EVER GREEN

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第一章「出会いと旅立ち」

No,8  これが現実

「ふわあぁぁぁぁ」
 よく寝た。こんなに寝たのは久しぶりだ。
「しっかり熟睡してたな」
「あ、おはよー。早いな」
「アンタが起きるの遅いんだよ。今何時だと思ってるんだ?」
 目の前の男が苦笑する。
「そんなこと言うなって。久々の休みだしゆっくりしていたいじゃん」
 でも寝すぎはやっぱよくないか? 体を起こしながらあくびをかみ殺す。
「顔洗ってくる。そしたら目も覚めるだろーし」
「……場所、わかって言ってるのか?」
「わかってるもなにも――」
 部屋のドアを開け、階段を下り――
 バタン。
 ドアを閉める。
 ……えーと。
「ようやく目が覚めたみたいだな」
「ショウ、ここって」
 今まで会話をしていた相手――ショウのほうをふりむく。
「言ったほうがいいのか?」
「……いい。なんとなくわかった」
 認めたくないけど、ここはオレのいた部屋ではない。ましてやオレの住んでる町のどこかでもない。そこまでは理解できたし、うすうすそんな予感はしてた。
 けど、どうしても納得できないことが一つある。
 大きく息を吸うと、どうしても納得できないことを、その対象となる人物二人に向かって叫んだ。
「なんでアンタ達がここにいるんだよっ!」


 オレが椎名に呼ばれて目を覚ました時、こっちではそのまま倒れた――寝ていたらしい。
 放っておくわけにもいかず、とりあえずはショウの家の寝室へ。そのうち目を覚ますだろうとはじめは楽観視していたものの、当の本人はいつまでたっても目を覚まさない。まあ、あれから今日まで夢はみてなかったからな。
 かといって、このままずっと寝せておくわけにもいかない。だからオレのことを知ってそうな人――目の前の二人に連絡をとった。
「アンタ倒れる前に言っただろ。『金髪の女子とエセ笑顔の似合う外国人の男に会った』って。俺の知り合いじゃこいつらしかいなかったからな」
 でも一発でピシャリとは思わなかったとは本人の弁。ましてや連絡をとった二人がわざわざ自分の家までやってくるとは思わなかったそうだ。
「そういえばアンタ、この前と格好が違うな。いつの間に着替えたんだ?」
 どうやら夢――この世界は、リアルタイムで物事が進行していくらしい。今のオレはジーンズにTシャツ、長袖の上着と寝る前とまったく同じ格好。おまけに肩には学校用のバッグを背負っている。皮肉にもオレの備えが功を奏したってわけだ。
 まあ、その話はさておいて。
「…………」
 無言のまま相手をにらみつける。
「そう警戒しないでよ。何もしてないでしょ」
 そう言って、金髪の女子が苦笑する。
「そうですよ。せっかくまたこうして会えたんですから」
 エセ笑顔(もはやそうとしか思えない)の似合う外国人の男がうなずく。
「この前鈍器で殴ったのは誰だよ」
「鈍器ではありません。壷(つぼ)です」
「余計タチ悪い」
 どーりでコブができるわけだ。
「まあまあ。アタシはシェリア。それでこっちは」
「知ってる。オレを鈍器で殴った極悪人」
「……アルベルト・ハザーです」
 顔を引きつらせながら、エセ笑顔(くどいようだが)の男が自己紹介する。
「これから色々あるかもしれないけど、よろしくね」
「あ、うん……」
 差し出された女子の手を反射的に握ろうとして――
「……これから?」
 止まる。
「そ。これから」
「…………」
 沈黙すること約5秒。そのままベッドに戻り、毛布をかぶる。
「ショウ。オレ目つぶってるから頭殴ってくれ」
「……気絶すれば元の場所へ帰れると思ってるんだろうけど、それ無理だぞ」
 気絶しても帰れない!?
「マジで!?」
「嘘言っても仕方ないだろ」
 ショウの問題発言に慌てて毛布を引きはがす。一気に顔が青ざめていくオレとは対照的に、むこうはいたって冷静だった。
「もしかしてオレ、一生ここから帰れないんじゃ」
「いや、それはないと思う」
 と、これもまた冷静に返答してくる。
「ホントかっ!?」
 ワラをもすがる思いでショウを見る。
「ただ、これからが大変だろうな。アンタ」
「これからが大変?」
 それってどういう――
 言葉の意味がわからず呆然と立ちつくすオレに、この中で唯一の大人はこの前とまったく同じエセ笑顔でにっこりとささやいた。
「まずはお話をしましょうね」


