EVER GREEN

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第一章「出会いと旅立ち」

No,2 学校

「〜〜♪」
 鼻歌を歌いつつ卵を割る。
 コショウをひとふり、程よく半熟になったところでひっくり返して皿に盛る。
「昇くん、味噌汁できたよ」
「こっちもできた。二人呼んできてくれる?」
「うん」
 オレの親父と椎名の母さんが再婚してはや二週間。お互いの生活習慣がぬけないのと全員が自炊できるようになるという意味合いもかねて、料理は当番制になった。
「お父さん、お母さーん、朝ごはんできたよ」
「おー」
 着替えもままならないまま、親父と椎名のお母さん――母さんがあわただしく下りてくる。親父のやつまだ寝ぼけてるな。ったく着替えくらいしろよ。
「昇くん目玉焼き焦げてる!」
「げっ!」
 朝食の当番は一週間ごとに変わる。今週はオレと椎名で、もっと細かく言うなら今日の献立は味噌汁とご飯にハムエッグとパンと牛乳。さらに細かく言えば、和食はオレと親父で洋食は椎名と母さんだ。
「今日のご飯おいしかったよ。椎名って料理上手いな」
「ありがとう」
 そう微笑んだ椎名の頭を母さんが軽く小突く。
「あんまりつけあがるんじゃないの。味噌汁の作り方だってきのうわたしが――」
「わーっ!」
『?』
「行ってきます! 昇くん早く!」
「あ、おい椎名待てって!」
 まだ時間に余裕はあるのに、通学用にしているスポーツバックを持つと慌てて家を出た。


