EVER GREEN
第十一章「未熟もの達へ」
No,5 師匠と弟子と
勝負と言ってもなんてことはない。
「膝をついた方が負けだからな」
「普段やっていることと、これとなんの違いがあるんです?」
場所は久々の空都(クート)のミルドラッド。互いの手には模擬刀。
「久々だからいいじゃん。この方が気合入るだろ」
要するに剣の特訓、というわけではない。少なくとも俺にとっては。話をしようと思っても面と向かうとなかなか言いにくいし、かといって時間を浪費するのも嫌だった。だったら両方兼ねてやってしまおう。そう思ってのことだった。
耳をそよぐ風が心地いい。場所をこっちにしてよかった。地球では何を言われるかわからなかったから。それ以前に、俺がここでの勝負を望んでいた。
ボールを顔面直撃して気絶して、助け出された後に壷で殴られた場所。始まりの地がここなら、勝負を、決着をつけるのもここにしたかった。
「手加減はしませんよ」
「こっちのセリフ!」
声と共に標的めがけて距離をつめる。アルベルトの剣筋が洗練されたものなら、俺の剣はなまくら刀のそれに近い。それでもやるっきゃない。なまくらだって、やれば普通の剣になれるってことを証明してやる。
「前にさ、言ったよな」
剣を受け止めながら、ずっと前から考えていた疑問を口にする。
『私は世界を手に入れたいんです』
「アンタの言う『世界』って何?」
それは、ずっと前から聞きたかったこと。リザにも訊いたけど笑ってはぐらかされた。
アルベルトは何も答えなかった。黙ったまま剣を振り下ろすのみ。
こいつ、本気で手加減ゼロだな。
受け止めた重みでわかる。正確には手加減というより、別の力が加わってるような気がする。そして力が加わったのは俺が問いをぶつけてから。
膝をついた方が負け。目の前の男はそれを了承した。だったら。
「俺、アンタみたいになりたかった」
距離をとって、剣を一旦地に下ろす。
それは、ずっと前からの願い。
「大人になれば。アンタみたいになれば強くなれると思ったから。けど、それじゃダメなんだよな」
それは一方的な押し付け。子供のわがままだ。
出会った頃は、こいつの存在が嫌で仕方なかった。海ねえちゃんと同じくらいの歳で、ねえちゃんと同じ、いやそれ以上の目線でものごとが見えて。初めて好きになった人が見せた笑顔も、ほとんどがあいつに向けられたものだった。
五年たって、存在は忘れるどころか別の意味で大きくなっていった。涼しい顔でなんでもやってのけて。自分はひどい目にあってきたくせに、一言も不満を口にしないで。事実を知った時は相手の大きさと自分の器の小ささに愕然とした。
うらやましくて妬ましくて。けど、あこがれていた。なんでも平然とやってのけるすごい奴。それは子どもの頃に描いていた理想像――英雄そのものだったから。
「力だけじゃダメなんだ。かと言って意思だけでも」
目の前にいるのは金髪碧眼の男。背が高くて容姿端麗、らしい。俺にはそう見えない、こともない……。
悪かったよ。モテますよ。異世界でも地球でも。男にはけむたがられることもなく。そりゃー、『敵にしたら何しでかすかわかりませんよ』的な顔で笑われたら、よっぽど肝がすわった奴じゃなきゃ近づけないだろ。男女問わず、表面上だけ見れば好青年そのものですよ。俺にはエセ笑顔そのものだったけどな。どーせ俺とは正反対の奴ですよ。そんな奴が俺の師匠ですよ。
だからこそ、言いたいことがあった。
「カッコ悪くてもさ。あがいてやる。あがいて転んで。それでも立ち上がってやる」
