をもたらすため」
 幸か不幸かなんて長い目でみなきゃわかんないし、第一決めるのはそいつ自身だ。それを理不尽に奪われちゃ誰だって黙ってられないだろ。少なくとも俺はそこまでお人よしじゃない。
「時の鎖を断ち切る!」
 思いを唇にのせると、あたりはまばゆい光に包まれる。
 光の先に見えるのは白の世界。さっきまで目にしてた雪とは違う。ただ白くて、温度がなくて、それでも寒くて冷たくて――哀しい。
 時を刻むことを生業(なりわい)とした無の世界。その世界の名は、時の城。
「行こう」

 ここで全てを終わらせる。
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