 四月十八日。
 新しい高校にはようやくなれた。お花見シーズンももうそろそろ終わりに差し掛かり、入学式の頃には満開だった桜も今ではもう散り始めている。
 大沢昇(おおさわのぼる)。二月生まれの十五歳。四月八日をもってとある県立高校の一年生になった。
 オレのプロフィールは以上。強いて言えば、最近追加されたことが一つ。
 それは――
「昇くん、今日の味噌汁どうだった?」
「まあ普通だったけど」
「ほんと?」
「うん」
 そんなたわいもない会話をしながら学校へ向かう(道が近いから徒歩のほうが早い)。
 椎名。本名椎名まりい。
 親父と母さん――椎名のお母さんが再婚してもう一ヶ月たとうというのにもかかわらず、これだけはまだなれない。
 だいたい今までクラスメイトで『椎名』だったのに一体なんて呼べばいいんだ? 『姉貴』って呼ぶのもなんだかなー。かと言っていつまでたっても昔の苗字で呼んでちゃ変だろーし。
「昨日お母さんに味噌汁の作り方教えてもらったんだ。だからうまくできたかどうか心配だったの」
「それって……」
 ふと立ち止まり、考えこむ。
「もしかして椎名って料理作ったことない?」
「違う違うっ! 朝食を作るのが初めてだったの。今まで夕飯しか作ったことがなかったから」
 首をしきりに横に振る。いやそんなに否定しなくても。
「……おいしかった?」
 首をふるのをやめると、上目遣いで見上げる。
「うん」
「ほんとに?」
「ほんとほんと」
 大根とわかめの味噌汁だったけど、初めてにしては十分だ。
「よかったぁ」
 う……。
「?」
「なんでもない。いこ」
 追加されたこと。それは、同じ歳の可愛いお姉さんができたこと。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 徒歩にて十分。無事に学校到着。二人そろって県立楠木(くすのき)高校の一年生だ。
「じゃあオレ二階だから」
「うん」
 オレは6組で椎名は2組。そんなわけで6組の教室――二階へ上がる。クラスが一緒じゃなくてよかった。周りに何言われるかわかったもんじゃない。
「昇くん」
「ん?」
「あの……」
 椎名はひとしきりもじもじさせたあと、(多分そうだろう)やや気恥ずかしそうに(はずだ、多分)言った。
「『まりい』でいいよ」
「は?」
「わたしだけ『昇くん』じゃなんか申し訳ないし。姉弟になったんだから、ね」
 義姉の思わぬ発言に体が固まってしまう。
「今すぐじゃなくてもいいから。じゃーね」
 半ば呆然と立ち尽くすオレを一人残し義理の姉は足早に去っていった。
 『ね』と言われても……。
「昇くーん」
「うぐっ!」
 固まっていたのはほんの一瞬のこと。背後から急に首をしめつけられる。
「坂……井」
「朝から二人仲良く登校? 見せつけてくれるねー。こっちはまだ一人だっていうのに、んー?」
「苦しい。手ぇ放せ」
「おー悪い悪い。つい力んじゃってねー」
 絶対わざとだろーが。
 今、笑顔でオレの首を絞めてきた茶髪の男は坂井。クラスメートで昔からの友人だったりする。
「今日はたまたま一緒に来ただけだって。オレと椎名が姉弟だってこと知ってるだろ?」
 そう言うと、友人は笑顔のままささやいた。
「もちろん知ってますとも。一年前は赤の他人だったってこともな」
「…………」
 坂井は小学校からの友達。なぜか高校まで同じでしかも同じクラス。ここまでくるとほとんど腐れ縁といってもいい。当然オレの中学時代も知ってるわけで。
「ばらしちゃおっかなー」
「なっ!?」
「うそうそ。そんなことしても余計に空しくなるだけだろ。こんなのは黙ってても自然にばれるもんだろ」
「……そーだけど」
 人ができてるのかできてないのか。坂井はこーいうやつだ。
「にしても、お前っていつまでたっても『椎名』なのな。いい加減やめたらどーだ?」
 友人の一言に、さっきの姉のセリフを思い浮かべる。
「どした?」
「さっき、椎名に名前で呼べって言われた」
「それって……」
 坂井はひとしきり考えこんだふりをすると(ふりだろうあれは)肩をポンとたたいた。
「やるのは二人っきりの時だ。わかったな」
「お前……」
 こいつは何を考えてんだか。大体親がいるのにどーやって何をどーしろというんだ。
「いいよなー。可愛いあの子がある日突然お姉さまに。普通どう考えたってありえない状況だろ。
 オレも一度でいいから、そういう幸運に恵まれてみたいよ」
「簡単に言うなよ。これもこれで結構苦労してんだから」
「とかなんとか言って、本当は喜んでるだろ」
「……うん」
 つい正直に答えてしまうのが悲しい。けど普通はそーだろ? これが男の性ってもんだ。
「ということでオレの宿題やっておくよーに」
「なんでそーなる!」
 そんな会話をしつつ、授業が始まる。オレの日常はまさに平和そのものだった。
 学校行って、授業受けて、弁当食べて。
「大沢いったぞー」
「おー!」
 昼休みはクラスの何人かとつれだってバスケ。やってる理由はいたって簡単。単に体を動かすのが好きだから。
 ボールを受け取ってシュート!
 ッテンテンテン……。
『…………』
 はずれた。見事に外れた。
 体を動かすのは好き。でも実際は思い通りに動いてくれない。体力は人並み。運動神経も普通のはず……なのに。
「大沢―、もうちっと体鍛えよーなー」
「るせーっ!!」
 運動はそれなりにやってる。太ってて体を動かすのがきついわけでも、病気で激しい運動ができないわけでもない。けど、なかなか思うようにはいかないわけで。運動音痴ではないはずだ。……たぶん。
「昇、そっちいったぞー」
「へ?」
 ゴガッ!
 ふりむいたのと顔面に鈍い衝撃を受けたのはほぼ同時だった。
「あーらら。見事ストライク」
「普通狙ってもできないよな」
「おーい大丈夫かー?」
 んなわけねーだろ。
「よかったな昇。これで一時間はサボれるぞ」
「あっそれじゃオレ付き添う。なんて友達思いなんだオレ」
 ちっくしょー。人事だと思いやがって。後で絶対とっちめてや……る…………。

 大沢昇、十五歳。
 それは、こんな穏やかな日の出来事だった。
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