「オレの睡眠時間を返せーー! ゴールデンウィークを返せーーーーーっ!!」
 叫んだところでこの現実は変わらない。
 それでもオレはこの理不尽に対して叫んでいた。
「……叫ぶのは勝手だけど、なんで壁のほう向いてるんだ?」
「あの極悪人が帰っていった方角だから。途中でいなくなっただろ。あいつら」
 場所はさっきと同じショウの家の寝室。あの二人組は『準備があるから』と一通り話し終えるとすぐに帰っていった。おかげでこっちは消化不良。怒りのやり場がどこにもない。
「さっきだってさんざん叫んでただろ。いい加減、疲れないか?」
「まだ叫び足りないっ!」
 背後でため息とも苦笑とも言えないような声がもれるが、このさい無視。
「だいたいなんだよ。あのアルベルトってやつ。何様なんだあの極悪人は!」
 叫ぶだけでは怒りがおさまらず、壁に向かって拳をあげる。
 ガキッ!
「っ、痛ぇーーー!!」
 が、壁には勝てなかった。
「この前はよく泣く奴で、今度はよく叫ぶ奴か。つくづくアンタ達って変な人種の集まりなんだな」
「ほっといてくれ」
 一通り叫び終えた後、エセ笑顔(本当にくどいようだが)の似合う極悪人、アルベルトの言葉を思い浮かべる。

 ここは、あなたの住んでいるところとは似ているようで明らかに違う世界。それはショウから聞いたことでしょう。私達の世界では、この世には三つの世界があると言われています。海の惑星、空の惑星、地の惑星。まあ『地の惑星』を『地球』と呼ぶように、他の二つにも正式名はありますが。ここはそのうちの一つ、『空の惑星(ほし)』です。

 あなたがここにいる理由。それは三つから考えられます。
 一つは誰かが故意に呼び出した。いわゆる召喚といわれるもの。ですが、本来召喚とは呼び出す側に何かの利益を求めておこなうもの。見たところ、あなたには何のメリットもなさそうですし万が一にもそれはありえないでしょう。
 もう一つは自らの意思でここに来た。……考えるだけ無駄ですね。仮にできたとしても、それこそ本人の強い意思が必要ですから。
 残る一つはそのどちらでもない、全くの偶然。それも奇跡に近い確率のね。

 あなたがここに来た理由、それはこの中では三番目でしょうね。まあ平たく言えば、誰も必要としてないのに勝手に来た。ただの行き当たりばったりです。

「――って言われて、はいそうですかって納得できるか!」
 大体、奇跡に近い偶然ってなんだよ。そんなこと言われても全然嬉しくない!
 まだ頭の中がごちゃごちゃしてる。

 強いて言うのなら、あなたのそばに媒介者、つまりは ここに来るきっかけとなった人物がいたんでしょう。それこそ稀な話ですが。元の世界に戻ったら一度調べてみてはどうです?
 元の場所へ戻る方法、それは何かしらショックを与えることです。ただし外界、あなたの世界からの刺激が。だから今ここで頭を殴られて気絶したところで何の意味もないんです。

「だったら、なんであの時鈍器で殴られて元の場所に戻れたんだよ」
「あの時点では、あなたが世界を世界と認識してなかったからです。どういう理由でかわかりませんが、別世界に長くいすぎる――その場所が自分の故郷ではないと理解した瞬間から、そのまま元の世界に帰れなくなることがあるんです」
 言ってることが全然わかんないんですけど。
「……つまり異世界に来て、時間がたてばたつほど元の世界に戻りにくくなるってこと?」

 そう考えてもらっていいでしょう。逆を言えば、夢だと思っていれば時間に関係なく世界を自由に行き来できるんですけどね。ただし、体にかかる負担も大きい。だからあの時は仕方なくあのような行動にでたわけです。