人に笑われてもかまわない。ほこりをはらって、泥だらけの顔で立ち上がって。
靴ひもがとけたら結びなおせばいい。
たくさん泣いたら、そのぶん笑えばいい。
たぶん、俺にとってはそういうことなんだろう。
「どれだけかかるかわからないけど、いつかアンタに認めてもらう。俺なりの方法で」
剣を構えなおして静かに笑う。
中学生の頃は、まさかこんなことになるとは思わなかった。だって異世界だぞ? 普通の高校生が異世界、ましてや公女様の護衛と極悪人の弟子になるなんて思うわけないって。ましてや命を狙われかけて、とんでもないものに変身させられて。言葉通り、人生のジェットコースターを全速力でかけ回ってるんだぞ。
アルベルトのことだってそうだ。ただのエセ笑顔の極悪人じゃなかったんだぞ。実は五年前から知り合いでした、しかも一人の女の人をめぐって争ってましたなんて設定、本当の本気で聞いてなかったぞ。もしかしたら今までのことだって全部嫌がらせじゃなかったんだろーな、なんてことも考えたぞ。
色々あったけど。本気で色々あったけど。こうして今、向き合っている。英雄でもカッコいい大人でもなんでもない、アルベルト・ハザーという一人の男と剣を交わしている。これって実はすごいことなのかもしれない。
英雄がいないのなら、理想や夢が幻だって言うのなら、自分自身の力で乗り越えてやろう。乗り越えるのが無理でも、せめて努力はしよう。そう思った。
「……それが、あなたの答えですか?」
「アンタは笑うかもしれないけどな」
笑みをといて、男にむかって翔ける。
相手は相変わらずのエセ笑顔で。俺のことなんか歯牙にもかけてないって余裕しゃくしゃくの顔で。だからなんだって言うんだ。英雄なんかじゃなくても、こいつがとんでもない男だってことくらい昔からわかってただろ。それでもぶつかっていこうって決めたのは俺自身だろ。
やることなすこと全てが正反対で、なまじ何でもできるからコンプレックスを余計に刺激されて。だからこそ、見返してやろうと思った。認めさせてやろうと思った。だったら、こんなところであきらめてたまるかよ。
二つの剣が甲高い音をたててぶつかる。
「あなた、昔とちっとも変わってませんねえ」
こんな時でも、いや、こんな時だからこそか。アルベルトは笑っていた。
「正面からぶつかることしかできないんですか。それでよく勝てましたね」
剣をかざし、笑顔のまま片足を上げる。
勝負はついた。
膝をつくなんてもんじゃない。顔面からいった。体ごといった。
「セイルと戦って勝ったそうですが。それで調子づいたのではありませんか?」
「んなわけねーだろ」
ドンガラガッシャン!
マンガだったらそんな擬音語が飛びかってたぞ。ばんそうこう貼られまくってたぞ。対して相手の方は涼しげな顔で。
腹をけられて顔面から。剣を受け止めることに精一杯だったから、その先のことなんか考えてなかった。いや、全く考えてないわけじゃなかったけど。次の一太刀くらい当てられると思ってた。それくらい実力がついたと自負していたから。
「手加減はしないと言ったはずですよ」
なのにこのざま。本当に今の今まで手加減されてきたんだな、俺。やっぱり人間、気力だけではどうにもならないらしい。
それにしても。
「本当に笑わなくてもいーだろ」
笑うかもしれないとは言ったけど。そこまで笑われるとさすがに腹がたつぞ。
「何を馬鹿なこと言ってるんですか」
どーせ俺はバカですよ。
「私ははじめから、あなたを認めていましたよ」
……は?
