EVER GREEN

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第十一章「未熟もの達へ」

No,15 エピローグ〜帰るべき場所へ〜

 母親と会った?
 この場所特有の幻覚――と言いたいところだけど、半分以上は本物かな。アルが一度取り込まれそうになったんだって? あいつ、ああ見えて純粋だからなぁ。君達が止めてくれなかったら間違いなくアルは廃人になってたよ。
 この場所は言い換えれば『フロンティア』の姉妹版。あっちは望んだものの在処(ありか)を示すけど、こっちは望んだものの姿そのものを示すんだ。声も、姿も、本質も当人が願った当時のままの姿で。
 そう。当時のまま。月日ってのは優しくて残酷だから。変わっていくものと変わらない、望んだままのもの。ほとんどが後者を選んでしまう。どちらもその人であることに間違いはないのに。
 後者を選んだ場合、たいていがここに留まることを望む。望んだ結果時が止まってしまう、つまりは朽ちてしまうんだ。オレ達(神)にとっては無害だけど、人間にとっては有害らしいから。『時』だとか『運命』だとか大層な名前のものを扱うには微妙なさじ加減が必要なのさ。今までそれを担ってたのが時砂(トキサ)なんだけど――ああ、シーナ・アルテシア(まりい)から話は聞いたのか。なら話は早いか。
 彼は能力に長けた者だったけど優しすぎたんだ。怖くて身動きのとれないイールズオーヴァの代わりに地上に降りて彼女にとって未知の世界、空都(クート)を理解しようとした。けれど、自分の在りかたに疑問を持って結局は地上に留まることを選んでしまった。おかしいかい? 神様、なんでもできる奴がそんなものを恐れるなんて。でも意外とそんなもんなのさ。なんたってこの子(イールズオーヴァ)はここにきて間もないからね。もっともオレ達の感覚での話だけど。
『主のいない神など、世界は誰も求めていない』別れ際に時砂はそう言ったそうだよ。オレ(主)がいなくても、わりとどうにかなってるとは思うけど。彼としては世界(時の城)の中で待っているよりも別の世界を探してほしかったんだろうね。けれどイールズはそれを拒絶した。だから彼は地上で朽ち、イールズは独りになった。それからのことはご覧の通り。
 シーナ・アルテシアのことは聞いたよね。あの頃の彼女には耐性がまだできてなかったんだ。だから体調もくずしたし地球にもどらざるをえなかった。『神の娘』って呼ばれる女の子達は純粋でデリケートだから少しずつ順応していかないと後が怖いんだ。君やカイは純粋と呼ぶにはちょっと……ねぇ? ああ、気を悪くしたらごめん。いい意味で使ってるんだよ。どんな逆境にもへこたれないって素晴らしいことじゃないか。
『いつか、未来を紡ぐ者がここに現れる。彼らはきっとあなたを解き放ってくれる』とも言ったそうだよ。彼の能力は『時間』だから。君のことをわかっていたのかな。それともただの当てずっぽうだったのか。どちらにしても、こいつに優しい未来は訪れたのかな。
 母親のことだったよね。イールズオーヴァが言った通り。君がお母さんの死を否定したから、お母さんは時の流れからはずれてしまった。君にあまりにも自責の念があったから、彼女は君を置いていくことができなかった。
 ここ(時の城)に長いこといれば何らかのものを引き換えに何らかの力を得る。お母さんは、『大沢まどか』という人間は力と引き換えに『大沢昇』という人間に別れを告げに来たんじゃないかな。
 え。君、人格まで変わっちゃったの?
 それはオレ(神様)の管轄じゃないなぁ。たぶん自分自身でやっちゃったんじゃないの。自責の念が強かったから自分を否定した――もう一人の自分を作り上げたってところか。神様ってなんでもできるって思われがちだけど、やれることは限られてるから。天使になる奴ってみんな決まって人がよすぎるんだ。哀しいくらいにね。時砂もだし風鳴(ステア)もそう。非情になりきれなくて結果的に自分を傷つけてしまう。君にも心当たりあるんじゃないかい。
 で、天使化したけどどっちつかずでさ迷って、母親に想いを告げたことで過去をのりこえ元にもどったと。オレに言わせればそっちの方がよっぽどすごいよ。

 早い話が、奇跡は神様じゃなくても起こせるってこと。おわかり?