 壷で殴る以外に方法はなかったのか。

「でもショウに助けられて、この夢――世界のことを聞いて? こうしてここにいるんだから意味ないじゃん」
「それはあなたが勝手にしたことでしょう? 私の知ったことではありません」
 いけしゃあしゃあとのたまうと、男は続けてこう言った。
「まあ認識したとしても、すぐに戻れなくなったというわけではないんです。むしろ耐性がついたおかげでこれからはこちらに来る機会が増えていくでしょう」
「……それって、これからは夢を見るたびにこっちの世界に来るはめになるってこと?」
「これも何かの縁です。シェリアともどもこれからよろしくおねがいしますね」


「なんであんな冷静な顔してられんだよ。普通、別世界の人間が目の前に現れたらもっと取り乱すだろーが!」
 あの極悪人の言葉を借りれば、オレは『奇跡に近い偶然』でやってきた人間――異邦人らしい。そいつを目の前にして、淡々と語る様といったら。もしかしなくても、ショウがこの前口にしていた『アルベルト』ってあの極悪人の事だったんだな。
「なんだか話がずれているような気がするんだが。でもアルベルトに対しては俺も同感」
「だろ?」
「あの人と会ってそんなにたつわけじゃないけど、初めて会ったときは一体何考えてるんだって思うくらい得体の知れないやつだったから。今もあまり変わってないけど」
「だろだろ?」
 やっぱりこいつとはすっげー気が合う。今日こいつがこの場にいてくれたのが唯一の救いだ。そうじゃなかったらあまりの理不尽に叫ぶどころじゃすまなかっただろう。
「なあ、ノボル。あの人、さっき媒介者がどうとか言ってただろ」
「え? まあ」
 そういえばそんなこと言ってたな。ここへ来るきっかけがどうとか。
 けど、それと何の関係が?
「それ、シーナのことだと思う」
「椎名?」
 ショウはやや間をおくと、きまり悪そうに言ってきた。
「お前とあいつ、姉弟なんだよな」
「一応」
 義理ではあるが、姉弟にはちがいない。
「シーナは以前ここに来たことがあるんだ。それでだと思う」
 納得。常日頃顔を会わせてるんだ。椎名がここに来たことがあるのなら媒介者の役目は十分に果たしている。
 けど――
「ショウ、オレがこの『空の惑星』ってとこに来たことはなんとか理解できた。でもなんでここに椎名がかかわってくるんだ?」
 壁からショウのほうに向き直り、疑問に思ってたことを口にする。
「媒介者っていうのは、多分この場合こっちの、『空の惑星』の人間のことを言うんだと思う。けど、椎名はオレと同じ地球、アンタ達の言う『地の惑星』から来た人間なんだ。なのに――」
 オレが口を挟めたのはそこまで。ショウはそれ以上触れるなというばかりのつらそうな表情をしていた。
「……やっぱ、いい」
「いや、こっちも説明不足だったから。でもそれは本人の口から直接聞いたほうがいいと思う」
「わかった」
 どうやらわけありみたいだ。ここは素直に引き下がろう。人間、聞かれたくないことの一つや二つあるもんだしな。
「シーナは元気?」
 場の空気を変えたかったんだろう。ショウが努めて明るい声をあげる。
「元気元気。今オレと同じ高校――学校に通ってんだ」
 そーいや、ここって学校あるのかな。そんな単純な疑問が頭に浮かぶ。
「あっち、えーとオレの世界に帰ったら伝えとくよ。驚くだろーな、椎名」
 なにせ自分の知り合いがオレと出会って、一緒に戦ったんだからな。
「いや、それは言わなくていい」
「なんで?」
 ふたたび問いかけるとさっきと同じ表情をされる。どーやらこれもわけありみたいだ。
「わかった。言わない」
「悪いな」
「椎名ってこっちじゃどーだった?」
 また黙ってるわけにもいかない。今度はオレが質問する。
「はじめは大変だった。俺を見るなり後ずさるし、男を、人を警戒してるようなかんじだった。まあ次第に慣れてったみたいだけど」
「……安心した」
「何が?」
「なんでも」
 椎名は今でこそ普通だけど、昔はものすごい男性恐怖症。男が彼女と会話をするにはそれなりの度胸と忍耐力が必要だった。こいつもそれなりに椎名のことを気がけていてくれたんだろう。それがなぜか嬉しかった。