「五年前から全く変わりませんね。正面から、まっすぐにぶつかってくるところは。
この私に対等に自分の意思を伝えてくるんですから。そんな人間、認めないわけにはいかないでしょう」
姿勢をもどして、視線を合わせて。
「世界のことを聞いていましたね」
差し出された手には、確かに見覚えがあった。
「四人と暮らすこと、共に在ることだったんです」
海ねえちゃんと一緒に騒いで、目の前の男に邪険にされて。リザにいちゃんにたしなめられて、二人そっぽを向いて。
「私とカイとリザ……兄上と、空(クー)と。大切な者達が傍にいれば他に望むものはありませんから」
それでも、仕方がないとばかりに嫌々とばかりに差し出された手は、確かにアルのものだった。
「それが世界?」
問いかけると、アルベルトは首を縦にふった。
「他に何があるんです」
「いや、なんか。アンタにしてはスケールが小さすぎないか?」
それこそ世界征服とか、不老不死とか権力とかそんなものを想像してた。……いや、そんなもんでおさまる器じゃないとも思ってたけど。
「確かに最小かもしれませんね。ですが、私にとっては立派な世界です。最小にして最高のね。
あなたは私を哂(わら)いますか?」
語る様は、視線はとても穏やかで。
哂えるはずがない。悔しいけど、それは俺にもわかるから。
たった一人で手にした力に一体何の意味があるんだろう。共に喜んでくれる人がいなければ、分かち合う人々がいなければ、どんなものも無に等しい。
綺麗ごとだ、甘い、子どもじみた考えだって言われるかもしれない。けれど、孤独な強者でいるよりも大勢の中の弱者でいたい。少なくとも俺はそう思う。たとえ弱者でも、一人でなければ乗り越えることができるし、強くなることだってできる。強くなろうと願うことができる。
力よりも身近にいる人々を、絆を選んだ男。まわりくどいやり方で、それでも守りきろうと体を張って耐えてきた男。だからこそ、俺はこいつを嫌いになりきれなかったのかもしれない。
「強くなりましたね」
今の言葉で。
「よく、頑張ったな」
昔の言葉で。
「……昇?」
なんでそんなこと言うんだよ。
「なんでもない」
不意打ちだぞ。今までさんざんひどいこと言っといて。これじゃあ何も言えないじゃないか。
「絶対、海ねえちゃん助けるぞ」
背を向けて立ち上がって。無言で目元をこする。
「そんなこと決まりきってるでしょう? 私を誰だと思っているんです」
やっぱり悔しいけど師匠だ。
エセ笑顔の極悪人で、悔しいけど頼もしくて。けれど、心から信頼できる奴。
アルベルト・ハザー。本当にすごい奴。
「ところでさ」
ふとさっきの疑問が頭をよぎり、ぶつけてみる。
「壷とかとんでもない鈍器使いまくってたけど、それって五年前の、海ねえちゃんに対する逆恨みとか、あまつさえ嫉妬とかじゃないよな」
「何を馬鹿なこと言ってるんです」
半ば呆れたような笑みに胸をなでおろす。そーだよな、こいつは大人なんだ。そんな子どもの、しかも五年も前のことを根にもつことなんか――
「両方に決まっているじゃないですか」
師匠は器が小さかった。
「元々は身近にあったから使用したんですが、あなたがあまりにも頑丈だったもので、どうやら病みつきになったみたいです。ちょっとしたお茶目心というものですね。可愛さ余って憎さ百倍とでも言いましょうか。
どうしてあなたは私の気に入った人をさらっていくんでしょうねえ。私に何の恨みがあるんですか」
前言撤回。めちゃくちゃ小さかった。っつーか、恨みどころか軽く殺意がわくぞ。お茶目で死にかけたらたまったもんじゃない。
「シェリアのことだってそうです。兄としては雑魚に大切な妹は任せられませんからね。『人が手塩にかけて育ててきた妹を、ひょっこり出てきて何かっさらいやがる。貴様にはじわじわと地獄の苦しみを味あわせてやるよ。せいぜいもだえ苦しむがいい』なんてことは全くこれっぽっちも思っていませんから」
五年の月日と今までの旅が、目の前の男に色々なものをつけ加えていた。しっかりばっちり根に持ってるじゃねーか。それに、その兄妹設定もそろそろどうかと思う。育てたっていっても半分以上は本当の両親やアンタの父親だろ。っつーか、どう考えても間違った方向に育ててるじゃねーか。一人の女子の人生めちゃくちゃにすんなよな。そもそも俺って雑魚かよ。
「可愛い弟は徹底的に完膚なきまでにいじめぬけ――もとい、可愛い弟子には旅をさせろと言いますから。あなたも強くなれますし、いいことづくめ。地球で言う、まさに一石二鳥ですね」
今、本音が出ただろ。っつーか、師弟関係とか兄弟設定持ち出せばなんでもまかり通るとか思ってないだろーな。
「そういうことで、これからもよろしくお願いしますね。兄として師匠として、一人の男として」
笑顔なのに、背後に今までで一番どす黒いオーラが出てるよ。最高にいい笑顔してるよほんと。もしかしなくても、俺はとんでもない人を師匠にしてしまったのかもしれない。
アルベルト・ハザー。恐るべし。
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