第一章「出会いと旅立ち」
No,1 始まり
眠い。とてつもなく眠い。
「……10時か」
時計を見てつぶやく。
昨日寝たの何時だったっけ。確か夜中までゲームしてて、そのまま寝ちゃったんだな。今日は休みだし、しばらく寝てても罰は当たらないだろ。
よし、そうと決まったらもう一眠りしよ。
「昇ー、いい加減に起きたらどうだー?」
下から親父の声がする。ったく言ってるそばから。
「休みなんだからもうちょっと寝かせろって」
「今日は外食だぞー。食わないのか?」
「外食? 珍しーじゃん。何かいいことでもあったわけ?」
いつもはケチってばっかのくせに。どーいうかぜのふきまわしだ?
「あったからこれから行くんだろ。いいから早く降りてこい。それともそのままの格好で会いに行く気か?」
「会いにって……?」
……。
…………。
「やっべええええええっ!」
自分であげたなんとも間抜けな大声が部屋中に響いた。
――で。
「改めまして。こいつは僕の息子の昇(のぼる)です。見た目通り、かわいげのない奴ですがよろしくおねがいします」
なーにが『僕』だ。男にかわいげがあったら余計気持ち悪いだろーが。
「悪かったな。そっちだって一体そのどこが『普通の格好』なんだよ」
『普通の格好でいい』とか言っておきながら、しっかりスーツを着こなしている中年オヤジにジト目をやる。
「何か言ったか昇くん」
「別に」
「二人とも本当に仲がよろしいんですね」
『どこがっ!!』
なぜかハモってしまうのが……悲しいかな。
オレ、大沢昇(おおさわのぼる)。十五歳。
中学を卒業したばかりでもうすぐ地元の高校に進学する。
今日はわけあって親父と一緒にとある小料理屋に来ている。
「じゃあこちらからも改めまして。この子は娘のまりいです。どうかよろしくおねがいします」
そう言ったのは髪の長い女性。親父よか少し年下だと聞いてたけど下手すれば二十代でも十分通用しそうだ。
「まりいです。これからよろしくお願いします」
焦げ茶色の髪と茶色の目をした女子が頭を下げる。
『…………』
ここでしばし会話が止まる。
「あの。私の顔に何かついてますか?」
「いやいや。こんな可愛い子がこれから自分の娘になるかと思うとつい顔がこうなってしまって」
(スケベ親父)
「ほら息子もこんなに喜んでる」
(いででででで)
こんな時にかぎってしっかり聞いていたらしく、かかとでつま先をめいっぱい踏みつけられた。
「お互い自分の子供の紹介ばかりしているのも変ですね。じゃあ今度はわたしが。……椎名つかさです。不束(ふつつか)者ですがこれからよろしくお願いします」
「つかささん、もう『椎名』じゃないでしょう?」
「あ……」
髪の長い女性――『つかさ』さんの顔に赤みがさす。
「これからは『大沢つかさ』になるんです。あと僕……俺、大沢勝義もこれからよろしくおねがいします」
今度は親父が頭を下げる。 辺りに流れるのはテレビドラマさながらの甘い雰囲気。
なんだかなー。いづらいことこのうえない。
「じゃあオレ、先に帰ってるから。ゆっくりしてきなよ」
「あっ私も!」
気恥ずかしさに二人そそくさと店をあとにする。まあ恋人同士、夫婦水入らずごゆっくり。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「親父のやつなにやってんだか」
中年夫婦がよろしくやってる中、オレと椎名は店のあたりをぶらついていた。
「だいたい今日みんなで会うことは前から決まってたんだし。今更照れたってしょーがないだろ」
しかもこれからずっと一緒に暮らすことになるのに。
「でも嬉しそうだったよ。おじさんも……お母さんも」
「まあ親父もあれで男だしなー」
そう言うと隣で椎名がクスッと笑った。
「大沢君、それってなんかオヤジくさい」
椎名のセリフに一瞬硬直してしまう。椎名って時々ひどいことを平気で言うよな。
「ごめん。傷ついた?」
「……ちょっと」
「ごめんなさいっ!」
まあこうやってすぐにあやまってくれるからいーけど。
「うそうそ。冗談だって。
それよかさ、椎名こそよかったの? 親父……父さんと、椎名のお母さんの再婚」
