EVER GREEN

BACK | NEXT | TOP

第十章「真実(ほんとうのこと)」

No,15 エピローグ

 もしかしたら。
 本当にもしかしたらだけど。
 時の城で目にした雪の砂漠。あの雪は、アルそのものだったのかもしれない。
 静かに、ただ静かに降り積もる雪。
 哀しみも、優しさも痛みも。全て覆いつくしていく。誰に知られることもなく屑々(せつせつ)と。
 だとしたら、これほど聖職者にふさわしい奴はいないのかもしれない。
 全ての感情を、笑顔ひとつで覆い隠す男。
 この五年の間、こいつはどんな気持ちで時をさ迷っていたんだろう。
 この五年の間、こいつはどんな気持ちで俺達を待ちわびたんだろう。
 五年たって。こいつはどんな気持ちで俺と話をしていたんだろう。


「カイは俺に似ていた」
 しばらくたって、アルベルトが話してくれた。
「本当は人一倍怯えているのに強がって。自分を見ているようでたまらなかった。でも、そんな自分の弱さを認めるきっかけを作ってくれたのは、おまえなんだ」
『昔、三人で旅をしていたんです』
 ふいに、夏休みのこいつの台詞が頭をよぎる。
『正確には三人と一人ですが。そのうちの一人は女性でした。我侭(わがまま)で性格が悪くて。私は彼女のことが心底嫌いでした』
「俺にとってのお前は、ノボルじゃない。初めから、空(クー)だった」
『もっとも、それに気付いたのは当時一緒にいた子供のおかげだったんですけどね』
「空のおかげで、俺は自分の気持ちに気づくことができた」
『『もし泣かしてみろ。どこにいても駆けつけて、一発ぶん殴ってやる』その子供のセリフです』
「あの時の言葉は嘘じゃない。おまえがいなかったら、三人はもっと早くにバラバラになっていただろう。カイのことも、自分のことも認めることができなかった」
『いいかげん気づけよ! じゃないとおれが姉ちゃんをつれてくからな!』
「俺には誰もいなかった」
 それからの独白は、前に誰からかきいた通りのことだった。
「孤児だった。生まれ育った場所は戦場で、逃げ出したところをリザ兄さんに見つけられて。たまたま通りがかった父上に拾われて。……この意味がわかるか?」
「だから、今みたいになったってこと?」
「まわりくどい言い方をするな」
「……賢くならざるを得なかったってこと?」
 考えたことを言葉にすると、アルベルトはひとつうなずいた。
「おまえと一緒だ。大切な人に迷惑はかけられないからな。だから努力しているんだろう?」
「そこが俺とアンタの共通点?」
「さあな」
 短いため息ひとつ。認めたくないけど、こいつの言ってることはあたってた。
 大切な人の。好きな人達の笑顔が見たくて。きついこともなんとかのりきってきた。そう見えるよう、努力してきた。俺の場合は自責の念が強かったけど、こいつの場合はただ生き抜くためだった。
「カイにも頼まれていたし、一方的とはいえ、お前との約束もあったからな」
「だから俺を弟子にしたのか」
「そうした方が都合がよかったからな。一人称を『私』に変えたくらいでまんまと騙されるとは思わなかったが」
「仕方ないじゃん。覚えてなかったんだから」
 口をとがらせると、アルベルトは薄く笑う。その後に続いたのは、予想外のことだった。
「俺は、もう一人の天使候補だった。
 空都(クート)の、シーナ・アルテシアと呼ばれるようになった者の天使になるはず、だった」
 世界は三つでなりたっていて。それぞれの世界に『神の娘』と呼ばれるものと天使がいる。それを本当の意味で理解したのはしばらくしてからのことで。目の前の男の独白に、ただただ聞き入ることしかできない。
「時砂(トキサ)・ベネリウスに頼まれた。『この子の未来を頼む』と。空(クー)だった頃のお前と別れてすぐのことだ。
 そこにいたのは、俺とカイとリザ。三人の中で、天使の素質――空都の住人は俺しかいなかったからな。否応なしに頼まれて、息をひきとられた。どうも俺は、人に頼まれごとをされやすい体質らしい」
 天使は一人の女性に一人しか寄り添えない。天使の素質があるのは、『カミノムスメ』と同じ故郷の者。本当の力を使えるのは『カミノムスメ』ってひとを守る時だけ。もしくは、そのひとが命じた時だけ。
