EVER GREEN

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第十章「真実(ほんとうのこと)」

No,3 仲間

 アタシの胸元には青の宝石が輝いている。
 アクアクリスタル。ミルドラッドの宝石で、故郷に水をもたらしたもの。
 宝石をめぐってアタシはとんでもない被害にあった。無理矢理婚約させられてさらわれて。ラズィアの一件が終わったかと思えば今度は暗殺者に脅迫されて。
 その暗殺者は今、アタシの目の前にいる。
「この前はごめんね」
 セイルはアタシの目の前で深々と頭を下げた。
 カトシアの、シェーラの故郷で彼は昇と戦った。戦いの内容は気を失っていたからわからない。目が覚めた時にわかったのは血まみれで倒れていたってこと。そう、彼は重症だった。
「故郷(空都)に帰るためといっても女の子に乱暴はたらいたから」
 腕や体に巻かれた包帯。傷を負ったのはアルベルトよりずっと後なのに、体を起こしていられるのは、昇達の協力があったから。
「あなたにあやまられるなんて思わなかったわ」
「ぼく、基本的には紳士だから。仕事はしても、可愛い女の子は傷つけないに限るでしょ」
 のど元に短剣を突きつけられて。男の人達に襲われて。思い出しただけで体がふるえる。だけど、まさか目の前の男の子に謝られるとは思ってもみなかったから、本当に驚いた。
 本当に驚いた顔をしていたのかもしれない。セイルは苦く笑うと言葉を紡いだ。
「殺しなんか本当はやらないほうがいい。そんなこと、ぼくだってわかってるよ。だけど、何も知らない甘ちゃんに言われたくはなかった。
 まさか、あの昇にやられるとは思ってもみなかったよ。その上相手をかばうことになるとはね。
 正直、今の状況に、ぼく自身が驚いてる。まさかこうして生きて話ができるとは考えてもみなかった。ありがとう。まりい」
 そう言って今度はアタシの隣にいる親友に頭を下げる。
 セイルがつぶやくのも無理はない。アルベルトと同様、彼だって瀕死の重傷だった。
 その彼を救ったのは天使化した昇。それを助けたのはシーナとショウ。そして、アルベルト。
『この者は彼を助けたがっていたようだがな』
 あの一言がなかったら、シェーラは間違いなくセイルに剣を振り下ろしていた。そうされてもおかしくはなかった。アタシにだってわかる。シェーラが今までどんな辛い目に遭ってきたかってことくらい。周りに信じる人がいないって、とても辛いことだと思う。望みもしないのに無理矢理立場を入れ替えられて、あまつさえ命を狙われて。アタシにリューザやアルベルトがいたように、シェーラにもエルミージャさんって人がいた。でも、身近に友達と呼べるような人は一人もいなくて。彼の素性を聞いた時、許せなかったのはアタシ自身に境遇を重ねたからかもしれない。
 だけど、シェーラは剣を振るうよりも友達の言葉を選んだ。それはシェーラが昇のことを信用していたから。アタシにシーナって友達ができたように、彼にも昇って友達ができた。
 万人受けの一般論よりも、近しい人の一言の方が効果は大きい。
 姿は変わっても、ちゃんと昇はいるんだって――思いたかった。
「セイルさん。私」
「君は知らないだろうけど、ぼくは一度、君に会ったことがある」
 シーナが口を開ききる前に、セイルは口火をきった。
「それ狙いだったんだ」
 指し示すのは胸元で光る宝石。
「ラズィアのごたごたのことは言ったよね。さらわれたお姫様のことは遠くから見てた。止められてたけど、ぼくって好奇心旺盛だから。
 ドレス姿、似合ってたよ。ゼガリアから入れ替わりを聞くまで本当にお姫様だと思ってたくらいだから。あの時のお姫様二人と異世界でお話するなんてね。人生って本当に驚きの連続だよ」
「セイルさん、今はそんなこと話してる時じゃ」
「石のことはゼガリアから色々聞いていたから。ぼくのところに来たのはそれが理由だよね」
 セイルの確信めいた口調に、シーナは静かにうなずいた。

 昇くんが天使だってことはわかってた。
 黙っててごめんね。だけど、今はその時じゃないと思ったから。
 もちろん、はじめから知ってたんじゃない。
 二学期になってからかな。アルベルトさんが教えてくれたの。昇くんが大きな闇にのまれようとしてるって。それが、私達に大きく関わることだって。
 黙っていたことが良かったのかわからない。でもこのままじゃいけないこともわかってた。だから、私は私にしかできないことで、弟を助けるつもりだった。