オレの家はオレと親父との二人暮し。母さんは十歳の時に死んだ。それからは親父に男手一つで育てられてきた。新しい縁談の話も何度か周りから勧められたことがあったものの、当分は一人でいいとただ黙々と働いていた。
そんなある日椎名のお母さんを見て一目ぼれ。何をとちくるったのかそのまま口説き倒した。でも椎名のお母さんには娘が、養子がいるとのこと。熱血馬鹿の親父はそれでもかまわないと言い張りとうとう今日までこぎつけたってわけだ。こーいうところは別の意味で尊敬する。
あとは息子であるオレの了解を得るのみ(どーりであの時特上寿司の出前なんか取ったわけだ)。その話を聞いた時、オレはすぐに賛成した――わけではなく、あまりのことに開いた口がふさがらなかった。しかも再婚相手の子供、オレの義理の姉弟となる人が当時の学校のクラスメイト、椎名だと聞いた時は本当に驚いた。
たまたま椎名と一緒の当番になったあの日、椎名は再婚についてどう思っているのかをそれとなく聞き出そうとした。それが急に倒れられたもんだから(その時の椎名は体が弱く病気がちだった)結局聞けずじまい。保健室に連れて行ったものの、そのまま帰るのも気がひけたから佐藤(椎名の友達)に知らせて二人で椎名を連れて帰った。そこで椎名のお母さんに初対面。いい人そうだったし反対する理由もなくあっさり了解したってわけだ。
「…………」
「椎名?」
「大沢君は、私が養女だってことは知ってるよね?」
「……うん」
それもつい最近知った。同じクラスだった時はおとなしいとか物静かとは思ってたけど、まさかそんな事情があったとは知らなかったから親父の再婚話の次に驚いた。
「今はちゃんと『お母さん』って呼んでるけど、ずっとお母さんのこと『おかあさん』って呼べなかった。頭ではずっと前からわかってたんだけど、私は捨てられた子なんだ……って。うじうじしている自分が大っ嫌いだった。
でも色々あって、最近になってようやく『おかあさん』って呼べるようになって。そしたら今まで悩んでいたのが急にばかばかしくなっちゃった」
そう言って背を向ける。
感傷的になったんだろうか。なんか悪いこと聞いたかも。
「あ、あれ? 今何の話してたっけ?」
「……再婚の話」
「そうそう。その話。私は賛成だよ。お母さん幸せそうだったし。おじさんもいい人だし」
親父はただのスケベジジイなだけだけどな。二人とも絶対騙されてるぞ。
「それ聞いて安心した。今まで男二人だったから味気ないかもしれないけどまあ何とかなるさ。あっそーだ。家事のことなら安心していーよ。二人生活ながかったからある程度のことはできるし」
「家事なら私も一応……できるよ」
「なら大丈夫だな。分担制でいこーよ。そのほうがだんぜん楽だし」
「うん」
そう思うと気が楽になってきた。二人よりも多いほうが料理のしがいもあるだろーし、なにより華やぐ。
「椎名はいつからうちに引っ越すの?」
「三日後くらいかな。まだ荷造りが終わってないから」
「そっか」
「もっと遅いほうがよかった?」
「そうじゃなくって……」
「大沢君」
「ん?」
「これからよろしくおねがいします」
そう言って再び頭を下げる。
「やめろって。そんなことされてもオレどーしたらいいかわかんねーもん」
「でも……」
「『でも』じゃないって前から言ったろ?」
「……うん」
いきさつはどうであれオレたちは家族になったわけだし。これからは硬いこと抜きに限る。
「あ、そういえば」
「ん?」
「大沢君の誕生日っていつ?」
「二月だけど」
オレの誕生日は二月の十三日。バレンタインデーのいっこ手前だ。おかげで誕生日とバレンタインを一緒にしたプレゼントをもらうことが多い。当然本命はゼロ。
「私は十二月二十三日。じゃあ今日から私大沢君のお姉さんだね」
「…………」
「大沢君?」
「なんでもない」
確かに。戸籍上はそうなる。知り合い(しかもかわいい)と一つ屋根の下。これって実はすっげー幸せなことなのかもしれない。
「じゃあ帰ろーか。そろそろ親父たちもほとぼりさめてるだろーし」
「そうだよね」
そうしてオレたちは元の店に戻った。
四月。一年の始まり。とある田舎町に四人の家族が生まれた。
家長、大沢勝義。
妻、つかさ。
長女、まりい。
長男、昇。
そしてこれは、オレにとっても大きな分岐点、冒険のはじまりだった。