 ひとつの可能性が頭をよぎる。
「まりいが地球にいたのって」
「俺がやった」
 そしてそれは、間違ってなかった。
「あのままでは必ず追っ手が来た。かといって、もうひとつの世界では心もとなかったから。
 カイや、お前のいる世界なら大丈夫だと思った。全ての能力を使って、彼女を空都から引き離した。未完成なものだったから、彼女が望んだ時にもどれるという細工をして」
『ならば、扉を開きましょう。あなたに翼の民の祝福のあらんことを』
 前に、まりいから聞いたことがある。姉貴が聞いた導きの声。それはこいつの声だったってことか。だとしたら、こいつは姉貴にも真実を伝えてなかったことになる。
 それは、こいつなりに考えた末の結論だったんだろう。けど、俺は知ってる。姉貴がどれだけ辛い思いをしたか。どれだけの思いの末に、今の笑顔にたどりついたのか。
「可能性にかけたかった。お前達のいる世界なら、時砂の願いどおり倖せになってくれると。時の輪からはずれてくれると。
 けれど、結局はなにひとつ救えなかった。カイも、シーナも。そしてお前も」
 それは、こいつなりに悩んだ末の結論だったんだろう。けど、俺は知ってる。こいつが、どんな奴だってことを。そして、どんな大バカだってことを。
「やっぱりお前、わかってない」
 顔をしかめた男に、ここぞとばかりに言い放つ。
「俺を救いたいだ? 俺は誰にも救ってほしいなんて思ってない。少なくともお前にだけは絶対やだ。
 まりいだってそうだぞ? あいつは誰の力でもない。自分自身の力で救われたんだ」
 中学時代。姉貴は気弱で、ずっとおどおどしてた。けれど、今は笑っている。それは空都の出来事があったからかもしれない。だけど、最後には、彼女自身で倖せをつかんだ。
 俺が自分自身の力でここにもどってきたように、まりい自身も自分の力でもどってきたんだ。それは彼女が望んだから。それは、彼女が全てを知ったうえで倖せになりたかったから。
「今さらんなこと言ったって仕方ないだろ。それともなに? もしかして、俺にアルベルトお兄さんとでも呼んでもらいたかったわけ? 思い上がるのもいい加減にしろよ。一体何様なんだよ!」
 なんでもできる奴って、これだから頭にくる。どんなに偉くても賢くても、一人でやるには限度ってもんがある。五年前ならまだしも、今なら話してくれてもよかったんだ。そりゃ頭にはきたかもしんないけど、少しは手伝えたぞ? たぶん。
「俺はんなこと絶対言わねーからな。わかったらとっとと捜しにいくぞ」
 言いたいことを全部吐き出して。ドアを開ける。
 そのまま勢いよく閉めようとして――ふりかえる。
「それからもう一つ。金輪際、そんな言葉使うな」
「どうしてだ?」
「聞いてるこっちが気色悪い。いつものエセ笑顔とですます口調の方がまだまし」
 心のそこから言うと、アルベルトは呆けた顔をしていた。
「それともう一つ。アンタが自分自身をどう思おうが勝手だけど、それでも道化だっていうなら、ずっとそのままでいろ」
 続けて言うと、アルベルトは眉をひそめた。
「師匠なら師匠らしく、俺の前を歩いてろってこと。
 さんざん人をコケにしてくれたんだ。アンタだったらそのくらいお手のもんだろ?」
 さらに続けると、アルベルトは口を引き結んだ。
 二人の間に沈黙が流れる。
「どうしてお前は、そこまで優しくなれるんだ」
「しかたねーだろ! これが俺だ!!」
 いつか誰かに聞かれた時と全く同じ言い回し。再び沈黙が流れると思いきや、男の笑い声によってあっけなく崩された。
「あなたには緊張感と言うものがありませんね」
 そこにいるのは、静かな、けどゆるぎない笑みをたたえた師匠と。
「それで? これからどうするんです、昇」
「決まってるだろ」
 そこにいるのは、不敵な笑みをたたえた弟子。
「アンタの願いを叶えてやるよ」
BACK | NEXT | TOP

このページにしおりを挟む

ヒトコト感想、誤字報告フォーム
送信後は「戻る」で元のページにもどります。リンク漏れの報告もぜひお願いします。
お名前 メールアドレス
ひとこと。
Copyright (c) 2003-2007 Kazana Kasumi All rights reserved.