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第十章「真実(ほんとうのこと)」

No,6 霧海(ムカイ)、再び

「久しぶりに会ったと思ったらケンカしてるんだもん。驚いたよ」
 藍色の髪に紫の瞳。真っ赤な服の上にあるのは緑のマント。
『中身はまともだけど、外見がすごいんだよな』
 前に、昇はそう言っていた。そしてたぶん、彼の指摘したことは間違ってない。
 アタシは昇より先に、この人に会ったことがある。それも、昇のお姉さんがらみのことで。
 リザ・ルシオーラ。『魔法よろづ屋商会』という肩書きで、シーナにたくさんの予言を残していった人。一年前、アタシはシーナ達と一緒にこの人に会った。この人は、たくさんのことを知っていた。シーナのこと、フロンティアのこと。アルベルトの親友だとも言ってたし、彼と会話をしている時のアルベルトは本当に親しそうだったって昇も言ってた。
 親友にたくさんの予言を残した、アルベルトの、お兄ちゃんの親友。
「銀髪の彼に一票。女の子には優しくね」
 姿の変わった昇を見ても、リザさんは全く動じなかった。
「何故、汝(なんじ)がこのような場所にいる」
「決まってるよ。それはオレが、お兄ちゃんだから」
 冷たい言葉にも親しげな顔で。それはまるで、さっきのセイルみたい。逆に動じているのは昇の方だった。
 ――動じている? どうして?
 確かに、ルシオーラさんは昇やアルベルトの知り合いだし親友だ。だけど、それだけで、ここまでうろたえるものなのかしら。
「ここは、汝が来るような場所ではない!」
「じゃあ、誰なら来ていいのさ」
 ルシオーラさんの声に、昇の表情が凍った。
 ううん、凍ったなんてものじゃない。空色の瞳に映るのは、明らかに恐怖の感情だった。でも、何に? 昇は何を恐れているの?
「それとも、このお城の主は、オレには会いたがってないのかな」
 もしかしたら、それすらも違うのかもしれない。恐れているのは昇じゃなくて、昇を通した別の人物。だとしたら、その人は何を恐れているんだろう。目の前にはアタシ達と、ルシオーラさんしかいないのに。
「違う! あの方は――」
 昇の声と、ルシオーラさんの声と体が重なる。
「弟なら、兄ちゃんの言うこと黙って聞いてなさい」
 不可解な言葉と軽い抱擁。肩をたたくと、少しの硬直の後、昇は膝から崩れ落ちた。
「あの……」
「君は、シーナ・アルテシアと一緒にいた子だね」
 紫の瞳がアタシに向けられる。あの時のこと、覚えてたんだ。
 首をたてにふると、ルシオーラさんは片目をつぶった。
「聞きたいことがあるんだろ? だけど、もう少し後にしてくれると嬉しいな」
 そう言って、地に崩れた昇を抱きかかえる。
「時期がきたら、ちゃんともどるから。本当の黒幕は、最後まで出張らないものだよ」
 誰にともなく告げると、ルシオーラさんはそのままお城を後にする。アタシもセイルに肩をかしながら、白の世界から遠ざかった。
 この世界の名称が、雪の砂漠と同時に、時の城だって知ったのは後になってからの話。
 リザ・ルシオーラさん。この人は一体、何者なんだろう。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「シェリアさん久しぶり!」
 霧海(ムカイ)に来て一番初めにうけたのは、リズさんの抱擁だった。
 リズ・ルシオーラ。霧海の住人で、ルシオーラさんの妹。
 辺りを見回せば、いなくなったはずのみんなもそこにいた。後から聞いた話だと、アタシ以外は無事にこっちに来れたらしい。アタシだけが取り残されて、心配したセイルとルシオーラさんが駆けつけてくれたって言ってた。
「元気にしてた? 何かあってないかって心配だったの」
「あ、アタシは大丈夫。だけど」
 言い終わる前に人差し指を突きつけられて。
「ノボルくんのことでしょ? わかってる」
 優しく笑うと、リズさんは視線をベッドに移す。そこにいたのは二人の男の子だった。
「ぼくの役目はここまで、かな」
 異世界にたどり着くと、そう言ってセイルは崩れた。元々怪我を負ってたもの。そのうえでのあの立ち振るまい。皮肉だけど、彼が暗殺者だったからこそのことなんだろう。今、彼はベッドで眠っている。後からちゃんとお礼を言わなくちゃ。
 一方、昇はあれから眠ったままだった。髪の色は黒にもどったけど、それだけ。息もしている。だけど、それだけ。アタシやセイルが声をかけても、何の反応もない。まるで、アタシ達のことを拒絶してるみたい。
「銀髪の子の方は大丈夫。問題はノボルくんの方かな」
 首をかしげると、リズさんは厳かに口を開いた。
「この子の心には闇がある」
「闇?」
「哀しみって言った方がいいのかな。前に、この子に言ったんだ。あなたには哀しみの刃が眠ってるって。
 一目見てわかった。この子は、たくさんの感情を押し殺している。今はいいけど、いつか、何かのはずみで壊れてしまうんじゃないかって。そうならないように釘をさしといたつもりだったんだけど」