「ところでショウ、何やってんの?」
 さっきまで壁のほうを向いていたから気づかなかったけど、よく見ると斧を布のようなもので拭いている。
「見てわかるだろ。武器の手入れ。毎日やってないと使い物にならなくなるからな」
「へー」
 そーいうもんなのか。 オレと同じくらいの歳だろーにしっかりしてるな。
「ほら」
 リュックの中から何かを投げてよこすのを、なんとか落とさずにキャッチ。それは、全体が緑がかって柄に模様のかかれたナイフ――
「ってこれ、この前の?」
「風の短剣。見たまんまのネーミングだな」
 忘れもしない。こいつのおかげで難を逃れられたんだ。
「しばらくここに来ることになりそうなんだろ? 護身用だ」
「いいの?」
「俺にはこいつがあるから。そいつに世話になったのはせいぜい二、三度くらいだしな」
 そう言って、さっきまで磨いていた斧を見る。確かにアレだけの腕前があればこれに頼ることもないだろう。
「サンキュ」
 ショウの好意をありがたく受け取る。できればもう使いたくないんだけどな。
「さて、と。これくらいにしとくか」
 斧をリュックにしまい、テーブルにあったコーヒー(実は結構前から用意してあった)に口をつける。オレもそれにならってコーヒーを飲む。思ったよりそれは普通の味だった。
「ショウ、もう一つ聞くけど」
「なんだ?」
「アンタって椎名の彼氏?」
 ブホッ!!
 飲みかけていたコーヒーをおもいきりふき出す。
「おーい、だいじょぶかー?」
「ゲホッ、ゲホッ!」
 ……でもなさそうか。どうやら気管支に入ったらしい。ひとしきり派手に咳き込むと、顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。
「んなわけないだろ!」
 あからさまに動揺してるのが手に取るようにわかる。
「わかったわかった。そーいうことにしとく」
「どういうことだよ、おい!」
 ショウがまだわめいているけどこの際無視。再びベッドに顔をうずめる。
 今の言動から察するに、恋人とは言わないまでもそれなりに仲はいいってことだろう。若いっていいよなー。
「…………」
 オレって……一体いくつの年寄りだ。
「とにかく、俺のことは黙っていてくれ。いいな」
 顔を赤くしたままショウが言う。そんなに念を押さなくてもいーだろうに。
「あとこれからだけど、俺は……ノボル?」
「ごめん、眠い……」
 ポフッという音をたて、ベッドにあおむけになる。
「さっき起きたばかりだろ」
「今度は気疲れ」
「今度目が覚めたらまた違うところに飛ばされてるかもしれないぞ」
「シャレにならないからやめてくれ」
 もうこんな現実は一度で充分だ。
 そう、これが現実。朝起きて、学校行って、眠って――異世界に来て。
 現実って厳しい。まさか十五にしてその意味を理解する羽目になるとは思わなかった。多少『現実』の意味が違わないでもないような気もするけど、これだって『現実』には違いない。
「そのわりにはずいぶん余裕だな。そのうち本当に帰れなくなるぞ」
「今はちゃんと帰れるんだろ? ならクヨクヨしててもしょーがないじゃん」
 考えてどうにかなるなら考える。でも今は考えるだけ時間の無駄。だったら考えない。できる時にできる事をするまでだ。
「お前って能天気だな」
「前向きだって言ってよ」
 あー、マジで眠くなってきた。ここは素直に睡魔に身をまかせたほうがよさそうだ。
「じゃー、おやすみ」
 本能に従い、そのまま目を閉じる。
「そーだ。この世界の名前って何? いつまでたっても『空の惑星』じゃ変……だろ……」
「ノボル?」
 呼ぶ声が聞こえるも、睡魔の方が勝っていた。
「おい――」
 だから、答える気力もゼロ。
 しばしの沈黙の後、
「ここは、『空都(クート)』だ」
 この前はため息だったけど、今度は苦笑に似たつぶやきが聞こえた。
「今度はどんな珍道中になるんだろうな」
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