EVER GREEN

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第十一章「未熟もの達へ」

No,6 父と子

 一月下旬。その日は近づいていた。
「修学旅行かー」
 三学期になり、一月も終わりを迎え。やってくるのは高校生の一大イベント。逆を言えば、これが終わればいいことないのかともとれるけど、そこはそれ。いいことあると信じよう。
「ノボル、『シュウガクリョコウ』って何だ?」
「学生のうちに一回はある旅行のこと」
「旅行……遠出か?」
 ショウ問いに坂井があいづちをうつ。
「オレ達はそれが一年の時になったけどな。しかもスキー」
「コーイチ、『すきー』って何だ?」
「……その説明からせにゃならんのか」
 ショウが坂井からスキー講座を受けているかたわら、俺は俺で、これからのことをぼんやりと考えていた。
「スキー、か」
 セイルがいたら、まっさきに喜びそうだよな。
 数日前に別れた男のことを懐かしく思う。本当に楽しそうだったから。決闘の前なんか、本気で目、輝かせてたし。
「公立だとけち臭いよな。四日もあるなら別のところまわってもいいだろうに。なあ?」
「四日も遠出するのか!? つくづく地球の学校ってすごいところだな」
「……彰(ショウ)くん。君は今までどこの国にいたんですか?」
 二月の半ばに東北へ、三泊四日のスキー旅行。対象者は楠木高校の一年生全員。
 移動手段は往復ともに飛行機。移動時間でまる一日がつぶれ、残りの三日間近くはひたすらスキーざんまい。当然、宿も一箇所に固定される。これが旅行の内容、俺にとっては表の名目。
 けれど、俺には別の名目もあった。言い換えれば、その日は親に不信がられることなく遠出ができる日。付け加えるなら、男の命運を分ける日。さらに付け加えるなら、その前日が俺にとっては意味のある一日だったけど。
 迷いはなかった。決着をつけるのは二月の修学旅行。それしかない――
「『すきー』って、すごいな。二枚の板で、どんなところでも移動できるのか」
 場違いな声にふと我にかえる。隣を見ると、子どものごとく瞳を輝かせる友人がいた。
「日本の技術ってすごいな。俺のいたところとは比べ物にならない」
「大げさ大げさ。でも、もしかしたらスノボーできるかもな。がんばりゃ空だってとべるらしいぞ」
「本当か!?」
 子ども、しかも純粋な、それこそ小学生のような瞳で迫られたら頭ごなしに否定することもできず。
「坂井……」
「いやー。反応が面白くて。純粋な子どもに嘘を教える大人の心境?」
 気持ちはわかる。わかるけどな。
「違うのか?」
 なおも続く眼差しにため息一つ。
 決戦は修学旅行。それはでは羽をのばしてもいいだろ。だったらとことん楽しもう。
「修学旅行はな、男が女を押し倒していい日なんだ。な、坂井?」
「そうそう。枕投げと言って、彼氏彼女となったあかつきにゃ、あちらこちらでばたばたと」
「……本当なのか?」
『もちろん』
 本番当日、義兄と姉貴がどうなったかはご想像にお任せする。


