第一章「出会いと旅立ち」
No,14 旅立ち……か?
嵐のような日々はあっという間に過ぎた。
「どーだった? ゴールデンウイーク」
「彼女と一緒に遊園地行ってきた」
「いーよなー。オレなんか一人寂しく映画鑑賞だっつーの」
どーでもいい声が耳をふさいでも聞こえてくる。
そして――
「うーっす。昇。どーだった連休は?」
「…………」
ここは地球の学校。オレの日常の場所。
「……疲れた」
本当に疲れた。
「いーねぇ。疲れるほど遊びまわってきたのか?」
「…………」
「こりゃホントにお疲れだな」
「坂井……」
「ん?」
「現実って大変だな……」
そう言って机に突っ伏した。
「……お前、連休中に何があったんだ?」
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「ノボル、ようやくお目覚め?」
「…………」
目が覚めると、ここは異世界。オレの日常――の場所。
「何度呼んでも起きないんだもの。いい加減待ちくたびれちゃったわよ」
「…………」
豪華な部屋に豪華なベッド。ここは異世界、空都(クート)の国の一つカザルシア。
――の都市の一つ、ミルドラッドの城の中。
部屋から出ると、シェリアが待ち構えていた。
「ノボルの体って不便よね。こっちに来てもすぐ眠っちゃうんだもん。もう少し起きてたっていいのに」
「…………」
「何よ?」
「……現実って大変だな……」
そう言って大きなため息をついた。
「……地球で何があったの?」
今日はミルドラッドを出発する日。
顔を洗い、荷物をまとめ、城の前で二人を待って――いるけれど、誰も来ない。
シェリアは『準備をしてくる』とか言ってすぐにいなくなったし。
城の前で大荷物を抱えて人を待つ異邦人。
空都(クート)と地球の格好がそれほどかけ離れてるってわけじゃない。
でもどう見たって一般市民の人間が、城の中からでてきて、なおかつ大荷物を抱えて城門の前に居座っている、目立つことこの上ない。見張りをしている兵士にも睨まれてるような気がするし。
「一体いつまで待たせる気なんだよ!」
誰にでもなく呟く。
なんだかんだ言って、もう三十分はたつぞ?
「ごめんなさい。遅くなっちゃった」
「ホントに遅い――」
振り返ると、紙袋をかかえたシェリアがいた。
「着替えたんだ」
「うん。服は動きやすいものじゃなきゃね。それにコレお気に入りなの」
前回と同様、身につけているのはクリーム色のワンピース。髪の毛はこの前と違ってポニーテールにしている。
「はい」
そう言って紙袋を渡される。
「何?」
「いいから開けてみて」
言われるまま袋を開ける。紙袋に入っていたもの、それは上着だった。
薄地のジャケット。春先にはちょうどいい。サイズも測ったようにピッタリだ。
「これなら身に着けても平気でしょ? これからどんな場所にいくかわからないし、防寒もかねてね」
そう言ってはにかむ。
……いいとこあるじゃん。
「ありがと――」
「アルベルトに選んで買ってきてもらったの。男の人の服の種類ってよくわからないもの」
「……ありがとうございます」
今ので嬉しさが一気に半分まで減った。
「あれ、もう一つある……?」
さらに袋の中をまさぐると、ペンダントがでてきた。
長い金色の鎖の先に、青い宝石がついている。その中には女の人の肖像画って――
「シーナにあげた物と対になってたものなの。男性用だからピッタリでしょ」
ペンダントの先についていたものはアクアクリスタルだった。
「こんな高価な物もらえねーよ。それに、オレこんなの身に着けるってガラじゃないし」
「強力な結界の力があるのよ? 獣に襲われても、少しなら時間しのぎになってくれるし」
「……ありがたくいただいておきます」
今ので異世界に対する恐怖が三割増しになった。
「ちゃんと身に着けてないと効果はないわよ?」
「はいはい」
上着をはおり、ペンダントを首からかける。
「これで少しはこっちの人間らしく見える?」
「見える見える」
これでオレも冒険者の仲間入りってわけか。
「服を変えたところで中身が変わるわけないでしょう。単なる社交辞令なんですから真に受けないでください」
「そういうアンタは、その社交辞令の一つも言ってくれないよな」
そう言って、ようやくやって来た極悪人をにらみつける。
こっちはロングコートを着ている。これにメガネをかけて獣の返り血なんか浴びたりしたら立派なマッドサイエンティストだ。
「……今、何か変なこと考えませんでした?」
「別に。それで? 今から何処に行くわけ?」
「サンクリシタ。ショウが向かっているところですよ。手紙に書いてありませんでしたか? 意外と物分りが悪いですね」
「だから! それはオレの目的であって。アンタ達は別の目的地があるんだろ?」
「ゴアリ。場所的にはサンクリシタの手前ですね。領主に親書を渡すんです」
「あっそ」
ますます極悪人の思うつぼになっているような気がするけど、気のせい……じゃないだろう。
まー、いいさ。この日常から逃れるためだったらどこにだって行ってやる!
「ねぇ、そろそろ出発しない?」
シェリアがしびれをきらしたように言う。
「そうですね」
「オレも賛成」
「あなたはここにいたかったんじゃありませんか?」
「誰がオレの平和な日常を崩したんだよ!!」
「さあ?」
「…………」
やっぱオレ、こいつと仲良くなんてできそうもない。
「二人とも、またこの前と同じことしようとしてるでしょ」
ジト目で、この前とよろしくこっちを見据える。
「そんなことありませんよ。ねえ、ノボル?」
「そーだよな。これから話し合う時間はあるだろーからな」
「ええ。たっぷりね」
そう言って、極悪人が手を差し出す。
オレは無言でその手を力いっぱいーしっかり握り締めた。
ポン。
「?」
「アタシも混ぜて。こういうのってちょっとわくわくするの!」
場の空気を読めてないのかわざとなのか、嬉々とした声をあげ、二人の手の上に自分のそれをかさねる。
「……そーだよな。何はともあれ、旅は楽しく――だよな」
ま、なんとかなるさ。
ミルドラッドの公女、シェリア・ラシーデ・ミルドラッド。
ミルドラッドの神官、アルベルト・ハザー。
その弟子、兼、公女の護衛騎士、大沢昇。
これが、オレにとっての冒険の始まりだった。