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第十一章「未熟もの達へ」

No,1 楠木高校の一日

 春が終われば夏が来て、夏が終われば秋、冬がくる。
 同様に、一学期が終われば二学期、二学期が終われば三学期がくるわけで。
「五十二点」
 長方形の紙切れの右端に書いてある数字を口にする。冬の教室は寒かった。換気と称して誰かが窓を開けたせいもあるけど――寒かった。そして、俺の心も寒かった。
 もう一度、目をこすって紙切れを凝視する。
「ごじゅうにてん」
 変わらなかった。
 長方形の白い紙切れ――答案用紙とも言う ――を一旦机の上に置き。目をつぶって深呼吸をして。精神を落ち着けた後、かっと目を見開きもう一度数字を確認する。
「ゴジュウニ」
「いいかげん現実を認めろ」
 目をこすっても、ひっくりかえしてみても結果は変わらなかった。ついでに言えば、漢字にしても、ひらがなにしても同じだった。
「何度やってもテストの点数が変わるわけないだろ」
 異世界慣れした友人の声が胸に突き刺さる。
「日々地道にこつこつと。いつもやってることだろ。それを怠ったお前が悪い」
 正論だけに、言い訳もできない。ちなみに友人は八十二点だった。
「お兄様」
「その言い方やめろ」
 なんでそんなに良すぎるんだよ。その一言は胸中にとどめ、友人であり義兄(の予定)である男に視線を移す。
「ぼくはこの休みの間、一体何をやっていたんでしょう」
「お前の視点から言うところの異世界に行って、衝撃を受けて引きこもって、シェリアに一発殴られてもどってきたんだろ」
 友人の、ショウの一声は一字一句間違うことなく的確だった。的確すぎて俺の心臓にぐさりときた。
「どうしてお兄様がその一件を知ってるんですか」
「だからお兄様はやめろ」
 本気で嫌がってるショウの胸ぐらを掴み問いただすと、友人はことこまかに説明してくれた。
 公女様が俺を連れ戻しに単身のりこんだこと。のりこんだ場所に俺はいたが、とにかく様子がおかしかったこと。声をかけたとたん、突き放されて、頭にきた公女様はグーで殴ったこと。全部シェリアが話してくれたそーだ。
「貞操がどうとか言ってたぞ。お前、あいつに何やったんだ」
「聞くな」
 わかってる。わかっちゃいるが、俺が一番目をつぶりたいことなんだ。頼むからそっとしといてくれ。
 順番が逆になったけど、俺の名前は大沢昇(おおさわのぼる)。ごく普通、かつ、ごく真面目のどこにでもいるごくごく真面目な高校生だ。いい加減きついだろってツッコミもわかってる。けどあえて言わせてくれ。おそらくこれが最後だろーから。
 冬休みが終わって、やってくるのは学力テスト。いくら学生の本分が勉強だとはいえ、この状況でこの仕打ちはあんまりだろ。地球にもどってきてそんなに間がたってないんだぞ? 課題終わらせんのにどれだけかかったと思ってんだ。ショウや坂井の協力がなかったら間違いなく死んでたぞ? 他の科目なんか考えたくもない。
 なんてことを思っていても、当然口にできるはずもなく。
「五十二点ですか。大沢君らしからぬ失態ですな」
 もう一人の友人に引きつった顔を向けることしかできなかった。
「そういうお前はどうなんだ」
 恨めしい視線と共に、目の前の相手から答案をひったくる。前回の通知表の時とは違い、今回はすんなりと入手できた。
 答案を凝視すること数秒。
「どう?」
「参りました」
 六十三点。完敗だった。
「はじめて昇に勝ったなー」
 さっきと同様、ひっくりかえしたり目をこすっても点数は変わらない。点数の隣にある名前はまぎれもない坂井幸一のもので。
「誰のおかげでこの冬を乗り切れたのかな?」
「目の前にいる大親友様のおかげです」
「その大親友様に、君は一体どんなしうちをしたのかな?」
 まぎれもない完敗だった。
「俺が間違ってました」
「うむ。わかればよいのだ。さあ、共に夕日に向かって走ろうではないか」
「はい、師匠!」
「お前ら、一体どこにいくつもりだ」
『ノリ的になんとなく』
 こうして五分足らずの寸劇は幕を閉じた。
 冬休みは本当に大変だった。特に後半。いくら異世界を行き来してよーが、どんな苦労があろうが、俺が高校生だという事実に変わりはないわけで。さっき言ったような文句をのたまおうものなら完全に頭の中を疑われるわけで。
 結果、学生としての本分はやらざるをえない。現実って残酷だ。
「彰(ショウ)に見せてもらえばいいじゃん」
 昼休み、菓子パンを片手に坂井が問いかける。
「自力でなんとかしろって言われた」
 俺が時の城に閉じこもってる間、ショウとまりいは手がかりを求めて右往左往してくれた。後から聞いた話だけど、姉貴は俺が天使だってことがわかっていたらしい。アルベルトから聞かされたのもあったけど、気づいたのは一緒に暮らすようになってなんとなくだそうだ。俺は全くこれっぽっちも気づかなかったけど。そんな二人に宿題の手伝いを頼めるはずもなく。泣きついたのが大親友様であり悪友の坂井だった。
「お前さあ、本当にどこ行ってたんだ?」
「この前言ったとおりだって」