 前にってことは、あの時のことかしら。みんなでアルベルトを捜しに霧海に来て。カリンさんに会って、その途中でリズさんと、マリーナさんに出会ったんだ。
「『生きたい――って、必死になって叫んでる』とも言ってたよな」
 言葉を引きついだのはマリーナさん。海の妖精で、いつもリズさんと一緒にいる。小さな容姿とは裏腹に、威勢のいい話し方も健在みたい。
「それも、昇が言ってたの?」
 問いかけると、リズさんは首を横にふった。
「正確には、ノボルという男の子の心が。
 『哀しみの刃は心の奥に眠っている。それを引き抜くことができた時、君は――汝(なんじ)は全てを終わらせる鍵となろう』これが、わたしが彼に告げた言葉」
 お兄さんと同じ、紫の瞳は静かな色をたたえている。
「きっと、何かのはずみで心のたかがはずれちゃったのね。言い換えれば、たちの悪い反抗期かな」
「地球の人間って、このくらいの歳でなるもんなのかい?」
「うーん。それは聞かれてもわからないなぁ」
 リズさんとマリーナさんの会話に愕然とする。昇は、そんなに前からたくさんのことを抱えていたんだ。
 ふいに、お兄さんの時とと同じ疑問が脳裏に浮かぶ。昇の心の闇を、一目で見抜いたリズさんは、一体何者なんだろう。
「……あなたは、誰?」
「お兄ちゃんの妹」
 問いかけに、リズさんは応える。確かに、それも一つの答えなんだろう。だけど、何かが違う気がする。紫の瞳は静かだけど、強くて、全てを見透かすかのようで。この瞳と同じものを、アタシは知っていた。
 昇のことで、どうしようもなくて泣きついて。親友は優しくて、でも強い瞳でアタシを見守っていてくれた。彼女は、シーナは自分のことを何だと言っていた?
「もう一つの肩書きを教えたほうがいいんじゃないですか? 『神の娘』だって」
 聞きなれた言葉と久しぶりに聞く声。
「久しぶりですね」
 振り返ると、そこには黒髪の男の人がいた。
「リズ・ルシオーラ。彼女はあの人の妹であり、この世界(霧海)の『神の娘』です」
「そして、カリンくんはわたしの守護天使」
「――ではありません。幸か不幸か」
 カリンさん。リズさんと同じ、霧海の住人。だけど、再会を懐かしむ余裕はアタシにはない。
「以前、ノボルさんには僕と同じようなものを感じました。黒髪の人間なんて、霧海には珍しいですから。だけど、こうして再会するとは思いませんでした。彼にも特異体質があったんですね」
 同じことを考えていたんだろう。カリンさんはそう言って苦笑する。確かに、初めてここにきた時は、こんなことになるなんて思わなかった。異世界に来たって興奮してて、肝心なことを見逃していたような気がする。
「ボクも、まさかもう一つの世界に来れるなんて思わなかった。噂のルシオーラさんにも会えたし」
「オレってそんなに有名人?」
「人によっては」
 たくさんの人との再会。でも、本来なら一番に再会を喜ぶべき男の子は眠りについたまま。
 思えば、アルベルトは急用ができたって置き手紙を残していなくなった。あの頃から、お兄ちゃんは何かをしようとしていたのかもしれない。あの頃から、昇も何かが変わりはじめたのかもしれない。二人が大きな渦の中にいる間、アタシは一体、何をすればいいんだろう。
「それじゃあ『ノボルくん救出作戦』発表するよ!」
 我にかえったのは、リズさんの一声を聞いた時。
「救出……できるの?」
「そのために、ここ(霧海)に来たっしょ?」
 確かに、昇を助けるために来た。だけど、本当に助けられるのかしら。全てを拒絶した男の子は、本当に目を覚ましてくれる? 昔みたいに、笑ったり叫んだり、どうしようもないことで悩んだり、それでもまた、笑ってくれるのかな。
「本当は、直接手出しできればいいんだけどね。残念ながら、オレにその権利はないんだ。だけど、神の娘が二人もいるんだし、やってやれないことはないと思うよ?」
 ルシオーラさんがアタシの肩に手を置く。
 そうだ。まずはやってみよう。昇だって言ってたじゃない。『なんとかなるさ』って。
 頬をたたいて、弱い自分をふりはらう。やれるだけやって、ダメだったらそこで泣こう。わからない謎だって、ことが終わってから問いただせばいい。もっとも、泣くつもりなんてないけど。
「まずは、彼に縁のある場所を探さなきゃ」
 モロハの声に視線を向ける。
「縁のある場所?」
「彼を呼び起こすのに必要なんだ。思い入れのある場所とか。一つくらいないかな」
 記憶にあったのは、雪の砂漠でのひと時。
『夏に咲く黄色くて大きな花。ほら、オレの家にも飾ってあっただろ? 別名、太陽の花』
「……向日葵(ひまわり)」
「え?」
「向日葵。昇が教えてくれたの」
 空都にはない、地球だけの植物。半分おどけて、でも寂しそうに話してたから覚えてた。たぶん、それは昇にとって大切なもの。
「地球に行くわ。お願い」
 声は、自然にもれた。
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