「それじゃあ、まりいちゃんはボク達が空都(クート)にいる間ずっとその方法を探してたの?」
 モロハの問いかけに、シーナはこくりとうなずく。
 場所はアパートのセイルのいる一室。昇に会うために親友に相談して、セイルの協力が必要だということがわかって。でもセイルだけの力じゃどうにもできないということになって。ケガ人の部屋にこうして全員が集まることになった。ただし、アルベルトだけは除いて。
「責めるなら俺も同罪。知ってて言わなかったからな。いたずらに当人を混乱させてもいけないと思った。でも、騙してたのは事実だ。悪かった」
 シーナに引き継いで謝罪の言葉をかけるショウに、アタシ達は何も言えなかった。二人が昇のことを心配しているのはよくわかったから。
「責めはしないっしょ。ただ、言ってくれなかったのがさみしかっただけ。他のみんなも同じだと思うよ?」
 モロハの言ったことは正しかった。誰も二人をとがめることはできない。だけど、話してほしかった。話してくれれば別の手立てだって考えられたかもしれないから。話してくれれば、この場所に黒髪の男の子がいたかもしれないから。
 もしも、とか。あの時、とか。
 考えても仕方がないのはわかってる。二人だって悩んだうえでの結論だってことも。それでも考えてしまうのは、たぶん、アタシが弱いから。
「それで、方法は見つかったのか」
 シェーラの眼差しにショウは首をたてにふった。
「フロンティアを使おうと思う」
「何それ?」
 眉を寄せたのはモロハだけ。他のみんなはうなずいたり、はっとした表情を見せた。
 フロンティア。それは未知なるもの。おとぎ話の中では一番有名で、一番不確かなもの。わかっているのは願いをかけた者の望みをかなえることだけ。それ以外は謎だらけ。宝石とも、人の名前とも言われているし、実際は誰にもわからない。
 だけど、それと今の状況と何のつながりがあるんだろう。
「フロンティアはもう、この世界のどこにもない。だけど、アクアクリスタルになら――フロンティアのかけらなら、まだ力が残ってるかもしれない」
 この後、シーナはたくさんの話をしてくれた。
 フロンティアがアクアクリスタルの結晶体だということ。
 フロンティアが『翼の民』と呼ばれる者の住家であり、同時に目的地を教えてくれる導きの地図だってこと。翼の民が住家を壊してしまったから、永久にそれは存在しないということ。 
 おとぎ話の『黒い翼を持つ英雄』が翼の民であり、お姫様がシルビア伯母様。シーナが二人の娘であること。
 天使とはそれぞれの世界に存在する『神の娘』を守護する者であり、昇もその一人だってこと。
 シーナが空都の住人で、『神の娘』の一人であること。
「それでぼくの力が必要なわけか。この場合、情報かな?」
 納得したようなセイルの面持ちに、シーナが応える。
「『誰よりも優しくて誰よりも強い。そして、誰よりも哀しいさだめを背負う者』それが天使の条件だって言ってた。
 私はもう、ステアみたいな――友達みたいな哀しい天使にあいたくない。だから力をかしてください」
 ステアって名前には聞き覚えがある。一年前、シーナとショウと、アルベルトと旅をしていて。リザ・ルシオーラと話をしている時に襲いかかってきた女の子のことだ。
 思い返してみれば、確かにあの子も空色の髪に瞳をしていた。友達を傷つけるようなことばかり言ったから好きにはなれなかったけど、そんな結末を迎えていたなんて思ってもみなかった。
 だったら昇は? 昇もまた、彼女と同じ道を歩んでしまうの!?
「ぼくがまた裏切るとは思わないの?」
「その時はわたくしが貴様を斬る」
 シェーラの声には冷たい怒気が含まれていた。
 翡翠色の瞳と青の瞳が交差する。
「冗談だよ」
 肩をすくめると、セイルは真面目な面持ちで語りはじめる。
「ぼく、あの大馬鹿のこと本気で気に入ってるんだ。弱いくせに人の心にずばずば入り込んで。解決策だってわからないくせに、めちゃくちゃなこと言うんだもんな」
「でも、そういうところが良かったんでしょ?」
「傷をおってるくせに、自分から傷つこうとしてるから。今までならそういう人種って大嫌いなはずだったんだけどね」
 笑うのは肯定の証。
 視線をセイルから移すと、移された相手は嫌悪感をあらわにつぶやいた。
「わたくしは貴様を信用しない」
 シェーラの瞳には、確かに嫌悪の色が含まれていた。だけど、別のものも含まれていた。
「だが、友人を助けるということに対しては何の異論もない」
 そう言って右手を差し出す。
「前に、あいつが言ったのだ。『笑ってればそれだってなんとかなるかもしれない』と」
『もしダメだったとしてもさ、ぎりぎりまで笑ってたいじゃん。だからオレの場合、やせ我慢ならぬやせ笑い』
 本当に昇らしい。こんな時なのに、自然と口元がゆるむのは仕方のないことなんだろう。
「あの時は口にできなかったが、本当は問いただしたかった。『今言ったことが本当だとしたら、お前はどれだけの痛みに耐えてきたのだ』と。
 確かに頼りないが、ノボルはわたくしを――おれを、助けてくれた。おれは、友人を助けたい」
 もれた声に、全員が同じ思いを浮かべる。
 笑顔が作られたものだったとしたら。人格が創られたものだったとしたら。そんなの辛すぎるし哀しすぎる。
 彼を早く助けよう。助けて、ぼこぼこにしよう。どうして何も言ってくれなかったのかと、問いただそう。
 そして、みんなでまた旅しよう。荷物持ちに料理に洗濯。アルベルトみたいに、みんなの仕事をこれでもかってくらいに押し付けよう。絶対嫌だとは言わせないんだから。
「不本意だが、一時休戦だ」
「それで充分」
 シェーラの手を、セイルは笑って握りしめた。
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