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 視界に入ったのは大切な人。
「でっ!!!」
 の、平手だった。
 合計三発。そのうち一つは拳で、文字通り目の前を火花が飛んだ。
「いってーな! なにすんだ!!」
「さっきまで死にかけてた人間が言うんじゃないわよ!」
 胸ぐらをつかまれた。と思ったら、思いっきり床にたたきつけられた。
 一回。二回。
 背中を打ち付けられて息もろくにできない。ようやくおさまったかと思ったら今度は視界いっぱいに女の子の顔が映った。
「また、約束やぶるつもりだったの」
 泣きはらした顔でつぶやくシェリア。
 本当にやぶるところだった。前にも同じことがあったのに。もう少しで同じ間違いをするところだった。
「ごめん」
 謝罪の言葉と同時に体を起こす。公女様は何度かしゃくりあげた後やっと手を離してくれた。
「……ここは?」
「時の城」
 答えたのは公女様じゃなかった。
 漆黒の髪に同じ色の瞳。それからのぞく眼差しはあまりにも冷たい。
「汝は誰だ」
 見た目は五年前と変わらないのに、なんでこんなにも冷たいんだろう。
「ねえちゃん」
「誰だ。それは」

 カイやシルビアの失われた時間はもどらない。だけど、これから先の時は自分で紡ぐことができる

 わかってる。なら、新しく始めるしかない。
 失われた時はもどらなくても、新しい時を紡ぐことができるのなら。
 どれだけかかってもいい。やれるだけやってみよう。
「なーんてね」
 そんな決意も、場にそぐわない明るい声であっけなく打ち消された。
「忘れられるわけないじゃない。なんのためにアタシがここまでやったと思ってんの」
 漆黒の瞳には光が灯っていた。肩までのびた長い髪。それは五年前と同じもので。
「こいつから全部聞いた。がんばったんだってね」
 かたわらには笑いをおさえようとするアルベルトがいた。こいつ知ってて黙ってたな。
「ごめん。この前まで忘れていたんだ」
 初恋の人は俺よりも背が低くなっていた。違う。俺が高くなったんだ。
 五年の月日が二人を隔ててしまった。海ねえちゃんが眠っている間、俺はずっと記憶を、辛かった過去を封じていた。
「仕方ないわよ。あたしが封印したんだから」
「けど」
 続きは笑みで制される。
「それでも、アンタはこうしてここに来てくれた。それで充分さ」
 それだけ言うと、今度はアルベルトに向き直る。
「アンタにもお礼言わなきゃね。アタシの見込みは間違ってなかった。
 約束を守ってくれてありがとう」
「おや。私のことは忘れてなかったんですね」
「アンタみたいに性格悪い奴、そう簡単に忘れられるわけないでしょ。
 今度はアタシが守る番。いいよ。お好きにどうぞ」
 そういうやいなや、海ねえちゃんの姿は男の影で見えなくなった。言い換えれば師匠がねえちゃんを抱きしめたということで。
「ちょっと! 痛いったら! 離して!」
「離さない。散々待たせたんだ。これくらい我慢しろ」
 直球のセリフに公女様ともども向きを変える。こいつがこういう男だってことはわかってた。わかってたけど、目の前でこんな場面を繰り広げられちゃたまったもんじゃない。
「本性出すのやめなさいよ。聞いてるこっちが恥ずかしくなるじゃない」
「誰のせいだと思ってるんです」
 特に隣にそーいう人がいる時はやめてほしい。自制がきかなくなるから。
「……まったくよ。どれだけ待たせたんだか」
 なおも続く言葉の数々。正視はできないけどこれだけはわかる。師匠は『世界』を手に入れた。ずっと昔に望んだものとは違うのかもしれないけど。長い遠回りをしてしまったのかもしれないけど。
 アルベルト・ハザーは世界を手に入れた。もしかすると、リザはこうなることがわかってて頼んだのかもな。
「二人にリザにいちゃんからの伝言」
 区切りがついたところで二人に神様からの頼まれごとを告げる。
「後は勝手にやってくれ。君達のつくりあげる未来に期待してる、だってさ」
 二人は互いに顔を見合わせた後、豪快に笑った。
「あいつらしいわね」
「ご期待にそえるようがんばりましょう」
 この二人なら大丈夫だ。根拠はないけど確信した。
 過去を取りもどせないのなら新しいものを築きあげるしかない。今までよりも何倍も、何十倍もいいものにして笑ってやろう。それまでのことを無駄にさせないように。
 服を引っ張られたのはそんな時。
「何か忘れてない?」
 何を。
 聞く前に、ふわりと重なるぬくもり。
「昇」
 はにかんだ顔で。耳元でささやかれた声は。
「誕生日おめでとう」
「……ありがとう」

 大沢昇、16歳。
 この日、俺は少しだけ齢を重ねた。
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