 学校も終わりショウや坂井とも別れて。玄関を開けると、そこにいたのは姉貴だった。
「まりい? 部活は?」
「お休み。今日は私が夕食作ろうと思って」
 言葉を裏付けるように、目の前の姉貴はエプロン姿だった。
「できたら呼びにくるから。昇くんはゆっくりしてていいよ」
 まりいの好意に素直に甘えようと、制服を脱ぎに部屋へいこうとして。ふと視線を感じてふりかえる。そこにあったのは微笑みを浮かべた姉の顔。
「よかった。元の昇くんだ」
 階段を上る途中だったから振り返れたのは首だけ。瞳には安堵の色が灯されている。
「心配したんだよ? アルベルトさんから聞いてはいたけど、本当にもしものことがあったら……って」
「姉貴はさ。すごいよな」
 今度は体ごと向き直って。あらためて目の前の女子をまじまじと見る。
 肩までのばした焦げ茶色の髪に明るい茶色の瞳。一見珍しいようで、けれども決して稀とは言えない容姿。
「病気のこととか、空都(クート)のこととか。自分でちゃんとのりこえてきたんだよな」
「支えてくれた人たちがいたからだよ。私一人だったら何もできなかった」
「知ってる」
 けど、それでもすごいと思う。
 瞳は不安と恐怖から、ゆるぎない決意を示したものへ変わった。雰囲気だって同じことで。今でこそショウという彼氏がいるものの、一人だったら間違いなく男が言い寄っていただろう。そんな彼女の変化を一番間近で見ることができたのは、間違いなく俺だと主張したい。もっとも地球での話だけど。
「私、昇くんに逢えてよかった。昇と姉弟になれてよかった。本当にそう思うんだよ?」
「うん。俺も」
 まりいに会えたから、家族になれた。まりいに会って、空都への扉が繋がって。ショウやアルベルト、もう一人とも出会うことができて。
「俺も、まりいに逢えてよかった」
 彼女と出会わなければできなかった繋がり。これは決して偶然ではなかった。かといって意図的なものだったのか。今となっては全てがあいまいでわからない。それでも、まりいに逢うことができてよかった。あと、もう一人にも。
「そのセリフ、もう一人にはちゃんと伝えた?」
 いたずらっぽく片目をつぶられて。どうやら考えていることが筒抜けだったらしい。
「……コレカラデス」
「ちゃんと言わないとダメだよ? 言わなきゃ伝わるものも伝わらないんだから。お姉さんからの忠告」
「忠告いたみいります」
 ちなみに夕食は肉じゃがと汁物。姉貴は料理の腕も上達していた。
 夕食も終わり、まりい達が部屋へもどった頃。
「ちゃんとしでかしてきたのか?」
 話があると父親を居間へ呼び出した。
「今度は別のことしでかしてくる」
 沙城の一件の時はまりいが場をとりなしてくれた。長期間留守にしていて、正月を過ぎても帰ってこない息子。あらかじめ言っておいたとはいえ、普通の親ならかたっぱしから行方を捜すか下手すりゃ捜索願いを出されていたかもしれない。そうされずにすんだのは、ひとえに姉達のサポートと親父が父さんだったからこそだろう。
「あのな」
「本当の親不孝なんてことはしないから」
 ぴしりと言い放つと居間のソファに腰をおろす。
 話をしようと思っても、面と向かうと何を言っていいのかわからない。けど、姉貴同様、心配をかけたのも事実だ。言いにくいからって話を先延ばしにするわけにもいかない。
「ずっと考えてた」
 呼び出して、話を切りだすのに五分かかった。
「母さんが死んだのは俺のせいだって。俺が」
 先を言おうとして言葉につまる。
 認めていたのに。わかっていたのに。
 本当は口にしたくない。けど、言わなきゃ先に進めない。
 大きく息を吸って、五年越しの思いを唇にのせる。
「俺が母さんを殺した。ずっとそう思ってた」
『でも、それじゃつらすぎるもんな。だから、オレは生きる。母さんのぶんまで。母さんのぶんまで幸せになろうって……そう決めたんだ』
 確かに決めてた。決めて、今まで生きてきた。
 生きてきたはずだったのに、それでも、ずっと後悔してた。自分が許せなかった。
「バカだって思われるかもしれないけど、辛かった。悔しかった。……許せなかった」
 永遠に時を止めてしまった母さんと、少しずつ、けれども確実に時を進めていく俺。現実に追いつけなくて、認めたくなくて。
「前言ったこと、当たってる」
『昔からそうだったよな。子供にしては物わかりがよすぎるというか。必要以上に元気だというか。……だからだろ?』
 本当にその通りだ。
「真面目なふりをすることが、俺にできる罪滅ぼしだと思った。これ以上、心配や迷惑をかけて嫌われたくなかった」
「本当に馬鹿だな」
 即答だった。
「そんなことでずっと悩んでたのか」
 ため息までつかれた。
「悪かったな。けど、俺にとってはそんなことじゃねーんだよ!」
「確かにそうだ。でも俺に言わせりゃ『そんなこと』だ」
 真顔で返されて、言葉を止められて。
「じゃあ、お前は俺を責めるか? 母親を、ひいては一人息子さえ失おうとした男を」
「んなわけないだろ」
 お門違いもいいとこだ。なんで父さんを責めなきゃならない。あれはれっきとした事故だ。仮にそうだとしても、責めたところでどうにもならない。母さんはもうもどってはこないのだから。
「それと一緒だろ。
 まどかを助けられなかった。息子にさえ先立たれようとしてしまった。ああ、俺はなんて無力で罪深い男なんだろう。悲劇の主人公らしく嘆いてた時もあったさ。でもな、それじゃやっていけねえんだ」
 淡々と、一気にまくしたてられた後、父さんは俺を見据えて言った。
「誰が息子の世話をする? 誰がまどかに花をあげる? 向日葵畑の約束は誰が守る? ――俺しかいないだろ。
 嘆くのも思い悩むのも大いにけっこう。けどな、それだけじゃ前に進めない。やってけねえんだよ。大人になったらなったでな、これでも色々あるんだぞ? 問題は自分の中でどう受け止めて、どう先に進むかだ」
『もっとも、それが簡単にできりゃ誰も苦労しないけどな』豪快に笑う父親を、俺は黙って見ているしかない。
 言葉がつげなかった。口を開けば、何を言い出すか、何がもれるかわからなかったから。
「誰もお前なんか責めねーよ。もし責める奴がいるとしたら、それは昇、お前自身だ」
 卑怯だ。そんなこと言われたら、今までの俺がバカみたいじゃないか。
「少なくとも俺はお前を責めない。許しがいるってんなら俺が許してやる。けどな。本当に許しをこえるのは、昇、お前自身だよ」
 反則だ。
「体だけでかくなって、中身は五年前から止まってたんだな。もういいだろ」
 苦笑して胸のあたりをこづかれて。そんなこと言われたら、簡単にたかがはずれてしまう。
「よく話してくれたな。昇」
 涙腺がゆるむのも無理はない。そう思うことにした。
「そういやお前、昔はよく泣いてたな。いい機会だ。今のうちに五年分、吐き出しちまえ」
 頭上に置かれた手がひどく大きい気がする。抵抗するつもりはなかった。むしろ、素直に応じる自分がいた。
「……ごめんなさい」
 口から漏れたのは五年前に封じた謝罪の言葉。
 母さん。あなたは幸せでしたか。
 俺を責めてませんか。あるはずだった未来を理不尽に奪われて、辛くはありませんでしたか。
 あと少し。あと少しなんだ。
 父さんが許すって言ってくれました。俺、許されてもいいのかな。俺、自分を許してもいいのかな。
「母さんな」
 大きな手の下で鼻をすする。語られたのは意外な事実。
「チカラがあったんだと。俺らとは違う、何か。それを自分の子どもに託してしまうのが怖いって。悲しませるのが辛いって」
 普段なら、なに変なこと言ってんだって笑ってただろう。けど今は違う。意外だったけど、そうじゃないとも言いきれない。
「だけど、自分の子どもならきっと乗り越えられるとも言ってた。まどかのやつ、ひょっとするとお前のこと、わかってたのかもな」
「……うん」
 つぶやきを、素直に受け入れられる自分がいた。
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