 しばらく遠出する。そう言ったのは二学期の終業式だった。父さんにも同じことを言って、異世界に旅立って。その異世界でとんでもない事実を突きつけられ、アルベルトが瀕死の重傷になって。一命はとりとめたものの、引き換えにして俺は新しい力を手に入れてしまった。
 本当なら手放しで喜ぶべきことなんだろう。けど、文字通り手に入れてしまった――思い出してしまった。代償は記憶と心。それは、ずっと昔に封じていたもの。母さんが死んだ時、五年前に俺はアルベルトとすでに会っていた。正確には海ねえちゃんを通じて。
 海ねえちゃん。俺を空都(クート)に導いてくれた人。漆黒の髪に同じ色の瞳。母さんが死んだという事実を受け入れられなかった俺は、彼女と共にあることを望んだ。自分から、ねえちゃんを護れるもの、天使になった。けど、現実は残酷で。結局は守りたかった人を傷つけてしまった。
「それで。ちゃんとそっちは片付いた?」
 友人の声に我にかえる。銃の形にして向けられた指先。その位置にあるのは俺の心臓だった。
「俺、何も言ってないけど」
「顔見りゃわかる。何年の付き合いだよ」
 考えてみれば、坂井と知り合ったのも同じくらいだった。しかも、母さんの一件があった後。
「お前、いつも無理して笑ってただろ。ガキながらに見てて痛々しかった」
 それは五年越しの友人の告白だった。
「一歩間違えれば優等生ってタイプだもんな。昇って。けどお前、途中から変わったじゃん。笑ってるのに泣きそうっつうか。泣きそうなのに、笑って転んで、騒いで叫んで、また笑ってんだよな。
 そういう顔見せる奴が、ふだん一体どんなことを考えてるのかなーと思い、近づいてみました。まる」
 妙に気色悪い、けど、妙に真面目な顔で告げられれば返す言葉もなく。ましてや驚きで開いた口がふさがらない。
「俺も同感。ひとしきり騒いでるわりには能天気すぎる。かといって、中身が全くないわけじゃない。ある意味、一番わかりにくい人種だ」
「だろー? さすが彰くん、わかってらっしゃる」
 お前らが俺をどう見てるかがよくわかりましたよ。いろんな意味で。
 それでも、ここは何か言わないとまずいだろう。考えに考えて口から出たものは。
「今さら悔やんでも、どうにもなんないんだよな」
 小さなつぶやきは、周りに聞こえることはなかっただろう。目の前の奴を除いて。
「とりあえずケリはついた。あとはなるようにしかなんないって」
 本当にそうだった。今まで何度も言ってきた気もするけど。この数日で、辛いことや哀しいことが多すぎた。けれど、なんとか乗りこえられた。それは空都にいた仲間がいたから。でも、それも少しだけ違った。
 空都だけじゃなくて。地球にも、ちゃんと見ている奴はいたんだな。しかも、自分よりもずっと俺のことをわかっていた。
 二つの世界、もしかしたらそれ以上かもしれない。どこにいても自分をわかってくれる仲間がいる。もしかしなくても俺は、実はものすごく恵まれてるのかもしれない。
「サンキュな」
 一言だけ言うと、そっぽを向く。相手の顔は見ないようにして、新たな決意を胸にする。
 全てのことがわかっても、全てが解決したわけじゃない。黒幕をどうにかしてあの人を取り戻す。それが、俺と、もう一人が望んでいること。もちろん、生半可な覚悟じゃできないってこともわかってる。けど、今ならなんとかなりそうな気がする。っつーか、してみせる。
 かといって、自虐はもうごめんだ。嘆くよりも前に進んでやる。それが今の俺にできることだから。
「もちろん、こっちもちゃんとやらないとな」
「それは大変よい心がけですね」
 新しい声に、俺や坂井はおろか、ショウまでが視線を向ける。そこには坂井にとっては数週間ぶりの、俺にとっては数日ぶりの英語教師がいた。
「五十二点ですか。大変素晴らしい数字ですね」
 答案がなぜか英語教師の手に渡っていた。ショウの方を見ると、ぶんぶんと首を横にふられた。どうやら運び屋の友人も気づかなかったらしい。
「教師がそんなことしていいんですか?」
「誰がこの問題を作ったと思ってるんです?」
 涼しげな笑顔。ああ、これ見るのも本当に久しぶりだよ。背後に妙なオーラが漂ってるのも懐かしいよ。俺としてはあの状況でどうしてテスト問題なんか作れたのか聞きたいところだけど。
「どこかの誰かさんは勉学を大変怠っていたようですけどね。あなたも友人の二の舞にならないよう気をつけてください」
 相変わらずのエセ笑顔で告げると、英語教師は去っていく。
「あの先生って相変わらずだなー」
 坂井の一言に心から賛同する。なんであそこまでああなんだよ。
「お兄様」
「だから、それやめろ」
「なんであいつはあんなにも変わらないんでしょうか」
 もう一人の友人が腕を組み、うなること数秒。
「……アルベルトだから?」
 俺も思いましたよ。っつーか、それしかないと思ったさ。
 あれだけの苦労しといて、結局はこれっぽっちも変わってないじゃねーか。これじゃ全く意味ねーよ。

 県立楠木高校の一日は、今日も平和だった。
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